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アルカディア学報

No.386

財政支援の充実を求める
大学進学希望の実現を

研究員 田中 敬文(東京学芸大学教育学部准教授)

 高等教育研究所の第42回公開研究会は「高等教育のファンディング・システム」と題して10月15日に開かれた。講演者と題目は、順に、丸山文裕氏(国立大学財務・経営センター教授)「日本の高等教育への公財政支出」、島 一則氏(広島大学高等教育研究開発センター准教授)「進学の経済的効果と学費負担」、浦田広朗氏(名城大学大学・学校づくり研究科教授)「私立大学財務の安定性」である。三氏とも「高等教育のファンディング・システム」プロジェクトのメンバーであり、先ごろ刊行された報告書の成果を中心に発表が行われた。
 はじめに、丸山氏は、教育の利益を、個人的・社会的という軸と金銭的・非金銭的という軸を用いて説明した。例えば、個人の金銭的利益とは生産能力向上による所得向上であり、社会の金銭的利益とは経済成長や国民所得の向上である。これらはおおむね教育の「投資」効果と呼ばれる。他方、非金銭的利益とは、豊かな人間性の構築や健康で平等な社会の実現等であり、これらはおおむね教育の「消費」効果である。教育にかかわる最近の予算要求では教育支出を投資とみなしてその増額を目指している。投資に対しては「その効果は?」という鋭い問いが発せられるが、まさに本プロジェクトが教育投資の効果を検証した。
 丸山氏は、わが国の高等教育投資の対GDP費(2005年)が、政府・民間を合わせて米韓よりも低いが英独仏よりも高いこと、民間支出だけを見ると、これらの国々より低いこと等をデータにより示した。国際比較から、高等教育へのわが国の政府支出は少ないものの、学生一人あたり経費は平均以上であること、家計の努力で金銭面が担保されていること、家計負担の高まりにより大学進学率の頭打ちや進学格差が生じていること等が明らかとなった。また、高等教育への支出の時系列データから、公財政支出は1970年代後半がピークで80年代に減少し、政府と家計の費用負担が80年代初めに逆転したという注目すべき事実や、公財政支出と進学率とが相関関係にあることが示された。
 公財政支出の中身(種類)を見ると、90年代後半以降、国立大学法人への運営費交付金や私大助成よりも研究費の伸び率が大きいものの、競争的資金の増加や研究者個人への配分方式導入により、間接経費獲得などの大学間の格差問題が指摘された。丸山氏は、公財政支出の確保・増加に際して、目的を明確にすること―国際競争力向上か家計負担軽減か―の重要さを強調した。
 浦田氏は「私立大学財務の安定性」を、入学状況や収支状況・財務比率から多面的に検討した。まず第一に、全体では依然として志願者数が入学定員を上回っていること、2008年において(2009年においても)入学難易度の低い大学や小規模大学、首都圏・京阪神以外の地方の大学を中心に定員割れが深刻になっていること、しかしこれらの大学でも定員並みの入学者を確保している大学はあり、定員割れがそのまま財務状態の悪化を意味するわけでもないことが明らかになった。
 第二に、学校法人の自己資金構成比率を見ると、全体として私立大学の財務は、ストックでは依然として安定を保っていること、他方、消費収支差額を見ると、法人全体は1970年代後半から、大学部門は2004年から赤字であり、私大が「儲かっている」わけではないことが示された。2000年までは、学生納付金、手数料、補助金の合計が経常的経費にほぼ等しいが、その後これらの収入だけで経費を賄うことが困難になったという。
 第三に、財務の安定や施設設備の充実は家計によって支えられてきたこと、しかし家計負担は限界に達しており、教育機会均等の観点からも負担軽減が必要であることが示された。私立大学自宅生の学生生活費が国立大学自宅外生にほぼ等しい(日本学生支援機構『学生生活調査』2006年)という事実は、地方の私大で定員割れが深刻な状況と関連があるのかもしれない。
 第四に、私大家計負担の軽減策が明らかにされた。私大の授業料を国立大学と同額にすると、私大の収入は当然減少する。そこで、授業料引下げにより学生数が20%増えると仮定すると、減収額は約7000億円となる。そこで、私大助成約7000億円増により、私大家計の授業料負担を国立大学並みに引き下げ可能であるとの試算が示された。
 島氏は、教育投資のコスト・ベネフィットモデルを構築・測定することにより、「大学進学の経済分析と示唆」を発表した。このモデルはノーベル経済学賞を受賞したG・S・ベッカーらの人的資本理論に基づくものである。大学教育投資のコストは、授業料等の直接費用と、大学進学を断念して高卒後就職したならば獲得できたはずの放棄所得(機会費用)からなる。他方、ベネフィットは大卒高卒間での生涯賃金差に相当する。
 異時点間の金額を比べるために収益率を算出すると、大卒男子は国立=7%、私立=6.5%、大卒女子は国立=10.2%、私立=9.6%となる。この収益率の時系列変動を見ると、大卒男子は1990年代後半から、大卒女子は90年代前半から増加傾向に転じている。また、大卒・高卒の生涯賃金比率は、男女ともおおむね90年代後半から増加傾向にある。また、偏差値50付近・未満の特定大学・学部について、産業別就職者数についてウェイトづけした所得関数により収益率を算出すると、平均よりやや低いものの、男子6%、女子10%を維持する。
 次に、大学進学希望に影響を及ぼす要因を東大「高校生調査」のデータを用いて推計すると、保護者の主観的・資金調達能力(負担が可能かどうかの判断)がもっとも大きいこと、大学進学のベネフィットの増加が進学需要を増加させることが明らかになった。客観的・資金調達能力(親の年収)ももちろん進学需要に影響を及ぼすから、島氏は、私大助成の増額が私大収入に及ぼす影響を試算し、授業料20万円の引下げに対して引下げ分の50%の私大助成を行う場合の必要額を約3000億円とはじき出した。
 島氏の発表に対して、参加者の米澤氏(東北大学高等教育開発推進センター准教授)から、推計が大・高卒者就職率を100%とするなど前提の厳しさ等が指摘された。推計には限界があるものの、私大助成増額が授業料引き下げにつながれば、進学を希望しながらあきらめていた者(潜在的進学者)も進学できることになり、所得増が実現できるであろう。
 私大助成の効果を検討するためには、本プロジェクトのようにロジックをきちんと主張するとともに、実績や証拠の積み重ねが必要であることを痛感した。私大助成を一気に約2~3倍に増額することは困難かもしれない。しかし、新政権の補正予算凍結や来年度予算編成の作業状況を見ると、数千億程度の金額は捻り出せるのではないだろうか。いまこそ「政治主導」が求められている。