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アルカディア学報

No.337

AHELO 国際的な学習成果アセスメント OECDの試み

深堀 聰子(国立教育政策研究所高等教育研究部総括研究官)

 なぜ国際学力テストか
 OECDによる高等教育における学習成果アセスメントAHELO(Assessment of Higher Education Learning Outcomes)のフィージビリティ・スタディが、いよいよ始動した。
 2000年よりすでに実施されている15歳児を対象とする国際学力テストにちなんで、大学版PISAとよばれてきたこの学力テストは、その新たな名称が表すとおり、高等教育の成果として、大学生がいかなる知識と技能を習得したかに焦点をあてるものである。そして今回実施されるのは、その実施可能性をさぐる予備調査である。
 高等教育機関の適格認定基準や格づけ・ランキングの根拠となる指標が示すとおり、高等教育機関の質は、従来、高等教育の成果を規定する環境要因としてのインプット(施設設備等)やプロセス(教育活動等)、高等教育の成果の間接的指標としてのアウトプット(就職・進学実績、研究業績等)に着目して評価されてきた。
 それに対して、高等教育の成果の直接的指標としてのアウトカムに注目し、学生がいかなる知識と技能をどれだけ習得したかという観点から、各国の高等教育機関の質を検証しようとする点に、この調査の特徴を見出すことができる。
 その背景には、高等教育の大衆化によって学生ニーズと大学機能が多様化しており、それに伴って高等教育の出口段階での質保証への世界的関心が高まってきている情勢がある。さらにグローバル化が進行するなかで、多面的で包括的な高等教育機関の国際比較を実施することへの関心も高まってきている。
 このような現状をふまえて、国際通用性の高い高等教育における学習成果アセスメントの取り組みとして、AHELOが構想されているのである。
 実施可能性の検証
 もっとも、国際通用性の高い高等教育の学習成果アセスメントを実施することは容易ではない。各国の高等教育機関はそれぞれに多様であり、高等教育システム、入学者選抜制度、プログラムの期間や内容、文化や言語も異なる。そのなかで何をどのように測定するかについてのコンセンサスを形成し、妥当性と信頼性の高いアセスメント・ツールを設計することは、極めて困難な作業といえる。
 したがってこのフィージビリティ・スタディでは、次の二つの観点からAHELOの実施可能性が検証される。第一に、各国の多様性と特殊性をふまえつつ、学習成果について信頼できる結論を導くことのできるアセスメント・ツールを設計することは、はたして可能なのか。第二に、高等教育機関と学生の参加を促し、アセスメントを実施することは、実質的に可能なのか。
 四つの領域
 フィージビリティ・スタディの運営理事会を務めるOECDの高等教育機関フォーラムIMHE(Institutional Management in Higher Education)より公表されている研究の概要は、以下の通りである。
 まずフィージビリティ・スタディは「一般的技能」「専門分野別技能」「付加価値」「機関の特徴」の四領域から構成され、「専門分野別技能」領域の有力候補として「工学」と「経済学」分野があげられている。そして「付加価値」を除く各領域・分野について、卒業年度生を対象とする一時点のパイロット調査が計画されており、それぞれに4か国程度(各国10大学)の参加が呼びかけられている。
 「一般的技能」では、社会生活や職業生活に必要な、批判的思考力や問題解決能力などの横断的・高次思考スキルが測定される。アセスメント・ツールとして、アメリカのCLA(Collegiate Learning Assessment)を試験的に採用する方針が明らかにされている。
 「専門分野別技能」では、工学や経済学などの専門分野に固有な技能の測定がめざされる。アセスメント・ツールの候補は、未だ検討段階にある。
 「付加価値」では、高等教育機関に在学中に、学生が知識や技能の習得という観点からどれだけ「伸び」たかを明らかにすることがめざされるが、調査デザイン上の困難より、調査実施は次の段階に先送りされ、今回は理論的、方法論的検討が展開される。
 「付加価値」を測定する調査デザインとしては、同一人物の二時点間(入学時と卒業時)の学習成果の差異に着目するパネル調査の方法、新入生と卒業年度生の学習成果の差異に着目するコーホート調査の方法、中等教育段階までの学習成果(初期差異)を統計的に統制する方法、学生が高等教育機関で初めて学習する専門分野での学習成果に注目する方法などが考えられる。今後はそれぞれの実施可能性について、検討が加えられていく。
 「機関の特徴」では、施設設備、教育活動、学生支援事業等をふまえた高等教育機関の質の多面的評価が試みられる。これはフィージビリティ・スタディの計画段階の終盤になって浮上してきたもので、既存の国際的な大学ランキングが、研究機能や「評判」を偏重しがちであることに対して、教育機能や学習成果も加味した、より包括的な情報を発信する試みとみることができる。ドイツの高等教育コンサルティング会社CHEによる取り組みをモデルとして、独自の指標が開発される予定である。
 なおAHELOでは、学生の正答率を機関別に集計して、高等教育の質を機関単位で分析することが構想されている。しかしながらフィージビリティ・スタディの段階では、学生の参加率と回答率にもとづいて、調査の実施可能性が検証される。2010年までにパイロット調査を実施し、結論を導くことがめざされる。
 日本の対応
 本年1月に開催されたOECD非公式教育大臣会合において、渡海前文部科学大臣はこのフィージビリティ・スタディへの参加の意思を表明した。現在、文部科学省において、具体的な方針や枠組みの検討が進められている。国立教育政策研究所も、文部科学省との連携協力を通して、積極的に貢献していく予定である。
 周知のとおり、日本の高等教育政策は、学士課程教育が共通してめざす「学士力」のアセスメント、及び専門分野別質保証の枠組みづくりに係る重要な局面にたっている。そこで貫かれている学習成果を重視する姿勢は、AHELOと概ね一致しているといえよう。
 したがって「学士力」のアセスメントに先立って始動したAHELOフィージビリティ・スタディは、何を高等教育における学習成果とみなし、それをどのような調査デザインとアセスメント・ツールを用いて測定するのか等、国際通用性の高い高等教育の質保証のあり方を検討するうえで、多くの具体的示唆を含むことになろう。それはまた、既存のアセスメント・ツールでは捉えることのできない学習成果の側面や、日本の高等教育に固有の特徴についても、有益な知見を与えてくれるはずである。
 AHELOフィージビリティ・スタディへの取り組みが、我が国の高等教育の質向上に積極的に役立てられていくことを期待したい。