アルカディア学報
授業料値上げの余波 カリフォルニア州の選択
一.授業料値上げと学生の反対
アメリカのカリフォルニア州は、全米一位の人口3600万人を抱える。GDPは世界でも単独で5位に入り、フランスやイギリスのそれよりも大きい。しかし21世紀に入って宇宙産業、軍需産業などの縮小に伴い、税収が落ち込み、州財政の悪化が続いている。2008年秋に始まった金融危機は、主要産業の不況をもたらし、それらに依存する州財政をさらに困窮させている。州憲法は、州政府に財政収支のバランスを均衡させることを求めており、財政赤字の繰り越しを認めていない。歳入が落ち込めば、歳出も自動的に減少される。
高等教育は初等中等教育と異なり、授業料という独自収入源を持ち、また基本財産という蓄えもある。州政府としても、高等教育予算の削減は比較的行いやすい。州交付金が減額されると、多くの州の州立大学は、教育の質を確保するため、授業料を上昇させ補完する。カリフォルニア大学ロサンゼルス校では、授業料は2006―7年には州内学生6522ドル、州外学生2万5206ドルであった。2009―10年には、州内学生9151ドル、州外学生3万1820ドルに値上がりし、州内学生の場合には、3年間で40%以上値上がりしている。
2010―11年、カリフォルニア州の州立大学全体では、前年比32%の大幅な授業料値上げが予定されている。高等教育専門紙クロニクル2009年12月4日号によれば、カリフォルニア大学バークレー校では、授業料値上げに反対する学生が、教室に11時間立てこもり、大学側が鎮静化に努めた。警察も出動し、1960年代の学生紛争を彷彿させるシーンも展開されたという。
財政難にあえぐ州政府は、州立大学に対して授業料値上げと、教職員の解雇を求めている。そこで学生の不満は二つの方向に向けられる。一つは州立大学への予算削減を決定するアーノルド・シュワルツェネッガー州知事と州政府である。これに対しては、マーク・ユドフ・カリフォルニア大学総長をはじめとする大学当局も、教職員の雇用を守り授業料値上げを抑えるべく、学生側と共同歩調をとり、州政府への抗議を計画しているという。
しかし学生の抗議は、州政府にとどまらず、大学自体にも向けられている。授業料値上げは、総長のリーダーシップの欠如、および大学経営陣の管理能力不足によってもたらされたものとして、抗議すべきとしている。そして資源配分をより効率的効果的にし、基本財産といういわば埋蔵金を当て、低所得者に影響が大きい授業料の上昇を抑えるべきだとしている。
しかしこの見方に対して、大学側は授業料上昇分の3分の1は、低所得家庭出身者の奨学金プログラムに使用されていることから正当性を主張し、反論している。今回の学生の反対は限定的であり、過去10年の経験から授業料値上げは、避けられないと思われる。
二.3層構造
1960年にカルフォルニア州政府は、高等教育基本計画であるマスター・プランを策定した。州の高等教育システムは、それに沿って、三層構造となっていることはよく知られている。それらは10校で構成される研究および大学院教育中心のカリフォルニア大学群、主に学部教育および教員養成に従事するカリフォルニア州立大学群23校、そして各種の職業訓練と4年制大学への編入学を目指す学生の教育を担当する多数のコミュニティ・カレッジ群である。それら三群はセグメントと呼ばれる。入学者の学力も差別化されており、カリフォルニア大学群入学資格は、公立高校のトップ12.5%、州立大学群にはトップ3分の1となっている。
州立大学全体の使命の一つは、州民へ安価で良質な高等教育機会を提供することである。カリフォルニア州ではその使命をコミュニティ・カレッジの無償化、州立大学での低廉授業料水準、カリフォルニア大学群での十分な奨学金という形で達成を試みてきた。この構造自体が、授業料の高額化を招いているともいえる。つまり、学費のレベルが低いコミュニティ・カレッジと州立大学に、低所得家庭出身者への高等教育機会を設け、カリフォルニア大学群には、機会提供以外の機能を担わせ、そこでの高額学費を容認するのである。
ところで州の財政悪化によって、この三層構造自体の維持も次第に困難になっている。高等教育該当年齢層の増加に伴って、三層それぞれの学生収容力は高められるべきであるが、このところの財政事情によって、カリフォルニア大学群やカリフォルニア州立大学群の収容力が拡大していない。そのため入学資格があっても、カリフォルニア大学群や州立大学に入学できない公立高校卒業生が増加している。またコミュニティ・カレッジから州立大学へ編入学を目指している学生の中には、それができない者も出始めている。
州政府は、現在の規模の州の高等教育システムを維持できないと判断している(クロニクル2009年10月9日号)。2011年までにカリフォルニア州立大学群で、現在比9%の学生数の削減を計画している。
三.州知事、議会、調整機関
三つのセグメントにはそれぞれ理事会がおかれ、それが統治と管理の責任を負う。カリフォルニア大学群の理事会は、その統治権限を憲法で保障され、特別な地位を有する。その理事会が大学総長を選出する。しかし大学総長は知事に対して、決して独立した立場を主張できるわけではない。それは知事が州予算配分に決定権を持つからである。また知事は、三つのガバナンスの母体である理事会のメンバーを指名するからである。大学総長はそれぞれの理事会が選出する。よって大学は自治を保障されても、その統治管理には、間接的に知事の意向が反映されていることになる。
知事の権力は大きく、高等教育の憲法と位置付けられるマスター・プランを無視することさえある。2004年財源不足を理由に、カリフォルニア大学および州立大学の入学有資格者1万人を、コミュニティ・カレッジに入学させようとしたことは、その例である。
カリフォルニア大学とカリフォルニア州立大学では、理事会が授業料の水準を決定できる。しかし実際には、議会もこれに強く関与している。これまでは理事会が授業料値上げを決定すると、議会は値上げ分の収入増に見合った額を、歳出予算から削減することすらあった。カリフォルニア州議会の上院下院の任期は、それぞれ2期最長8年と6年である。任期が短いことで、高等教育の長期計画、長期的視野に立った議会の支持が得にくいという見方もある。
カリフォルニア中等後教育委員会は、州の高等教育の調整機関であり、助言機関である。その機能は、州全体の高等教育計画、政策勧告、高等教育予算に対する知事と議会への助言である。教育課程審査については、大きな役割を果たす。他の州では、調整機関は州政府と州立大学との文字通り調整を行い、予算配分や授業料水準の案を作成する。カリフォルニア州ではこの調整機関の権限は限定的であり、知事はこの委員会の機能をさらに縮小させようとしている。
1960年設定のマスター・プランは、州経済が成長基調で、州財政が潤沢な時期に策定された。高等教育を三つのセグメントに分け、大胆に機能分化を図り、それに沿って財政措置を施したプランは多くの国で注目され研究された。策定からほぼ50年経た今日、進学率は上昇し、進学者数も増加した。社会が必要とする人材や知識技能を持った者の需要の量と質も変わりつつある。トップ12.5%だけが、カリフォルニア大学群に進学できる現在の割り当てが、正当で十分であるという保証もない。しかも現在の高等教育システムを維持するだけの州財政の基盤も保障されていない。授業料の大幅な値上げは、マスター・プラン自体の見直しの必要性を示している。