アルカディア学報
「FD」観の見直し 大学教育改善の新しい位相
大学教育が「学生の学び」という理念を軸に、大きく革新と展開を遂げようとしている。その最もファンダメンタルな背景要因は、知識基盤社会の到来に伴い、知識を活用できる主体を育成していくことが、大学に課せられた重要な責務であると自覚されつつあるからに他ならず、そのことに資する大学教育の体制と教職員の在り方が求められている。
一、学士課程教育の改革とそのシステム化
周知のように、学士課程答申は、学習成果を担保するために三つのポリシーとその一体的運用を求めている。そのねらいは、第一義的には、学士課程教育の質保証のための枠組構築という文脈にあると解されようが、同時に、大学教育改善の活動が、人と組織がダイナミックに綾なす織を孕みながら、多面的・立体的に展開されるようになることを意味するし、またさらに、それを担うべき大学教職員の職能開発の在り方にも大きな影響を及ぼさずにはいない。
アドミッション・ポリシーとディプロマ・ポリシーは、大学のミッションの確認から人材育成目標の設定に至るコンセプトワークと制度設計の作業を求めるであろうし、カリキュラム・ポリシーは、前述の教育目標のカリキュラムへの落とし込みとそのマネジメント機能の充実・強化を要請する。つまり、学習成果という目的に沿って、組織および実施体制と、多元的なアクターが機能的にその役割を果たしていくこと(=システム化)が図られなければならないのである。そして、そのことはとりもなおさず、それらを担っていく教職員の職能についても新たな位置づけとその明示化を求めることとなる。
別言すれば、三つのポリシーの有機的かつ一体的運用は、授業のみならずカリキュラムや学部・学科における実施体制、職員等によるサポート体制の設計と運用に至るまで、教職員に複合的かつ多面的な職能を要求していることになる。すでに相当数の大学で見られるように、事務的なデスクワークを越えた、それなりに専門的なスタッフがキャリア教育などのプログラムを支えていることは、決して珍しい光景ではない。大学教育は、それを支えている人的資源の調達は言うに及ばず、教育プログラムを提供する組織やマネジメントの在り方に至るまで、すでにシステマティックに展開しつつあり、その傾向は今後いよいよ強まっていくであろう。
二、「FD」の範囲再考
さて、そのように、学士課程教育改革がシステム的に展開されるべきものとすれば、「FD」というアルファベット二文字で包含されてきた教職員の職能開発も、授業レベルにおけるインストラクショナル・スキルの研修にとどまらず、プログラム・レベル、制度・組織レベルの教育改善活動をその対象として、拡張的に自らの相貌を描くように至るのは理の当然ともいえよう。
例えば、既に愛媛大学においては、FDを「授業の改善、カリキュラムの改善及び組織の整備・改革への組織的な取組の総称」と定義しているし、また、立命館大学においては「学生の参画」をFD活動の要件として明確に定位している。
FDの定義については、授業改善だけに閉じこめるのは狭隘に過ぎ、ファカルティへの研究支援やファカルティの集団的な教育能力に至るまで考察の対象に入れるべきであるとの指摘が久しくなされてはきた。だが、今次の問題意識は、学士課程教育全体の構成とマネジメントという観点からの、基本的な考え方の再整理が図られているところが大きく異なるといえよう。
三、「高等教育開発」の必要性とその展開基盤の構築
国立教育政策研究所では、平成20年度から、研究プロジェクト「FDプログラムの構築支援とFDerの能力開発に関する研究」という開発研究を展開している。その中で、『大学・短大でFDに携わる人のためのFDマップと利用ガイドライン』(通称=FDマップ)を作成し提案してきた。FDマップのそもそもの目的は、従来は明確でなかったFD担当者の業務領域とその目的・効果・評価などを明示化し、「見えない苦労」を「見える苦労」に転化していこうという意図を有するものであった。(佐藤浩章による。国立教育政策研究所『FD実質化のための提案』66―67頁)
しかしながら、前述の文脈に即して考えるならば、「FD」が包含すべき範囲について、今後のありうるべき領域を試みとして提示したものとして評価されても良いであろう。事実、FDマップを利用した方へのアンケート調査結果によれば、我々が直接的に期待していた「自大学のFDプログラムの傾向診断」(55.4%)もさることながら、「自大学のFDプログラムの全体構成を検討・展望」(73.0%)、さらには「大学教育センターやFD委員会の活動の評価・改善」(52.7%)といった用途にも利用されていた。
このように広がりと深まりを見せている大学教育改善の取組と活動について、ことここに至っては、知見の整理、背景となる哲学と理念、研修プログラムの開発、専門スタッフの在り方やその育成、ひいては資格制度の検討など、理論、実践、制度構築の全ての面において課題が山積しており、もはや個人の研究者や実践家の熱意だけでは、到底カバーできないものとなっている。それらの課題を、社会的に責任を持って受け止める公的な基盤構築が求められている段階に至っているのである。こうしたことから、先の国立教育政策研究所プロジェクトの有志メンバーが集まって、日本高等教育開発協会(JAED:Japan Association for Educational Development in Higher Education)が、昨年9月に結成された。英米に比してかなりの遅れとなった組織化であるが、今後、着実な歩みを重ねていきたいと考えている。