アルカディア学報
初年次教育をめぐる国内外動向 世界初年次教育会議に出席して
9月10日に中央教育審議会大学分科会制度・教育部会におかれていた「学士課程の在り方に関する小委員会」(以下、「学士課程小委」)が「学士課程教育の再構築に向けて(審議経過報告)案」(以下、「経過報告」)を公表した。
少子化と人口減少が続く中で、「入口」では「大学全入」時代を迎え、多様な学生が入学してくる状況(「多様化」)が進行する一方で、「出口」では産業界や社会からのイノベーションや生産性向上のための人材養成に対する改善と、グローバル化に伴う日本の「学士号」の国際通用性に対する質保証の要請(「質保証」)という、両立が難しい課題を同時に解決することが求められているために、学士課程小委が設けられた。その内容について論じることが本稿の目的ではないが、経過報告では本稿のテーマである初年次教育についても大きく取り上げているので、関係する部分だけ紹介しておきたい。
この経過報告の第三章第三節「高等学校との接続」の中で初年次教育については明確に位置づけられている。入学者選抜について、この経過報告では、多様化しすぎた現状と、外形的・客観的基準が乏しい中で事実上「学力不問」ともいえる推薦・AO選抜が増えざるを得ない状況に危惧の念を示し、高大接続のシステム自体の見直しの必要性を示唆している(その詳細案については、現段階では明らかにされていない)。
他方、入学後の大学の受け入れについて、「学びの動機づけや習慣形成に向けて、初年次教育の導入・充実を図り、学士課程全体の中で適切に位置づける(傍線筆者)」ことが、大学に求められている。中教審の文書の中で、「初年次教育」が公式に登場するのは初めてであり、導入教育、1年次教育などと用語が錯綜していた状況が、やっと整理された。
初年次教育の“今後”については、「学部・学科等の縦割りの壁を越えて、充実したプログラムを体系的に提供していくことが課題となる」とされ、具体的には、「大学生活への適応、当該大学への適応(自分の居場所づくり、自校の歴史の学習等)、大学で必要な学習方法・技術の会得、自己分析、ライフプラン・キャリアプランづくりの導入等の要素を体系化する」ことが、「大学の取組」として求められている。
筆者たちが主唱してきたように、「大学」という“未知の世界”への「移行」を支援する教育プログラムの評価が明確になされ、学士課程教育の中に位置づけるべきであるという記述は重要な意味を持っている。経過報告の中で、同じく高大接続に関係する「補習(リメディアル)教育」については、「大学として、自らの判断で受け入れた学生に対し責任を持って取り組むのは当然」とされる一方で、その内容が高等教育レベルでないことから、「単位認定は行わない取り扱いとする」と位置づけられているのと比べると、初年次教育という教育プログラムが、公式に学士課程教育を構成する要素のひとつとして位置づけられ、相互の関係も整理がなされたといえるだろう。
さて、これまでみてきたように、初年次教育がこれからの学士課程教育の中での位置づけを適切にしていくとなると、多くの大学がこれから本格的に情報収集や教育プログラムの開発を本格化されることであろう。国際的動向について少しご紹介をしておきたい。
筆者は、第20回世界初年次教育会議(時期:7月9~12日、会場:ハワイ州ハワイ島、主催:米国サウスキャロライナ大初年次教育ナショナル・リソースセンター。共催・後援:ハワイ大ヒロ校(米)、玉川大(日)、ティーサイド大(英)、トロント大、ヨーク大(加))に出席し、Randy Swing,川嶋太津夫、山田礼子各氏と共同で日米の初年次教育の比較研究について報告をした。この会議には世界の初年次教育関係者が集まってくる。米、加、豪、NZ、日、中、韓、香港、カタール、エジプト、ボツワナ、南アフリカ、ジャマイカ、英、スコットランド、アイルランド等一九ヵ国・地域から約600人の参加者であった。筆者は3度目の参加であるが、参加国等の数、参加者数とも過去最多であった。
アメリカから始まったために、北米の参加者が最も多いが、オセアニア、ヨーロッパに加え、アジア、アフリカからの参加者が以前より増えている。進学率の高い、ユニバーサル化に直面している国以外からも参加者がある。
