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アルカディア学報

No.309

高大のグローバル接続に新たな道を拓くプログラムの展開
-カレッジボードとAP:“connect to college success”-

私学高等教育研究所研究員 田中義郎(桜美林大学総合研究機構長・教授)

 「大学の授業は大学のキャンパスの中で大学の教員によって行われるべきである」(1998年10月4日付のクロニクル紙)といった批判はあるものの、カレッジボードが運営するAPプログラム(以下、AP)は、アメリカ国内はもとより国際的にも確実に拡大している。アメリカの大学が持つ産業力が後押ししているかのようでもある。
 ETS(Educational Testing Service)は、2007年度のAP報告書の中で、韓国民族リーダーシップ・アカデミーを取り上げ、彼等が開設した統計、微積分、物理、力学、化学、ミクロ経済、マクロ経済などAP七コース(科目)において、アメリカ国外でAPに参加しているすべての高校の中で最高水準にあると認定した。APテストはカレッジボードが運営し、ETSが実施する高校に居ながら大学レベルの授業を受講し、高次のコース履修、大学レベルの単位取得ができる制度である。
 2007年度に82名の卒業生をアメリカのアイビーリーグなど名門校に送り出している前掲の韓国民族リーダーシップ・アカデミー(1996年創立の私立高校、10―12年の生徒総数450名)の生徒たちは、APコースを6コース以上も受講している。同時に、在籍中に最低80時間のボランティア活動を必修化しており、その実績が成績証明書に記載されている。(ちなみに、最初の卒業生が誕生した1998年以降昨年度まで、コーネル大に19名、スタンフォード大に13名、プリンストン大に10名、ペンシルバニア大に10名、ブラウン大に8名、シカゴ大に8名、ハーバード大に7名、イエール大に7名、など計220名をアメリカの名門大学に進学させている)
 米ウォールストリート・ジャーナル紙(2007年11月30日)は、前掲の韓国民族リーダーシップ・アカデミーとテウォン外国語高校(韓国ソウル市の私立高校、1983年創立)を取り上げ、アメリカ名門大学進学率上位高校ランキングでそれぞれ13位(進学率14.1%)と25位(同10.5%)に入った高校として紹介した。このランキングで40位以内に入った海外の高校はこの2校のみである。同紙によれば、ハーバード大学やMITといったアメリカの名門大学8校に今年入学した新入生約7000人を出身高校別に分類、それらの高校の卒業生数に対するアメリカ名門大学8校の入学者数の割合を調べたところ、前掲の2校が上位にランクされたのだという。
 アドミッション(入学考査)に際して、ハーバード大学は、SATやACTだけでなく、AP、IB、アビトゥア、GCE―Aレベルなどを含め、学問的関心事や得意領域を通じて、志願者のプロフィールをいっそう明確にできるあらゆる情報を考慮する、としているし、プリンストン大学は、あなた自身のできうる限りの高次の学業への挑戦のすべてを考査の対象、としている。オナー(優等生)コース、AP、IB、GCE―Aレベルなどに代表される。また、公立大学であるUCLAでも、SAT、ACTに加え、ライティング、SATリーズニングのテストの結果の提出を求めるが、同時に、APやIBの結果を志願者は加えて提出することもできるとし、ただし、こうした付加的情報がないからといって特段不利になることはない、と付け加えている。
 アメリカでは、実際、毎年120万人の高校生がこのAPテストを平均二コース受験している。SAT受験者が147万人であることを考えれば、ほとんどの大学進学希望の高校生がAPテストを受験していることとなる。
 カレッジボード(College Board)は1900年に創設された非営利の会員制の団体で、生徒を大学での勉学の機会と成功に結びつけることをミッションとしている。現在、4700以上の中学・高校、大学、その他の教育団体を会員として抱えている。毎年、大学入学、ガイダンス、テスト、学資援助、登録、および教授と学習にかかわる主要なプログラムとサービスを通じて、300万人以上の生徒とその保護者、2万3000の高校、3500の大学にサービスを提供している。最もよく知られているテストやプログラムにSAT(R)、PSAT/NMSQT(R)、そして1952年に始まったAdvanced Placement Program(R)(AP(R))がある。APは、現在、アメリカ国内の他、世界24か国の高校で利用されている。
 我が国でも、APプログラムに対する関心は徐々に拡大しつつある。学校法人立命館では、一貫教育推進本部を立ち上げ、法人内高校はもちろん、法人外の高校、いわゆる提携関係にある高校との有機的な高大教育接続の試みを事業化してきている。立命館では、AP科目について、高校と大学が共同で開発・運営する「高大連携科目」、例えば、AP科目として「Human Technology 概論」(前後期)。「この科目を履修することで高校の卒業単位として認定されるのに加えて、大学卒業単位としても認定されます。本校では最大20単位を大学卒業要件単位としての認定が可能です。これにより高校入学から大学院修士課程修了まで一年間短縮できる『ファストトラック制』の導入が実現できます」と説明している。しかし、この場合、アメリカでカレッジボードが運営するAPとは基本的な考え方で参考にしてはいるが、立命館独自の事業となっている。一方、日本では、アメリカのカレッジボードが運営しETSが実施している、アメリカの大学に直結するAPテストに参加し、APコース認定を既に受けている高校は、現状では、インターナショナル・スクール等の国際学校やアメリカン・スクールである。
 さて、どのような事業にも輝いて見える側面とそうでない側面があるのは常であるが、アメリカでも、こうしたAPを巡る活発な議論がある。
 2002年2月14日にナショナルアカデミーが発表したAPの数学と科学のプログラムにおける批判は以下のようである。
 「多種多様なトピックを取り上げる特進クラスや優れた着想の統合が重要であるのに、特定の知識や技術に注目させる最終試験のやり方では、優れた学習者を育て上げることはできない。AP生物、AP化学、AP物理、AP数学や、同時にIB(インターナショナル・バカロレア)コースについても同様である。APやIBは、確かに、アメリカにおける数学教育や科学教育のレベルを向上させてきたが、科学の専門分野において核となる概念を特別に育成する努力の過程では、個々のコースにおいて扱われる過度の膨大な量のトピックから見て、その取組みは非現実的である」
 本来、APは際立って優れた(the best and brightest)生徒のためだけのものであった。今日その傾向は様変わりし、「挑戦したい者なら誰でも!」となっている、とカレッジボードの担当者は言う。実際、今日の多くの高校では、APは、優秀生徒のためのプログラムというよりも大学進学を希望する生徒の通過儀礼のようになっている。また、本来、APコースは高校3年生(12年生)を対象にしていたが、今日では、9、10、11年生の履修者率が全体の半分程度になっている。こうした若者の傾向は、高校の標準的な授業を飛び越して、直接APコースに挑み、大学進学のための最も高次の準備を行うといった意味で、まさに「ミドル・カレッジ化」を助長しており、疑問も投げかけられている。大学進学のレディネスには知的成長とともに精神的成熟が不可欠であると言われながら、15歳、16歳での大学レベルの学習は意味があるのか、といった指摘である。
 今日、一方で高校教育の空洞化が憂慮されている。高い志で大学進学を目指す若者たちは我先に大学教育を受けようとAPコースに殺到している現実がある。そして、実際に彼等はそうしたプログラムに極めて前向きである。APプログラムの有効性を巡る是非論は、同時に現代中等教育の妥当性の検証を踏まえて、高大接続の新たな展開を検討する上で重要な示唆を与えてくれるように思われる。