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アルカディア学報

No.372

公共性と利益追求の葛藤 株式会社立大学の導入経緯と論点(下)

今野 雅裕 (政策研究大学院大学教授・学長特任補佐)

 一、株式会社立大学のその後
 新設された株式会社立大学の一つ「LEC東京リーガルマインド大学」は、文部科学省による大学設置のアフターケアで、専任教員として勤務実態のない者がいること、高度メディア利用授業が適切に実施されていないことにより、学校教育法に基づく改善勧告(平成19年1月)がなされた。それまで全国展開をしていたが、こうしたこともあり、入学者の急減が続き、各地での学生募集は逐次停止された。平成21年度入試では募集は千代田キャンパスのみになり、22年度入試では学部学生の募集は停止された。
 そのほか「グロービス経営大学院大学」は、現状では大学運営は学校法人によるのが望ましいとして、平成19年度から通常の学校法人立大学に移行している。「LCA大学院大学」は、認可後、学生の確保が困難になり、早くも平成21年度以降の学生募集を停止した。
 また、特区の認定を受けていた「TAC大学院大学」は、受験生向けパンフレットに法令違反の内容があったとして文部科学省から厳重注意を受け、大学院設置の申請を取り下げている。通常は、特区での事業実施後、改革事業そのものに問題がないと評価されれば、当該改革は全国に解禁されることになっているが、株式会社立大学については、こうした問題の発生もあり、全国化を判断する特区推進本部「評価・調査委員会」の評価は行われないままになっている。
 二、株式会社の大学設置にかかる主な論点
 【公共性による株式会社の排除について】

 文部科学省の考えは、一貫して、学校は極めて公共性の高いものであり、営利目的で事業を行う株式会社等が学校の設置者となることになじまないというものである。これに対し、規制改革側からは、独占的・非競争的市場ならいざしらず、通常の競争的な市場では、株式会社は、利益最大化のためには、結局、教育の質を高め、価格を抑えて市場競争で生き残るほかはなく、株式会社だからといって、公共性の高い事業を担えないということはないとの反論がなされる。
 【継続性・安定性の確保について】
 株式会社では学校経営の「継続性・安定性」が確保されない恐れがあるとすることに関しても、規制改革側からは、以下のような反論がなされる。「継続性・安定性」は制度的には基本財産(校地校舎)の自己所有ということで担保されることになっているが、実際には、多くの学校法人で、広く、土地を担保に資金の借り入れが行われている。地価の値下がりなどにより、資産の大部分が土地に固定されている分だけ、リスクが大きくなることもあると言える。土地は「所有から利用の時代」になっており、学校法人経営だからといって必ずしも安定しているとは言えない。むしろ、株式会社により資金調達手段の多様化が図られるという利点がある。
 【教育への再投資について】
 株式会社立学校では、教育への再投資が確保できないおそれがあるとの意見に対しても、規制改革側からは、次のような反論がある。配当は間接金融における利息支払いと同じで、配当後は、利益剰余金として積み立てられ、将来の投資に向けられる。学校法人も教育以外の使途での投資を許容されており、両者に基本的な差異はない。剰余金の教育への還元なくして、営利事業の教育事業は成り立たないことから、株式会社立学校だから、教育への再投資が確保できないということはない。
 【地方自治体の大学に対する行政責任の不明確について】
 特区制度においては、計画の実施主体は地方自治体であり、特区認定を受けた株式会社立大学についても、自治体には当該学校およびその設置者に関して実際上様々な行政責任が生ずるはずである。しかし特区法上は、高校以下の学校とは違って、株式会社立大学の教育、組織などについての評価、その結果の公表は、自治体ではなく国のシステムに基づく認証評価機関が行うこととなっている。自治体は、学校が破綻した場合のセーフティーネットの構築が義務付けられるに止まっている。
 実際に、大学の実態の把握、問題点のチェックなどもあまりなされておらず、株式会社立大学事業の目標達成にかかる評価については、自治体として、評価方法も含め今後の検討課題となっている。もともと現行法制上、自治体には一般に大学に関与する権限も能力もなく、そうしたところに大学設置にかかる特区認定の申請権限をもたせるところに制度上の問題もあるように思われる。
 【私学助成の適用について】
 株式会社に大学設置が認められた後、規制改革側からはイコールフッティングの観点から、株式会社立大学に対する私学助成・税制優遇措置を行うべきことが要請された。文部科学省側は、株式会社立大学への助成は憲法八九条に違反するため、私学助成はできないとしたが、これに対し規制改革側は、内閣法制局見解からは、私立学校法による学校法人の解散命令がない場合でも、学校教育法と私学振興助成法による規制で十分だと解釈できるとして反論した。むしろ、宗教系大学にも一律に私学助成が行われている現行のやり方に、憲法違反の恐れありとする論も展開された。さらに憲法八九条問題を避けるため、機関補助ではない個人補助としての教育バウチャー制度の提唱も行われた。
 三、終わりに
 株式会社の設置する大学だからと言って、必ず不適切な運営になるとは限らないだろう。経営者の意思や経営状況などにより、適切に運営されることは個別にはあろう。しかしだからといって、制度として一般に株式会社に大学設置を認めることは適当であろうか。株式会社立大学は、実際多くの局面において、大学運営という公的事業遂行と利益追求という株式会社の至上目標との狭間で、葛藤の生じることは避けられないであろう。
 自由な競争的市場では、株式会社立大学は存続のためには、利潤を教育へ絶えず再投入せざるを得ないから、必ず、どの株式会社でもそう行動するはずだというのも、人々の経験からすれば、やや楽観に過ぎるというものだろう。やはり、大学運営により適切に制度設計されたはずの学校法人の方が、結果として適切な運営確保という点での蓋然性は高いと言える。
 もちろん学校法人にも運営上の不祥事が問題になることがある。このため学校法人のガバナンスを強化するために私立学校法の改正が行なわれ、また情報公開を徹底するなどの努力が行なわれてきた。学校法人の公共性に対する社会の信頼をいっそう高めるため、今後とも運営の改善に努めなければならないことは言うまでもない。