アルカディア学報
社会人学生の受入れ促進 優秀な人材に活躍の場を
【若者で占められるわが国の大学教育】
「わが国の学士課程入学者に占める25歳以上の者の割合は、わずか2%に過ぎない」という衝撃的な数値が、いま関係者の間で話題を呼んでいる。最近、中教審の場で文部科学省が説明した資料の中にこのことが言及されているのだが、これは北欧では30%を超え、OECD加盟国平均でも21%であるのに対して異常に低い数値である。また、学校基本調査のデータを見ても、学士課程入学者の九四%は高等学校新卒ないしは前年卒業者(いわゆる一浪)で占められている。このように、わが国の大学は若者学生で成り立っていると言っても過言ではない。逆に言えば「いつでも、どこでも、誰でも」という生涯学習の理念が、大学教育についてはなかなか実現しがたい現実があるということだ。なぜこのようになっているのであろうか。
結論から先に述べてしまうと、わが国の大学教育は若いときに受けないと就職に役立たないからであり、百歩譲っても、そのように学生や親が信じているからであろう。実際、大企業を中心に、若年時新卒者の定期採用という雇用慣行が依然として存在し、昨今の雇用情勢の厳しさの中で、正社員を目指すならともかくこのルートに乗らないと話にならない状況である。しかもわが国は世界に冠たる「所属社会」であるから、大学を卒業してから企業に入るまでの間の空白を何よりも恐れる。このため、学生が在学中から就職活動に奔走する「就活」が大学教育の実質確保に大きな支障をもたらしている。先般、日本学術会議から「卒業後3年は新卒扱いに」との提案が出たそうだが、現状の厳しさの反映であろう。
【大学の制度改革は進んだが】
このような状況を打開するにはどうすればよいか。またそのことによって、大学をいつでも、どこでも、誰でもが学べるような国民に開かれた高等教育機関にする、つまり社会人受入れを促進するにはどうすればよいのであろうか。問題は、大学だけではなく、企業や政府の動きにもあると私は考えている。ただし、現状を見る限り、相変わらずその責任の大半は大学に向けられている。私は中教審の大学規模・大学経営部会の専門委員として議論に参加しているが、企業側委員の意見は依然として企業自身よりも大学に向けての厳しいものが目立っている。
ちなみに、5月に開催された同部会に提出された資料を見ると、冒頭述べた「2%」に言及するとともに、大学への社会人受入れ促進の意義は、社会的要請に応えること、学習者の要請に応えること、大学教育の現代化を図ることであるとして、①社会人の学修動機に対応した教育プログラグラムの実施など「大学教育の充実」、②履修証明制度の活用の促進やICTを活用した多様かつ柔軟な学修形態の提供など「学修成果の評価」、③「学修の負担の軽減」の3項目にわたる具体的方策に言及している。
このことはまさに正論であろう。問題はこれらを実現するには何が必要かについて、さらに幅広く考えることではないか。すでに、社会人の受入れに関してはさまざまな政策が打ち出されている。入学資格の弾力化、夜間大学院、昼夜開講制、メディアを利用して行う授業、長期履修学生制度、科目等履修制度、履修証明制度など、列挙すればきりがない。これを受けて、大学側の対応も少なくともその枠組みは整備されてきている。
【雇用や産業政策の観点も重要】
しかし、現状が2%というのは、大学側の努力あるいは教育政策としての大学改革だけでは限界があることを示している。それではどのようにすればよいか。一つには、雇用政策あるいは産業政策としての企業への動機付けである。例えば25歳を超えた学士新卒者や大学院修了者の雇用促進策など、政府が強い方針を打ち出すことによって、大学教育と雇用との悪循環を断ち切る重要なきっかけになるであろう。この点に関し、公務員試験の多くが未だに受験年齢制限を設けていることは頷けない。年齢よりも実力で採用できるように制度を改めてもらいたい。同時に、国家公務員試験のⅠ種採用者を原則修士以上とすれば、社会人受入れを含めて、大学院教育に決定的な変革をもたらすであろう。
第二に、世界の現状を見るにつけ、一国をリードする人材あるいは産業界で活躍する優秀人材の学歴の高さが観察される。高学歴は個人に対するメリットだけではない。知識基盤社会の中での国際競争力の維持向上のためには、その国の人材の質的向上が決定的な意味を持つ。つまり、高等教育は社会的にも大きな意味のあることであり、わが国における大学教育の質保証の考え方にもつながるものである。しかしそのためには、年齢に関わらず人々が大学・大学院教育を受けようとする動機がなければならない。わが国がいつまでも「低学歴」で「所属社会」であることを脱却し、高等教育を介して育成された優秀な人材に活躍の場を与えるためには、大学だけではなく、政府や産業界もまたその責任を分担しなければならない。
【現実問題としての将来人口】
ところで、大学関係者にとって気になる18歳人口は現時点では120万人台を維持しているが、2020年を過ぎると再び減少期に入る。厚生労働省の長期推計(2006年)によれば、2035年には81万人、2050年には68万人とのことであるから、この数字は半端なものではない。社会人学生受入れを若者学生減少の代替資源としてだけで考えるべきではないとの強い意見は、中教審の議論の中でもあった。しかし、現実問題としては社会人受入れの大幅増は、多くの大学の経営戦略として不可避の選択肢と思われる。そのためには、大学自身が先ほど紹介した中教審における認識も踏まえつつ、社会人対応型に自己改革していかなければならない。社会人対応型にするためには、修学形態の弾力化だけにとどまらず、教育内容・方法の抜本的改善もまた喫緊の課題である。教える者の立場ではなく、社会人学生の立場を考えた教育プログラムを構築するために、いかにコストと労力がかかるかは、その当事者でなければ分からないことが多い。しかし、これは単なるあるべき論ではなく、近未来に起こりうる必然なのである。