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アルカディア学報

No.323

適格認定基準はどう変わったのか
連邦教育省二〇〇六年報告書のあと

私学高等教育研究所研究員 森 利枝(大学評価・学位授与機構准教授)

 アメリカ連邦教育省が2006年9月に発表した「高等教育将来構想委員会」による諮問結果報告書"A Test of Leadership"は、諮問を行った教育省長官の名前から通常スペリングス・レポートと呼ばれている。このレポートの特徴は、高等教育機関におけるアウトカムすなわち学生に対する教育あるいは学生による学習の成果を重視している点にある。その「重視」を具体的に体現する方策として採用されたのが、教育に直接の責任を負わない連邦が高等教育に対する影響力を行使しうる限られたチャンネルのうちの一つであるアクレディテーション団体の認証を通じて、学生に対する教育の成果を証拠立てることを求めることであった。教育省によるアクレディテーション団体の認証には、認証を受けたアクレディテーション団体に適格認定された高等教育機関の学生に連邦奨学金の受給資格が発生するほか、たとえば臨床心理士などが病院で実習を行うに当たっては、教育省による認証を受けた心理学に関する専門アクレディテーション団体によって適格認定された課程を修了していなければならないといったようにいくつかの機能があり、日本人の目にはこの認定を維持することは団体にとって重要なことのように映る。
 スペアリングス・レポートにおける実際の書きぶりを見てみると、「アクレディテーション団体は大学に対するインプットよりも、卒業率や学生の学習の成果など、むしろ大学としての営為のアウトカムを中心にした大学評価を行わなければならない」と述べられており、あわせて「各団体の適格認定基準は各大学がどのくらいの成果を上げているかを比較可能にするものでなければならない」とか「高等教育機関や課程が世界的に高いクオリティを目指すよう求めていかなければならない」などとされている。
 この報告書が発表された2006年9月以降、アクレディテーション基準は「各大学がどのくらいの成果を上げているかを比較可能にするもの」になったのであろうか。
 全米を6地域に分けて、その地域内の高等教育機関を適格認定している地域アクレディテーション団体のうち、2007年12月に5団体が教育省の認定の更新時期に当たっていた。この更新手続きの前には、このままではこれら5団体はかなりの苦戦を強いられるであろう、という論評も出た。つまり地域アクレディテーション団体の適格認定基準は、スペリングス・レポートに謳われるような学生への教育の成果を比較可能にするようなもの、すなわち学生の到達度を数値で示すようなものではないからである。
 ところで、変化のときはチャンスのときでもある。この状況をビジネスチャンスと見る向きもあった。テスト業界がその一つである。たとえばSATやGREなどの統一試験を供給している団体であるETS(教育テストサービス)は、2007年に、「自社製品」である3種類のテストを含む12種類の大学生向けの試験及びアンケートのプロジェクトをまとめて紹介する冊子を作っている。その冊子の中でETSはこの情報を6つの地域アクレディテーション団体に役立ててほしいと述べている。いわく、「学生の学習の成果をはかるための標準化された測定基準を採用することは、これまでの適格認定にさらに比較可能な側面をもたらすものです」。なおETSがこの冊子の中で紹介している自社製品のうちのひとつで、「批判的思考力、読解力、文章力、数学的能力をはかる」試験であるMAPPは、学生ひとりあたりの受験料が15・5ドル、2007年の段階で300校あまりに採用されている。
 では、ETSに名指しを受けた地域アクレディテーション団体はどのような対応をとったのか。昨年12月に連邦教育省の認可の更新時期にあったニューイングランド協会のディレクターにきいてみた。答えは「何もしなかった」である。スペリングス・レポートを受けて、高等教育界からは苦戦するであろうとの下馬評を受けて、またテスト業界からの遠回しな売り込みを受けて、「何もしなかった」というのである。そして同レポートよりも前、2005年の春に改訂した適格認定基準を携えて教育省の委員会に出向き、若干の意見の相違を見つつもおおむね好意的な委員とのやりとりの末に、認定の更新を受けて帰ってきたのだという。機関全体を対象とするアクレディテーション基準と成果の数値化はなじまない、という信念には確固たるものがあるようだ。
 しかし一方で、スペリングス・レポートを受けて適格認定基準を改定したアクレディテーション団体もある。法曹教育の専門アクレディテーション団体であるABAすなわちアメリカ法曹協会がその一例である。ただしABAが行ったことは基準そのものの改定ではなく、基準の解釈、あるいは施行上の規則の改定である。
 先に紹介した大学生向けの試験も、学習の成果を数値化するために利用できるものであるが、法曹教育の世界にはもっと大規模に、そしてかなり統一的に行われている試験がある。司法試験がそれである。ABAは、ロースクールの適格認定基準の301条に、「ロースクールは学生を、司法試験の合格および法律家としての効果的かつ責任ある職業参入に備えさせるよう、教育課程を維持しなければならない」と定めている。今年2月に改定された適格認定基準の施行上の規則において、ABAは初めて、ここに数値基準を明記した。すなわちこれまでは数値基準のなかったところに「当該ロースクールの過去5年間の修了者のうち司法試験を受けた者の合格率が75%以上であること」という規則が新たに加えられたのである。
 新たな数値基準はこれだけではない。他にもいくつかの数値を伴う規則が新たに付加されている。この変化の背景には、ABAが教育省の政策の圧力を感じたことがあったとされている。こうなると早速過去のデータを繰って調べる人がいて、この新たな基準の施行規則に従えば、現在ABAの適格認定を受けているロースクールのうち10校前後がその認定を失うであろうと言われている(現在ABAによって適格認定されているロースクールは198ある)。州によって多少扱いの違いはあるが、ABAによって適格認定されているロースクールを修了することはアメリカにおいて法曹となる第一歩であることに間違いはなく、したがってこれらのロースクールは、卒業生を法曹界に送り出せないか、あるいはそれがきわめて困難な状況に陥ることになる。この変化を受けて、関係者の中にはABAに対する不満を表明する者も出ている。例えばアメリカ法学教員協会は会として、この改定に反対している。反対の理由として第一に挙げられているのは人種の問題である。この改定によって適格認定を失いうるロースクールの多くが、マイノリティの学生の割合の高い機関であり、それらの機関から法曹が出なくなると、アメリカの法律家はまた白人ばかりになってしまう、というのである。
 人種の問題はひとまず措くとしても、例えば実際にひとりの学生の立場に立って考えてみると、これまでは周りの学生がどんなに怠け者でも、ロースクールがABAから適格認定されている限り、勉強していれば法曹への途はあったはずである。しかしこれ以降は周りの学生が、あるいは過去の修了生の成績が悪いと、ひとりでどんなに頑張って勉強してもロースクール自体が適格認定を失うかもしれないわけで、そうなれば法曹への途はとたんに険しくなってしまう。その学生にとってそこが唯一通える場所にあるロースクールだったら、法曹への途をあきらめることもあるだろう。そうなればロースクールの側も学生が獲得できなくなり、存続は難しくなるはずだ。それがアクレディテーションの厳格化の目的であるといえばそれまでだが、あまりに急激な方針の変化は、個人から学習の機会や人生の機会を奪いうるものでもある。
 スペリングス・レポート以降、適格認定基準の変化はアクレディテーション団体の性格によってあったりなかったり、というようだが、とりわけ専門アクレディテーションの基準がどのように変化するのか、今後も注視していきたい。