アルカディア学報
アメリカの経験に学ぶ―高まる導入教育の必要性
大学のユニバーサル化が進行する今日、大学生の学力問題への関心も同時に高くなりつつあるように思われる。入試方法の多様化や科目の削減等の影響も受けて入学者の多様化も進行しているなかで、学力不揃いの調整に苦慮し、補習教育的な措置を取り入れる大学や、学問への導入・動機付けを目的とするガイダンス教育を実施する大学も増加してきている。少子化とユニバーサル化が進行し続けると予測されるなかでは、リメディアル(補習)教育・導入教育をカリキュラムに定着させる必要のある大学機関は増大しつづけるであろう。さらには、推薦入学やAO入試、学内校推薦などにより早期に大学入学が決定する学生のために、大学入学前教育についても一部の大学が予備校との提携により大学での学習の準備として実施するなど様々な動きが見え始めている。こうした試みからは、入学希望者全員入学時代を前に、中等教育と高等教育の接続に注目した教育制度全体の再構築および大衆化時代の大学自体のあり方が問われるのと並行して、補習教育や導入教育などといった大学における学習支援体制の整備も求められているようだ。
筆者自身もかつて新入生対象の導入教育を担当した経験があるが、その際「専門学問への導入」が目的なのか、「大学生活へのスムーズな適応」を目標として授業を進めるのか、あるいは「レポートの書き方・図書館の利用法」等学習スキルの獲得を主にした授業構成で進めるのか担当者間で合意を得ることは容易ではなかった。結局、毎年内容を見直しながら学生が所属している学部、もしくは学科、専攻の入門となるような学問の紹介を行いつつ、学習スキルの獲得を目標として授業を進めるような形式に落ち着いた。
他大学の実態はいかなるものかという問題意識のもと、1998年に全国の国公私立4年制大学の学部長を対象に「大学における導入教育に関する調査」を実施した。ここで簡単に調査の結果を紹介してみると、例えば回答大学の71.2%が導入教育を実施しており、導入教育の必要性に関しては、国公立大学よりも私立大学の方がより強く迫られている傾向が見受けられ、学部別の差はほとんどない。学生についての学部長の認識に関連した項目では、5年前の学生と現在の学生を比較した場合、例えば、「学習能力比較」「学習意欲比較」「受講態度比較」は国公立・私立大学ともに5年間のこれらの項目において、低下もしくは悪化していると認識している。こうした学生の現状を踏まえたうえでの諸現象への大学の対応度については、全体的に私立大学の対応度が国公立大学を上回っている。国公立大学では「学習意欲低下への対応」が最も高く、「学習意欲への対応」がそれに続いているものの、「現在の学習能力への対応」、「学習能力低下への対応」はそれほど高いわけではない。私立大学では「学習意欲への対応」が最も高く、「学習能力低下への対応」「学習能力への対応」が続いており、学習能力と学習能力低下への対応が重要課題となっている。さらに、導入教育的(この場合むしろ補習教育的)な視点に立った授業項目のすべてにおいて、国公立大学よりも私立大学の方が重視する傾向が強い。
しかし、補習教育と導入教育が多くの大学で同様に位置付けられていたり、大衆化時代の学生の変容と関連づけて導入教育カリキュラムを構築するための基礎研究がまだまだ日本においてはなされていない。そこで、一足早く大衆化を迎え、大衆化時代の学生文化にもとづいた導入教育カリキュラムが多くの大学で取り入れられ、またその研究蓄積も多いアメリカの例を紹介してみたい。
前述したように日本より早期に大学の大衆化を迎え、その進行過程で学生の変容を経験したアメリカでは、補習教育と導入教育が明確に区別され、学会等も個別に組織化されているのが特徴である。補習教育とは、「学習技能分野における特別な欠如を矯正する営為」と定義され、その内容においては、補習科目がいわゆる3Rである、「リーディング、ライティング、数学」に限定されるケースが大多数となっている。一方導入教育は高等教育機関でのアカデミックな生活を過ごすうえで不可欠であるとされる学習技能や「態度」を発達させるような内容が包括され、具体的には、「リーディング、ライティング、数学」など3Rをベースとする教科のみならず、大学生活の過ごし方、時間の管理法、図書館の使用法、学習技術に関連する内容となっている。
こうした導入教育は「フレッシュマンセミナー」(1年次教育)と呼称され、多くの大学に必修もしくは選択必修の形態で取り入れられている。フレッシュマンセミナーの内容は「学習技術の獲得」、「大学生活に移行する際の支援」、「キャンパス資源と設備のオリエンテーション」、「1年次から2年次への進級時継続率の向上」、「ファカルティとの交流機会の提供」、「社会生活スキルの向上と円滑な人間関係の構築」、「分析能力、批判的思考技術の向上」、「新入生のセルフエスティームの向上」、「キャンパス・コミュニティ概念の確立」等が主なものとなっており、フレッシュマンセミナーが「数学」、「読解」、「作文」など教科を超えて構築されている。ハーバード大学等の威信の高い大学で実施されているフレッシュマンセミナーは学問への入門を目的として小人数セミナー形式で行われる場合が多く、日本の基礎ゼミに近い形態である。
一方、コミュニティカレッジや総合型の州立大学等で実施されているフレッシュマンセミナーは高校から大学生活へのスムーズな移行を目的として、学習技術の獲得や大学でのオリエンテーションを主としたオリエンテーション型が多い。しかし、オリエンテーション型であれ、学部・学科で共通カリキュラムを構築し学問的セミナー形式で進めて行く場合であれ、学習技術に重点を置いたセミナーであるにせよ、学生が学業と学生生活を含めた社会生活の両面で、より充実した生活を過ごせるように支援すること、大学というコミュニティの一員であるという感覚を学生同士が共有することがフレッシュマンセミナーの目的となっている。
では何故フレッシュマンセミナーと呼ばれる導入教育がアメリカの大学のカリキュラムに取り入れられるようになったのだろうか。アメリカの大学でのフレッシュマンセミナーの起源はかなり古く、最初にフレッシュマンオリエンテーション科目として制度化されたのは一八八八年のボストン大学にまでさかのぼることができる。その後、紆余曲折を経て多くのフレッシュマンオリエンテーション科目は1960年代には大学のカリキュラムからは消失したのだが、1970年代後半に再び脚光を浴びるようになった。この背景には学生人口動態、学生を取り巻く環境、学生の価値観、学生の学習技術の変容が顕著化したことが挙げられる。
例えば、進学適性検査(SAT)等で測定された基礎学力の低下や高校時代に補習を受講した学生の増加が目立っていること、大学入学以来宿題や課題に費やしている1週間の学習時間の大幅な減少など学力面における変化、「経済的、金銭的に成功する事が人生の上で重要だ」と考える傾向が年々強まってきていること、1970年のベトナム戦争世代が重要視していた政治への関心度も大幅に低下しているなど社会生活、政治活動との関わりに関しても学生の価値観の変容は著しい。大学コミュニティの一員であるという認識を学生が共通意識として持つことが困難になってきた状況で、学生生活を有意義に送らせるためのオリエンテーションとしての意義がフレッシュマンセミナーにはある。
このようなアメリカの経験からアメリカより遅れて、しかしより急速なペースで大衆化を迎える日本の高等教育機関は学ぶ点があるのではないだろうか。さて、本年秋には私学高等教育研究所のプロジェクトのひとつ「効果的導入教育カリキュラムの開発」の基礎調査となる「導入教育に関する調査」を全国の大学を対象に実施する予定である。是非ともご協力してくださるようにお願いしたい。