今回の大会の報告等の傾向を整理してみると、以下のようにまとめられる。
①1・2年生での Learning Community (協働履修・学習)の増加
②専門分野(discipline)と連動したService Learning(地域貢献学習)の増加
③学生自身の成長を測定・評価する方法の多用
④客観テストを利用した教育成果の測定
⑤Common Reading (共同文献購読)や Convocation(入学式)等の共同体験によるキャンパス・コミュニティづくりの強化
⑥学問的内容や学生スタッフも活用した授業「FYS(First Year Seminar)」の増加
⑦コース・マネジメントやSocial Networkなどでの情報技術活用の増加
⑧大学図書館の機能が伝統型から情報リテラシー技術重視への転換
⑨Writingの重視
⑩調査コースにおける批判的思考力を強調する
⑪少人数(ピア)教育の重視(例.FYS,Supplemental Instruction(個人指導による補充学習))
⑫米国の初年次における国家的"standard of excellence"(e.g.Foundations Project,S4S Project,K-16 Standards alignment project)に対する関心の高さ
⑬学生の“移行”の際に遭遇する障害・トラブルへの注意強化
⑭新聞・雑誌(e.g.Time magazineの"College of the Year",U.S.News & Word Report’sのランキング)の高等教育への影響が継続して強い状態である
⑮初年次の高額な費用負担のための負債とストレスに苦しむ学生と家族の増加
⑯両親や家族に対する大学からの配慮の必要性が強まってきているcf.“ヘリコプター・ペアレンツ”の登場
⑰転学や“旋回swirling”現象への関心が高まった。
第1に、集団での経験や地域社会での実践体験といった“体験重視(Hands on)”の方法論への流れがこれまで以上に強まってきているといえる(①、②、⑤、⑩、⑪など)。学生個人の能力に過大な期待を持たず、学生相互の相互作用や、学んだ知識を現実の問題状況で使う体験から、学生達が触発されることへの期待であり、“教育teaching中心”から“学習learning中心”へのペダゴジーの転換といえるかも知れない。
第2に、学生の“成長”と“成功”を意識した評価と学習成果への実証志向である(③、④、⑫など)。学生の“成長”や“成功”に対する関心が、より実証レベルで求められている。背景としては、⑭のような新聞・雑誌のランキングにさらされる一方で、政府やアクレディテーション団体からの圧力によって、学習成果を実証することが大学に強く求められるようになってきたことの影響が見受けられる。
第3に、新たな問題への対応である。⑧⑮⑯といった、技術革新、学費問題、親の意識や価値観の転換等、大学をめぐる社会や家庭の変化に対する対処である。
最後に、1年生での早期適応だけにとどまらない継続的支援の必要性についての認識の広がりである。“協働履修・学習”の範囲が2年生に広がるだけでなく、「キャップストーン Capstone」と呼ばれる、“学習と経験の総合化”を一部の優秀層のみを対象としていたものを、日本の卒業論文のような形式以外のものも含め、より多くの学生に拡大していこうという動きも目についた。初年次教育を、単に1年生向けの教育プログラムとして位置づけるだけでなく、学士課程教育の教育成果につなげていく動きがでてきた。
日本の初年次教育の歴史は決して長いとはいえない。しかし、今回の会議に参加して、世界との距離が非常に大きいとは思わなかった。各大学が、自らの教育目標や達成をめざす教育成果を明確化し、そのために必要な教育内容・方法と評価尺度・方法についての情報を求め、自らの大学に昇華してカスタマイズしていくことを続けていけば、世界会議で報告できる事例は今後増えていくことができるのではないか。そのような期待感を実現していきたいものである。