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アルカディア学報

No.389

学士課程教育の改革は進んでいるか 全国学科長調査の中間報告

研究員 濱名 篤(関西国際大学理事長・学長)

 中央教育審議会に「学士課程教育の構築に向けて」の「中間まとめ」が公表された2008年3月から数えて1年9か月、「答申」(以下、「学士力答申」という)が出されて一年になろうとしている。私学高等教育研究所では、筆者を代表とする研究プロジェクト「私学学士課程教育における“学士力”育成のためのプログラムと評価」が、これからの私立大学における学士課程教育の具体的展開についての現状調査と、その実現に向けての提案を行おうと共同研究を進めている。
 その一環として、全国の国公私立大学の学科長を対象に、「学士課程教育の改革状況と現状認識に関する調査」(調査期間:2009年9月7日~10月13日。調査対象:全国の大学における人文科学系630学科、社会科学系770学科、理学系251学科、工学系200学科、看護学系149学科、計2000学科の学科長。回収率:30.2%。但し、回収督促中のため、最終回収率はこれを上回る予定)を実施した。対象は、私立だけでなく比較対象としての国公立を加えた。後に述べるような理由で、対象としては人文・社会科学系と理学系の学科に重点をおいたサンプル構成になっており、医歯薬系では年限の長さ等を揃える意味もあり看護等の保健系のみを対象にした。従って、家政系、教育系、体育系、芸術系など対象に含まれていない分野もあることもあらかじめお断りしておく。調査項目としては、Ⅰ.学科の現状、Ⅱ.学部・学科の教育・学習目標、Ⅲ.教育プログラムの設計、Ⅳ.教育プログラムの実施状況、Ⅴ.学習成果の把握・評価、Ⅵ.教育改革の進行状況、Ⅶ.近年の改革動向についての意見、Ⅷ.大学・学部・学科の属性となっている。
 本稿では、この調査結果の中間報告として、学士課程教育のイメージと、学習目標・教育目標の設定等の教育改革状況について、その概要を紹介する。
 まず、「学士課程教育」についてのイメージが大学関係者にどの程度共有されているかをみると、学士力答申の内容のうちの一部にすぎない。「学士課程教育」からイメージする内容9項目について尋ねてみて、過半数の回答者に共有されていたのは、「教養教育(あるいは共通教育)と専門教育が有機的に連携している」(73.6%)と「専門分野ごとに、全卒業生に要求される最低水準の学習成果がある」(53.7%)の二項目にすぎず、「専門分野を問わず、全卒業生に共通して要求される最低水準の学習成果がある」(36.7%)や「専門分野や大学を問わず、すべての学生に提供すべき教育内容がある」(33.0%)といった学士力のような汎用的な到達目標の設定をすることや、教育内容の標準化といった内容については、3分の1の学科長が肯定していたにすぎない。このデータからみれば、学士課程教育が、教養教育と専門教育というような二分法的な断絶を前提としない、4年間を見通した教育プログラムであることは理解されているものの、目標設定の仕方からみれば学士力答申に沿った変化が明確に起きているとまではいえない。
 しかし、教育改革の進行状況について、学科長たちは比較的に肯定的な自己評価をしている。
 第一に、“学部として”の教育目標・学習目標が明文化されていると答えた学科長は国公私立いずれでも9割以上に達している。また“学科として”の教育目標・学習目標が明文化されていると答えた者が86.8%とこれに近い。
 第二に、「教育に対する学生の満足度」について「向上している」と「どちらかといえば向上している」をあわせると44.7%(それぞれ8.5%、36.2%。私立だけでみても計41.3%)と、半数近くが改善していると答えており、「どちらともいえない」が約半数とはいえ、「低下している」、「どちらかといえば低下している」は合わせても5.5%にすぎず、全般に改善傾向にあると認識されている。また「学生の就職先での評判」でも「向上している」と「どちらかといえば向上している」を合わせて43.8%(それぞれ10.4%、33.4%.私立だけでみて44.7%)と同様の評価をしている。全般的にみて、受験生が減少傾向である学科が国立で41.6%(「減少している」と「どちらかといえば減少している」の合計)、私立では55.9%という厳しい状況の中で、教育改善はどちらかといえば順調であると自己評価されている。
 しかし、すべての専門分野が同じような動きではないのは、関西国際大学が日本高等教育学会と共同して受託した文部科学省の平成20年度先導的大学改革推進委託事業「学生の大学卒業程度の学力を認定する仕組みに関する調査研究」で実施した、全国の学部長全員を対象とする調査結果でも明らかになっていた。国家資格が必要な専門職育成を目的とする「医・歯・薬系」や、JABEEのように専門分野としての規制が強く機能している「工学系」と比べ、私立大学等が大部分を供給する人文・社会科学系や理学系は卒業時における質保証の取組や大学教育改革の取組について、必ずしも積極的とはいえない状況にあった。今回の調査で人文・社会科学系や理学系に焦点をあてたのは、私立大学が多数を占め、これまで学習目標の達成度の検証等、大学改革において必ずしも先行していなかった専門分野が、どこまで改革を進めているのかを確認したかったことも一因である。
 教育目標・学習目標の設定の仕方をみると、9割以上の大学が設定していると答えているとはいえ、その表現方法はまちまちである。例えば、学科の教育目標・学習目標を例にとると、従来からの流れをくむ①「提供者(教員)の立場から定義(例:専門の学問を教授する)」が36.6%、②「学習者(学生)の立場から定義(例:専門の学問を身に付ける)」が47.6%と最も多く、学士力答申に則した③「学習者(学生)の立場から、行動目標を定義(例:~学の基礎理論を説明することが出来る)」しているのは15.9%にとどまっている。目標設定の段階で専門分野による差は大きい。④「学生の立場からの行動目標設定を行っている」のは、看護系等の保健系では32.0%と3分の1に達し、工学系でも23.0%であるが、人文科学系では5.5%、社会科学や理学系では12~13%にとどまっている。
 日本学術会議は分野別参照基準づくりを段階的に行っていくという中間報告をまとめつつあり、認証評価も第二サイクルに向けて改善・見直し作業が進んでいるようであるが、本調査結果からは、「PDCAサイクル」や「改革のための資金調達(学内・学外問わず)」、「学習成果の評価・把握における学外識者等の参画(例:研究報告会への参加等)」等に過半数の学科長が「難航している」あるいは「どちらかといえば難航している」と評価しており、課題が山積していることがわかる。
 しかし、課題自体が、国公私立などの設置形態、学部数などの組織特性、大学の入試難易度、どのような専門分野なのか、卒業後の進路の方向性がどの程度明確なのか等、多様化していることは間違いない。全体平均の数値だけをみたのでは見落としてしまいかねないことも多い。難航している項目の中には、学外識者の参画のように、学科長たちからみて必要性を認識されていないものもある。多様化を尊重し、組織特性や専門分野の腰を尊重してもいい改革と、PDCAの仕組みのように、普遍化や標準化をしなければならない課題の弁別が重要になってきている。(詳しくは、3月に開催予定の私学高等教育研究所の公開研究会で中間報告を予定しているので、その際にご報告したい)