アルカディア学報
新段階迎える韓国の大学評価 政府主導の改革は何をめざしているのか
2009年度を期して、韓国の大学評価は一大転機を迎えることとなった。新しい制度の下では、1994年に始まった「大学総合票価認定制」(韓国版アクレディテーション)を廃止し、政府は各大学に対し、①2年に一度「自己点検・評価報告書」を作成し公表することを義務づける(形式自由)、②いわゆる第三者評価機関としての「認定機関」は政府の委員会が認証し、各大学は自由に申請し「認定」を受けることができる(受審自由)、③「大学情報公示制」を義務化し、各大学に対し55項目からなる大学情報の提供を求め、それを政府が管理するウェブサイト上に公開する。以上3点からなる新制度に移行したのである。
一. 「総合評価認定制」の制度設計
韓国の大学評価は、1982年に設立された大学連合体としての韓国大学教育協議会(国公私立の四年制大学がすべて加盟)が一元的に行ってきた。韓国大学教育協議会(以下、協議会)は、発足当時から大学評価事業をその中心的業務の一つとして位置づけ、約10年間の評価研究と試行評価を経て、1994年から「大学総合評価認定制」を本格的にスタートさせた。この制度は、各大学の教育研究活動の全体を評価する「機関評価」(全会員校の義務)と、各専門分野別の活動を評価する「学問分野別評価」(受審は各大学の自由)からなり、一定水準以上の大学を「認定」する方式であった。発足以来、第一周期(1994―2000)、第二周期(2001―2005)を終え、第三周期(2006―)の評価に向け、協議会は新たな評価基準を開発する等、新時代の評価に向け準備を重ねてきた。
協議会の方針として、1990年代の文民政権下で「準則主義」による大学設置認可が行われてきたことに鑑み、第一周期(7年)の機関評価では「最低限の水準を担保する」ことを目的に評価を行い、第二周期(5年)では、折からのアジア金融危機を教訓に「国際基準」の質保証を目的に評価基準(項目)の見直しを行った。さらに第三周期では、グローバル化に対応して「国際水準の確保と大学の特性化」を両立させるべく、①共通分野、②選択分野、③特性分野の三分野からなる評価基準を準備してきた。いずれの場合も、ランキング評価は行わないことを基本方針としていた。
ところがマスメディアの大学ランキング(中央日報社の「全国大学順位」等)に対する国民の関心の高さや影響力に鑑み、第二周期からは協議会の大学評価においても、機関評価及び学問分野別評価の双方において、「最優秀(95点以上)」、「優秀(90―95点)」、「認定(70点以上)」の三段階に等級化して、評価結果を公表することとした。その結果、各大学は「最優秀」大学をめざして熾烈な評価競争を繰り広げることとなった。韓国の各大学を訪問すると、「○○大学、最優秀大学の栄誉」と大書されたカラフルな横断幕が目につくようになった。
二. 協議会による「認定制」の成果と問題点
これまで協議会が実施してきた「大学総合評価認定制」の成果は、第一に、二期12年間の評価活動を通じて、大学構成員に「大学評価」を意識化させたことにあるといえる。大学経営陣もよりよい評価結果を求めて教育研究条件の改善に取り組み、特に「認定」結果が等級化(最優秀、優秀、認定)して公表されるようになった第二期からは、大学のブランド力を高めるために大学評価に積極的に取り組むようになった。第二に、評価を担当する協議会の側も、評価体制を年々充実させ、評価基準の戦略的見直し、評価担当者の養成・研修等に組織をあげて取り組んできた。その結果、協議会は政府に一定の距離を置きつつ、個々の大学の責任において大学の質保証に取り組むという「評価文化」を、韓国の大学関係者に醸成することに成功をおさめたといえる。
一方、問題点としては、第一に、いわゆる上位圏の大学からは「総合評価認定制」の認定基準が低すぎるという不満、下位圏の大学からは評価基準が総花的で各大学の特性(個性)が評価されない、等の不満が表明されてきた。第二に、大学の国際競争力強化をめざす政府(教育科学技術部)は、限られた財源を「選択と集中」の原理に基づき配分するための大学評価を協議会に求めてきたが、それは協議会の方針と相容れるものではなかった。そこで政府は、協議会に代わる大学評価機関(「高等教育評価院」)を設立するための法案を二度(2005年、2007年)にわたり国会に提出したが、①大学関係者の反発、②協議会の抵抗、③与野党の政治的思惑、等が錯綜するなかで、二度とも廃案になった。
三. 新制度の目指す質保証のあり方
このような状況のなかで政府は、高等教育法を改正(2007年12月)することにより、冒頭に述べたような新しい大学評価制度の導入をはかったのである。そのねらいと問題点について、去る2~3月に行った現地調査に基づき整理しておこう。
(1)「自己点検・評価報告書」の作成・公表の義務化
新制度においては、いわゆる協議会による「認定」行為を廃止し、各大学にその改革戦略目標にそった「自己点検・評価報告書」(形式自由)を2年に一度作成し公表することのみを義務づけ、第三者評価機関(「認定機関」)への受審は自由とした。このような制度の導入を図った政府関係者の意図を総合すると、①すべての大学が画一的な評価基準に基づき評価され、ほとんどの大学が「認定」される協議会方式の役割は終った、②いま大学に求められているのは、各大学が自らのミッション(研究型大学、教育型大学、産業型大学等)に基づいて評価目標・基準を設定し、自律的で特色ある「自己点検・評価」体制を構築することが必要であり、第三者による「認定」は多元的であるべきである、との認識に基づいていたようである。
各大学の評価担当者も、協議会方式に一定の限界を感じていたようであり、新制度を概ね好意的に受け止めているようである。特に協議会の「認定」方式に飽き足らない上位圏の大学は、第二周期(2000―2005)以後、すでに各大学独自の「評価体制」を別途に構築していたところが多く、新制度を歓迎する向きが多いようである。
(2)「大学情報公示制」のねらい
もう一つの改革の柱である55項目からなる「大学情報公示制」の義務化について、政府関係者は、需要者(学生、両親、産業界等)に対する大学の社会的責任として、その「情報公開」をねらいとするものであり、大学評価とは一線を画したものであると説明している。しかしながら、ウェブサイト(www.academyinfo.go.kr:韓国語)上に公開されている在学生の成績分布、卒業生の就職状況、教員の研究業績(論文数)等、55項目からなる大学情報は、各大学の「評価」そのものとも言える。それだけに各大学の評価担当者も、情報の作成・管理・提出には万全の体制で臨んでいるようである。このサイトに掲載されている膨大な情報が、政府が意図しているように両親・学生の大学選択や企業の学生採用に有効に使われるのか、あるいはその意に反して大学ランキングや各種の資金配分に使われることになるのか、その帰趨は今のところ明らかではない。
むすび
こうみてくると、新段階を迎えた韓国の大学評価は、大学の自律性や社会的責任を前面に出してはいるが、政府主導で進められていることは紛れもない事実である。第三者評価機関(機関評価、学問分野別評価)を認証する委員会が政府主導で運営されていることからもそのことは明らかである。さらに重要なことは、政府が大学に対し行財政支援を行う場合、第三者「認定機関」による認定結果を活用することができることを、改正高等教育法に明記したことである。
このような政府主導の改革が、大学の質保証をより確かなものとすることになるのか、逆に大学の自律性を損ない大学間格差を拡大することになるのか、今後の動向が注目されるところである。