加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.331

教育の質を保証するために ノース・セントラル大学協会を訪ねて考える

私学高等教育研究所研究員 羽田 積男 (日本大学文理学部教授)

 その創設時から筆者がながく関わってきた日本高等教育評価機構のシステム更新のためにアメリカの認証評価システムから引き続き学ぼうと、私学高等教育研究所からの派遣によって厳寒のなかにあったシカゴの高等教育機構(HLC―NCACS、ノース・セントラル大学協会)を訪ねたのは、去る2月29日のことであった。大学評価・学位授与機構の森利枝氏のご紹介による訪問であった。
 この高等教育機構は1895年の創設であり、設立はニューイングランド大学協会よりは10年ほど新しいが、アクレディテーション機能をもつようになったのは最も古く、東はウエスト・バージニア州から西はアリゾナ州やワイオミング州までを含む19もの州を管轄するという大きな地域評価機構なのである。
 筆者がこの機構を訪問したのは、この広大な管轄地をどのようにして認証評価を行っているかという素朴な問いを考えるためであった。しかも側聞するところでは、大きな潮流になっているアウトカム・ベースによる大学教育の質の保証という流れに対して、もうひとつの質的な保証を模索しているということをこの訪問によって確認したかったからである。
 スティーブン・クロウ氏は、大学教授や管理職を経て、1982年に機構の会長に就任し、機構の顔として長いこと活躍されてきた。6月末には引退して故郷オレゴン州に戻るということであった。1000校を超える大学、短大、そしてオンライン大学などを擁するこの機構が、大学教育の質をどうように保証するかという筆者の問いに対して自身の考えを披瀝してくださったのである。
 機構が特に取組んできたのは、主要な2つのプログラムであるという。認証評価の地位を得て、また維持していくための更新を確たるものにするために「質的評価向上プログラム」(PEAQ、Program to Evaluate and Advance Quality)が2003年から設けられているという。このプログラムには、新規採用のコンサルタント・評価員のためのプログラムと、チーム形成促進・報告書作成のためのプログラムの2つがあり、両プログラムともシカゴ空港近くにおいて2~3日間の集中プログラムとして開催しているという。
 1999年に外部資金を得て進めてきたのが、「教育の質的向上のプログラム」(AQIP,Academic Quality Improvement Program)であり、認証評価の更新をするための準備をするとともに新しい教育を創造するプログラムである。
 つまり、この機構には、PEAQとAQIPという2つのプログラムがあり、交互に推進していくことによって認証評価を与え、そしてまた大学教育の質の向上を図るというシステムを構築したのである。
 そうした方向性は、機構の認証評価基準(Criteria)にも伺え、かなり独自なものに見える。第1の基準は、「ミッションと誠実性(Integrity)」であり、この基準をここに据えているのが特徴であろう。つまり、誠実性は、基準として単独基準として設定するより、誠実性、公正性、倫理性などは大学のミッションを達成する際に必要な側面であり、それ故、以下の4つの基準にも反映する基準であるという。この基準の設定は、日本高等教育評価機構の基準設定などにも大きな示唆を与えているように思う。
 第2の基準は、「将来のために準備する」という大学の資源配分や学内計画、教育の質の改善など将来志向になっている。いわゆるPDCAサイクルの最初の設定を求めているのである。
 第3の基準は、「学生の学習と効果的な指導」であり、ここには学生の学習のアウトカムが求められ、効果的な学習指導のための学習環境や学生への支援が求められている。この機構では、学生の学習評価のためのアカデミーと呼ばれるプログラムを4年間の継続プログラムとしてもっていて、この基準の実質化を図ることをめざしている。
 第4の基準は、「知識の獲得、発見、応用」というものであり、第五の基準は、「約束と奉仕」であり、大学独自のミッションが求めている両者を大学内部においてまた外部において実現しなければならないというものである。
 これらの基準が、日本の認証評価諸機構の諸基準に比べれば、その設定自体が未来志向といってよいように見える。大学が独自に将来計画を樹立することを通して、その将来計画を機構が受入れ、熟達した評価員が評価し、そして大学の取組みを支援するというシステムになっているのである。
 続く問題は、いわゆるアウトカム・ベースの大学評価についてのこの機構の方向性であるが、この方向性そのものには理解を示した上で、他の方向性を模索していると指摘できそうである。クロウ氏も、アウトカム・ベースだけでは、1000校を超える多様な会員大学を十分に評価できないというし、また数値評価になっていくのではないかと危惧しているようであった。むしろ、教育の質を具体的に向上させるプログラムを構築することを支援することによって、多様な大学の実際に即して教育の質を向上させるというのがその戦略なのである。それがAQIPである。
 AQIPとは、この機構から認証評価を得た大学が、その更新をするまでの間に、自主的に機構のAQIPに参加して、認証評価の基準とも関連する独自の9項目に沿って自己評価活動を展開し、これを大学のシステム・ポートフォリオとしてまとめ機構へ提出する。機構からはこのポートフォリオに対してフィードバック報告を受けるという方法で実施されている。
 例えば、シカゴ郊外のアメリカ最初の公立短大ジョリエット・カレッジは、2004年11月に4名の大学理事、学長など7名の大学首脳と13名の学内委員がポートフォリオを作成し、翌2005年3月に機構から43ページのフィードバック報告を受けている。このフィードバック報告は、「学生の学習を支援する」、「学生やステークホルダーのニーズを理解する」、「大学の運営を支援する」などの項目ごとに評価を受けるのである。「コラボレーション関係をつくる」という項目では、当該地域の協会、高校、地域機関、大学・短大などとの関係性が問われている。このように認証評価時の基準とは異なる項目をポートフォリオにまとめることで大学は、教育の改善をおこなう知的資源と支援を得ることになるのである。第三者の評価とともに第三者の支援が可能なのである。
 ジョリエット・カレッジの場合は、学内のいわゆるIR室(Office of Institutional Research and Effectiveness)がこのポートフォリオ作成を担当し支援している。つまり、ポートフォリオに対するフィードバックは大学の教育の改善に直結するように制度設計されているといえるのである。
 この機構では、多くのエネルギーを熟達した評価員あるいはコンサルタントがこれらのプログラムに向けている。AQIP過程の多くはネット上でも可能であるが、教育の質のチェック・アップのために実地訪問も行っている。つまり、認証評価の過程のなかに、よりよい大学教育を創ろうというシステムが埋め込まれており、かつ機能しはじめているように思う。