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アルカディア学報

No.349

 寄附行為に立ち返れ 学校法人の資金運用のあり方

私学高等教育研究所客員研究員 齋藤力夫(永和監査法人会長)

 世界経済恐慌と証券市場
 1929年(昭和4年)、米国発世界経済大恐慌以来(第二次世界大戦を除く)80年ぶりの世界恐慌が発生するとは夢にも思わなかった。本年9月、米大手証券会社リーマン・ブラザーズが突如破産、同じく生損保大手AIG保険も破綻の危機に直面した。AIGはわが国でもアリコジャパン、アメリカンホーム保険などで知られているが、世界的に数千万人を超える被保険者の被害を考慮して、米国政府では公的資金を投入した。日本最大手の野村證券の数倍規模のメリルリンチ証券には、バンク・オブ・アメリカ(全米第一位)が買収され、その他、ゴールドマン・サックス証券とモルガン・スタンレー証券は持株会社に移行するなどの措置で世界的規模の改革が波及している。
 近年の上場会社の粉飾決算では、一般の債権者や株主は多大な損害を受けた。山一證券の崩壊に始まり、ライブドア、カネボウ、日興証券などの粉飾決算の事例が大きく報道された。
 米国のリーマン・ブラザーズ、エンロン、ワールドコムなどの破産は世界の経済を震撼させ、リーマンに至っては、住宅ローンに係る債権を分散するため、約40兆円を証券化し、世界的な株式市場の暴落をもたらした。このように金融ビジネスに狂奔し、本来の業務を逸脱した行為は粉飾事件ともいえる。

 学校法人の資金運用のあり方
 学校法人の資金運用のあり方について、寄附行為上の規定を遵守すべきである。近年、マスコミに大きく報道された有価証券運用損失が問題化している。各大学別に30法人の損失リストをみているが(東洋経済の金融ビジネス)、X大学の220億円の損失、同じくY大学の150億円の損失、Z大学の140億円の損失など枚挙にいとまがない。まさに学校法人の憲法たる寄附行為に違反すると言わざるを得ない。そのほか、同窓会、校友会、クラブ活動などの資金を教育研究、会員親睦や学生生徒の支援外に流用するケースもあり、粉飾決算に近いと考える。
 学校法人の基本財産及び運用財産の運用について、その法人の憲法として寄附行為に定められている。
 平成16年5月12日、私学法の一部改正として、私立学校の運営方式を改善し、平成17年4月1日以後適用することとした。文部科学省では、寄附行為の標準例も公表した。その原文は大部分の学校法人で記載していると思われる。
 そのうち(積立金の保管)として第30条に「基本財産及び運用財産中の積立金は、確実な有価証券を購入し、又は確実な信託銀行に信託し、又は確実な銀行に定期預金とし、若しくは定額郵便貯金として理事長が保管する」、(経費の支弁)として、第31条に「この法人の設置する学校の経営に要する費用は、基本財産並びに運用財産中の不動産及び積立金から生ずる果実、授業料収入、入学金収入、検定料収入その他の運用財産をもって支弁する」と定めている。この標準規程は、条項は異なっても大学設置法人から幼稚園設置法人に至るまで記載されることを予定している。
 まず、積立金の保管は、基本財産、運用財産ともに確実な有価証券及び信託銀行となっているが、そもそも元本確実な運用を図ることと定めており、証券市場などで運用する場合、不確実な資産運用を禁止している。不確実というのは、市場価値の変動するような株式、仕組債、株式投資信託、為替相場によって変動する外貨、外国債、外国市場の株式や株式投資信託、デリバティブ取引、スワップ取引などをいう。わが国の国債等の公社債も市場変動があるが、格付けの低い都道府県債、市債、社債は避けた方がよい。日本の国債は世界約一七位程度(平成19年)であるから問題はないが、外国債は為替変動があるので、その点を考慮すべきである。特に格付け50位以下の外国債は絶対に避けるべきである。過去の事例ではアルゼンチン債、インドネシア債など、これらの国のデフォルト(債務超過国)の国債を購入し、紙くずと化したものもある。日本の社債は、S&P、R&Iなどで、ダブルAの格付けはやむを得ないが、米国でもメリルリンチ証券、リーマン・ブラザーズ証券などは過去シングルAの格付けであったが、今回の恐慌であえなく暴落した。
 国債や格付けダブルA以上の社債は、金利は償還年数によって異なるが、10年ものの利回りは1.2%、短期は1~0.6%程度である。購入単価が100円前後であれば、退職給与引当資産として区分投資する方策もよい。つまり、退職時まで10年以上の教職員対策には長期債、定年まで10年以内の対象もあるので、短中期国債でもよい。また、外国証券の発行するいわゆる「サムライ債」だが、これは円建て社債と考えてよいが格付に留意。今回の米国シティが引受ける日本国債の購入契約は「サムライ債」で調達する予定であったが、サブプライム問題の影響で日本国債の引受けはできなくなった。
 優良公社債でも100円を超え、例えば105円の場合、償還金は100円であるから5円の損失は免れない。信託預金は、寄附行為の記載では金銭信託を予定しているが、証券市場でも公社債投資信託は、証券会社によって組入れ債が異なるので、格付けの高い国内公社債なら損失は軽微だが、外国債の組み入れもあるので十分な説明を聞いてから購入することだ。
 いずれにしても今回の世界恐慌のため、投資は、第一に安全確実性が先決で、第二に換金性、第三に収益性(運用利益)の順に実行することが肝心である。また、寄附行為では資金運用を他の者に委任している場合でも、運用の成果を理事長に月次報告すべきである。また、重要な投資と運用成果は、理事会に諮ってから投資するのが望ましい。
 なお、必ず「資金運用規程」及び細則又は内規、実施のフォーマットを作成し、運用の経過を明らかにすべきである。
 過去に定期預金のみで運用している学校法人があったが、理事会では一部の理事が資金運用について、利回りのよい商品を弾力的に行うべきだとの意見に基づき大損害を受けたケースもある。
 基本財産、運用財産の区別は学校法人会計では定めが無いため、通常、基本金対象資産を基本財産として申請している場合が多い。
 また、定員未充足の学校法人は、いくら資産があっても金融機関の貸し渋りが極端である。社会的に教育施設を担保とした物件の競売ができないからである。
 今後は、時価を引下げるための「ナンピン買い」などをやめて、リスク取引は停止すべきである。市場が回復しても、乱高下する資産運用は避け、寄附行為違反にならないよう留意することが学校法人の使命である。