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アルカディア学報

No.387

「問い」を深化させる レポートライティング教育の試み

研究員 杉谷 祐美子(青山学院大学 教育人間科学部教育学科 准教授)

 高校から大学への円滑な移行を目指して行われる初年次教育は、いまや各大学に拡大普及している。なかでも、レポートの書き方や図書館の利用法をはじめとするスタディ・スキルが重視されていることは、これまで筆者が関わってきた各種調査からも明らかである。授業科目を設けるばかりでなく、一部では教材開発とも連動し、巷にはスタディ・スキルの教材が溢れている。とりわけ、レポートや論文の書き方に関する類書は多い。
 しかし、これほどまでに初年次生のレポートライティング教育が広まってきたにもかかわらず、自ら「問い」「考える」という姿勢を重視するような試みや教材は、いまだ限られているように見受けられる。担当教員からは、レポートや論文の雛形を教えることはできても、学生が自分で問題をみつけられるように指導するのは難しいといった声も聞かれる。
 学習者自らが問い、考え、表現するといった営みは、初年次教育で強調される主体的・能動的学習の機会を与えるという意味でも重要である。昨年、学会において初年次教育のワークショップを開催した折、「自発的に学習することを目指しているが、学生の『積極的な学び』を引き出せない」といった意見が出された。スキルを単なるスキルの習得にとどまらせず、学生の知的好奇心を喚起し、課題探求の姿勢や論理的思考力の育成に結びつけるように発展させたいという思いは、現場に共通したものではなかろうか。
 筆者はこうした思いをもって、ささやかながら、3年程前から自分の担当する基礎演習(所属学科の一年次必修科目)の授業実践を対象として研究に取り組んできた。それまでも、自分なりに授業改善に努めてきたが、思えば経験的な判断による部分が大きかった。教育効果を分析する観点から、学生の学習成果に着目したり、クラスによって異なる授業方法を用いて、それらの比較を試みたりといった実践研究は、今回が初めてである。きっかけは、同様の問題意識をもつ学科の同僚から共同研究に誘われたことにあった。
 共同研究における一つのキーワードは、「協調」。いいかえれば、学生同士の「学びあい」を重視したということである。本研究では、授業内外における協調的学習環境のもとで、学生のレポートライティングの力がいかに育成されたかを検討した。筆者の授業では、学生各自の論文内容を批評検討するために授業内でグループ・ディスカッションを多用し、さらに授業外学習の支援環境としてブログ(Weblog)を利用した。ディスカッションを行った回はその記録としてワークシートを作成させたが、担当する二クラスのうち、一方のクラスでは提出課題とワークシートの公表(クラス内のみ)にブログを用い、もう一方のクラスではワークシートに紙を用いて公表は行わず、対照実験が可能なようにした。
 この授業では、教育学科の学生ということもあって、一年次の前期から夏休みにかけて、学生各自が自分の興味関心のある教育問題について文献研究を進め、最終的に4000字程度の論文を作成することを課題としている。一年生にとっては高度なことを要求しているかもしれないが、最終的な成果物よりも、論文作成のなかで自ら「問い」「考え」、学びあいから「気づく」ことを通じて、大学での学びの姿勢を少しでも身につけることを目指している。具体的には、自分の経験や思い込みから問題を論ずるのではなく、教育事象を事実に基づいて考察し、自分のもののとらえ方を相対化できるような態度を養うことにある。
 そのため、冒頭に述べたように、学生自らが問題を発見することを重視し、問題設定のプロセスに注目して研究を行った。その際、先の教育目標を踏まえて、漠然とした問題関心から問いを絞り込む「問題の明確化」、設定した問いの意義を他者に納得させるように示す「問題の普遍化」、思い込みや先行研究などを批判的に吟味しながら問いをとらえなおす「問題の相対化」の三つを評価の指標とした。これらの指標に基づいた評価基準に沿って、三名の評価者が採点した結果を分析して得た知見は、主として次の通りである。
 第一に、最初の序文からグループ・ディスカッションを経て書いた中間論文では、問題設定に関する記述のレベルは明らかに向上した。ただし、問題を「明確化」する点は着実に上昇したものの、問題の「普遍化」についてはやや伸び悩み、問題の「相対化」は得点に結びつきにくく、点数にばらつきがみられた。第二に、ブログを用いたクラスは紙を用いたクラスよりも学生間の得点の開きが小さく、項目別平均点もわずかだがいずれも上回った。また、ブログのクラスでは、ワークシートにおいて他者のコメントを自分なりに再構成した記述や議論からの気づきなどのメタ的な記述がきわめて多く、問題設定の絞込み、多様な視点の理解、気づきなどに関連する単語の出現数が多かった。第三に、ブログを積極的に利用して全体的に得点を伸ばした学生は、自分のブログおよび他の学生のブログのページ表示回数が顕著に多く、比較的コンスタントにアクセスし、また、他の学生のブログに訪れる回数を徐々に増やしていった。
 こうした結果から、ディスカッションを通じて他者の多様な見解にふれて自分の論文を振り返ることは、「問題の明確化」にとって有効であることが明らかになった、特に、ブログの利用は、時間をおいて授業内の議論を見直すとともに、他者の論文やコメントなどを参照しながら、自分の考えを吟味する機会を増大させたという点で効果を促進したといえる。他方、「問題の普遍化」の必要性や改善に対する認識は学生に薄く、「問題の相対化」に関しては、自分の視野の狭さを自覚できても、実際に自分自身の視点を相対化するまでにはなかなか至らないという課題もみえてきた。
 なお、もしご関心のある方は、学内の共同研究成果をまとめた鈴木宏昭編著『学びあいが生みだす書く力 大学におけるレポートライティング教育の試み』丸善プラネット、2009年をお読みいただければ幸いである。これは分野を異にする研究者が互いの実践活動を持ち寄って検討を重ねたものであり、それ自体が「協調」の産物であるといってよいだろう。
 近年、学生の学習成果(ラーニング・アウトカム)を明確化し、測定することの重要性が指摘されているが、アウトカムを生み出す学習プロセスを解明することも必要にほかならない。教育方法の改善、と言っても、どのような方法を用いたときにどのような効果が上がるかを検証する実証的研究は奥が深く、そうたやすく答えの出るものでもない。筆者が手探りのなか手がけた研究も、格段に学生の力が伸びる方法をみつけたわけではなく、ささやかなものである。しかし、大学の教育力が求められるなか、こうした研究を地道に続けていくことは、教育内容や教育方法の改善を期待する現場の実践的ニーズに少しでも応えることになるのではなかろうか。高等教育研究者であると同時に大学教育実践者として、自分に何ができるかということを、自戒も込めて今後も考えていきたい。