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アルカディア学報

No.321

「私大経営システムの分析」研究報告―第35回公開研究会から―

私学高等教育研究所主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)

 経営問題は大学をめぐる諸問題の中で今、最もホットな問題の1つになっている。その理由の第1が高等教育市場における需給バランスの激変であり、その面では経営問題の主役は学納金収入を経営基盤としている私学だと認識されている。一方で大学の経営問題にドラスチックな色彩を与えているのはむしろ国大の方かもしれない。国の設置者責任の下に安住しながらの教員による共和制的な大学運営は、法人化とともに、「遠山プラン」が宣言した「民間的経営手法の導入」へと180度転換した。
 こうした大学経営問題の浮上に対応すべく、私学高等教育研究所では「私大経営システムの分析」をテーマとして、本研究所研究員による研究プロジェクトを立ち上げた。テーマが示す如く、研究対象は私学経営である。同じく大学の経営問題といっても、国大と私大では問題の性格が全く異なると考えている。国立の経営問題というのは法人化によってにわかに始まったことであり、内容は「民間的経営手法の導入」という一方向である。国大の経営には歴史がない。私学の経営には100年の歴史があり、個々の大学の歴史・沿革によって、経営改革の方向性もまさに多様だと思う。個別の問題の中から普遍性のある問題を確りと仕分けしていかなければならない。
 報告の概要:昨年秋、このプロジェクト・チームが第1回目の研究成果をまとめ報告書として刊行した。本年3月に行われた本研究所の第35回公開研究会は、これについての報告会とし、プロジェクト・メンバー4人を講師として、それぞれの研究課題について報告させて頂いた。まず、その概要をごくかいつまんで紹介したい。
 最初の報告者、篠田道夫研究員(日本福祉大学常務理事、プロジェクト・リーダー)からは、研究プロジェクト全体の紹介とともに、特に個別に訪問した11大学(静岡産業大学、桜美林大学、東京造形大学、山梨学院大学、星城大学、広島工業大学、大阪経済大学、国士舘大学、女子栄養大学、中村学園大学、福岡工業大学)の訪問調査の結果を報告した。いずれも明確な経営方針を持って優れた成果を挙げている大学であるが、これらの大学に共通する戦略的経営の基本的特徴として、以下の5点が挙げられた。
 (1)明確な戦略や計画の策定、実現すべき中心テーマへの力の集中(コアコンピタンス)。トップダウンとボトムアップの結合や政策の立案・推進のための企画部門の整備。
 (2)戦略の実行計画への落とし込み、教育改革や業務計画、予算編成方針への具体化、達成度評価。事業の「選択と集中」や目標管理、PDCAサイクルによる大学運営。
 (3)政策推進を担う学内各組織の運営の機能化。理事会の責任体制の強化や理事の業務分担の明確化。政策立案・推進組織の確立や学内への政策浸透。
 (4)経営と教学の政策一致・協力体制の構築や教員職員の一体的業務遂行。学内各層からの参加型運営。確定した方針の実践における個々人の責任の明確化と評価の実施。
 (5)職員の政策立案と実行におけるマネジメントの水準の高さ。
 また、経営システムに理想のモデルはなく、個別事例からそれぞれに改革のヒントを掴む必要があるとし、さらに「管理運営等に関するチェックリスト」(学校法人活性化・再生研究会)の活用や企業で試行された戦略経営手法の大学経営への創造的な適用などを通して、経営確立への共通の枠組み、評価基準の検討も進めていく必要があることなどと説明した。
 次いで坂本孝徳研究員(鶴学園常務理事・副総長、広島工業大学教授)からは、今回実施した理事会の機能等に関するアンケート調査の結果概要について報告された。つづいて、厳しい経営環境に対処していくためには、理事長のリーダーシップや理事会機能の強化が必要であり、そのためには明確な経営計画・指針を提示できるよう理事会の機能を支援する組織としての経営戦略室・企画室などの企画立案部門の充実強化が不可欠であるとした。また、これらの組織において情報収集、調査活動及び経営計画の立案、執行を担うのが事務職員であり、事務職員に求められる力量として、企画力と調整力を挙げた。そして、その力量形成モデルの体系化と職能成長促進のための研修と人事異動等の重要性を指摘した。
 3番目の羽田貴史研究員(東北大学高等教育開発推進センタ―教授)からは、アメリカの大学理事会の性格・機能についての研究結果の報告があった。ヨーロッパから導入された当初のアメリカの理事会(Board of Trustees)は「寄付者からの信託による素人の理事による自治的な管理」を原理とするものであるが、この理事会の役割・権限は不変のものではなく、その後ファカルティとの関係や州の管理機関等との関係で相対的に変化してきている。現在は、さまざまな利害関係者による「Shared Governance」が理事会を含む大学運営の中心概念になっており、各構成員間の役割・権限の分担については論争があるが、大学運営の最終的決定責任を理事会に明確化する方向であるなどと説明した。
 最後の報告者、筆者からは、学校法人のガバナンスの概念の確立とそのシステム整備の重要性について述べた。いわゆる市場化の進展と競争的環境の激化の中で、いま私学にとって大事なことは、私学の公共性に対する国民の信頼性を維持し高めることであり、そのためにガバナンスのシステムを整えることである。この場合「ガバナンス」とは、「経営の意思決定を規律づける組織的なメカニズム」であると理解したい。経営に対するチェック機能であり、ガバナンスとマネジメントの明確な区別が必要である。ガバナンスの強化を意図した私学法の改正後も、あまり実態の進展はみられず、今後の努力が待たれるとした。
 私学経営研究―これからの課題:各講師のテーマは各人各様であって焦点は1つではない。私学経営問題といっても、その内容は多岐にわたる。私学の経営問題というと志願者の減少がまずとりあげられるが、いまこれ以外にも経営問題を複雑化している要因がいくつかある。1つは、ここ十数年続いている規制改革政策の影響もあって、学校法人がその性格を大きく変質しようとしていることである。公共性と安定性を重視する財団的性格よりも機動性を重視する企業的な運営が評価されるようになり、学校法人の資産基準や、会計基準の考え方も転換を迫られている。もう一つはアカウンタビリティーの潮流である。大学の使命は「知の創造と伝達」であるとされている。
 そしてこの使命は国家・社会の発展と安定のために不可欠な社会的インフラであるとする認識は、古今東西を問わず共通である。そのような公共的な使命を持つ以上、大学は収支のバランスを至上命令にはできず、バランスの取れない部分は公費の投入を欠かせないという基本的な性格がある。近年、公費投入については国民への説明責任が重視され、運営の透明性と効率性が強く求められる。このことは、とかく表面的にのみ受け止められがちであるが、本来私学の経営思想を根本的に問い直す面があることを認識する必要があろう。
 こうした変化する潮流の中で、大学の自治、私学の自主性の理念をどのような形で維持していくべきか、教員集団は経営の中にどのように位置づけられるべきか、こうした大学としての基本問題にも関係者の新しい発想と叡智が求められている。私学経営の歴史は長く沿革は多様である。私学の経営環境は複雑化しており、篠田研究員の言うように、どの課題にしても一つの理想モデルはないかもしれない。しかし、経営のタイプの類型化を試みるなどして何らかの普遍性を見出す努力もしてみたい。経営の研究は最も実践的な色彩が強いだけに、各私学や私学団体との連携協力なしには意味のある成果も期待できない。この研究プロジェクトは、未だ入り口に到達したにすぎない。各方面のご支援とご協力を頂きつつ息長く努力を続けていきたい。