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アルカディア学報

No.281

 ポルトガルの大学改革 拡大する高等教育人口への対応

私学高等教育研究所研究員 丸山文裕(国立大学財務・経営センター教授)

 2007年3月末、ポルトガルの首都リスボンで、ヨーロッパ大学協会(EUA)の総会が開催された。筆者はこの総会に出席すると同時に、リスボン大学及びリスボン新大学を訪問した。それぞれの学長のアントニオ・ノボア氏、アントニオ・ロサイロ氏、及びリスボン大学事務局長のマリア・セデイラ氏、さらにポルトガルの大学財政研究第一人者、ポルト大学のアマラル氏にインタビューし、ポルトガルの大学財政を調査する機会を得た。また国立大学財務・経営センターの元外国人客員教授カブリート氏からも話を伺うことができた。ここでは日本に紹介されることが少ないポルトガルの高等教育改革についてまとめてみる。
I.高等教育人口の拡大
 ポルトガルは、人口1000万人のヨーロッパでも小国に属する国である。ポルトガルの大学の歴史は古く、はるか13世紀にまでさかのぼる。しかし近代大学としての歴史は、他のヨーロッパ諸国に比べ浅く、リスボン大学の設立は、1911年である。さらに本格的な発展がおこるのは、1974年軍事政権が主導した無血革命以後である。
 国民の平等を強調したその革命以後、高等教育人口は、1980年代から急速に拡大し、現在40万人弱の学生が大学及びポリテクニクで学んでいる。他のヨーロッパ諸国と同様に、大学とポリテクニクは、前者が研究と大学院を強調するのに対して、後者が、教育と職業志向教育、及び教育年限が3年と短い点において異なっている。
 政府は拡大する高等教育需要に対処するため、1986年にそれまで不在であった私立機関の設立を許可した。私立の大学とポリテクニクは、主として設備投資が安価な人文社会科学中心で、教員は国立大学の教員経験者がほとんどであった。現在国立大学は14校、国立のポリテクニクは35校、私立大学は11校、私立のポリテクニクは98校ある。ポルトガルの私立高等教育機関の設立過程は、日本の明治期のそれと類似している。すなわちまず国立ありきであり、私立は国立が需要を満たすことができないとなると設立される。結局私立は国立の補完機能を果たしている。日本の私学の歴史は古く、個性あふれる私学が多数存在する。しかしポルトガルでは、私立機関として独自色を出すのは、これからといったところである。
 これら4つのタイプの機関には、ヒエラルキーがあり、学生の志向順位も異なっている。最も人気があるのは国立大学であり、次が私立大学と国立ポリテクニクで、学力・家計所得と職業志向の強さで選択が分かれる。そして最後に位置するのが、私立ポリテクニクである。
 大学の自治は長い歴史の中で勝ちとったものであるが、1988年議会によって正式に認められている。とはいえ、政府は、各大学の学生定員を定め、フォーミュラによって各大学の予算を決定している。この点は、日本の国立大学法人制度と同じである。
 大学は、以下のとおりの組織で構成される。理事会:教員によって選ばれる最高決定機関である。学長は理事会が選ぶ。学長:学長が選ぶ副学長(3名)と学長補佐(6名)とともに大学の経営管理を行う。評議会:教育研究及び財務経営の実際を行う。経営協議会:学長、副学長、事務局長で構成され、予算管理、人事管理を中心に行う。事務局長:学長によって任命され、経営管理の統括を行う。
 最高決定機関の理事会の選考が、教員によってなされる点に象徴されるように、大学のガバナンスは、同僚支配である。ただし国際競争、経営効率、迅速な意志決定が強調される時代に、この形が将来いつまで続くかは疑問であるとインタビューに答えてくれた方々は指摘していた。
II.高等教育のファンディング
 国立大学には、国の予算が措置されているが、その割合は、1993年の92%から2001年の82%へと減少している。減少分は授業料の上昇分でまかなっている形である。国立の高等教育機関の授業料は、戦後長い間ほとんど無料に等しい額であった。しかし高等教育人口の増加に政府財政が耐え切れず、1990年代終りから徐々に値上りしており、2005/06年には、495ユーロから912ユーロになっている。私立大学に対しては、国の予算が配分されておらず、経営は専ら授業料収入で行われている。
 政府から国立大学への予算配分は、主要部分についてはフォーミュラによって決定される。これは総収入の60%を占める。教育関連予算については、基本的には学生数によって大学に配分されるが、研究関連予算分は教員の質と研究業績が、フォーミュラの中に勘案されている。最終的な予算額は、各大学と教育省との折衝によって決定される。さらに契約に基づく研究費、科学技術財団の用意する競争的研究費がある。
 大学は法人格を有し、各大学は外部資金を獲得する自由があり、平均で総収入の4分の1になる。収入の使途は、大学の自由裁量となっている。授業料は、1992年まで年6ユーロと全大学一律低額であったか、現在では、各大学、正確に述べれば、各学部が授業料を設定している。ポリテクニクは大学より低額である。授業料収入は、総収入の10%弱を占める。
 現行の予算配分システムは、学生数に基づく基盤部分に、業績に基づく部分が上乗せされているシステムと考えてよい。この方式が採用される以前は、一律的に予算が配分されていた。インタビューでは、現行方式の下さまざまな弊害が指摘された。アマラル氏は、競争が過度に強調されることや、大きな財政カットに直面すると、非営利機関は営利組織のような行動をとり、公共財としての使命を忘れてしまうという説を引用しながら、現行のファンディングの問題点を次のように指摘している。
 すなわち各大学は、学生募集に効果のある質の高い教員を確保する一方、経営のため授業料値上げしてしまう。また非常勤で授業が多くても、耐えられる教員を採用する傾向にある。学生数確保のため、学生へのサービスを向上させる一方、入学許可を容易にする傾向がある。また大学の不正も行われる。例えば、すでに卒業した者を学生としてカウントし、それによって予算配分を増額させる。
 さらに現行の予算配分システムでは、政府予算に依存しすぎるので、大学の自治が生かされておらず、経営の自律性を上げるため、数年間分の予算を一括して配分することや、経営の効率化に対する報酬システムの確立が必要という指摘もあった。
III.ボローニア・プロセス
 ヨーロッパでは、今ボローニア・プロセスというヨーロッパ全体の高等教育を見直す動きが、各国の高等教育に大きな影響を与えている。それは、2010年を目標にEU圏の大学教員と学生の移動を自由化し、卒業生の就職可能性をより大きくする計画である。そのためまず各国の単位制度、また3年の学士、2年の修士、3年の博士の学位制度、質の評価システムを統一する試みが始められている。このシステムによって、魅力ある大学にはより多くの学生が集まり、そうでない大学は、学生募集に苦労することになる。これまで国際競争力のない大学、英語で授業を提供できない大学、就職に有利でない大学などは困難が予想される。この移動の自由と競争原理を導入した高等教育システムは、単に大学間の競争だけでなく、その大学をとりまく企業、地域社会の競争など与える影響は広範囲に及ぶことが予想される。ポルトガルの大学もボローニア・プロセスに向けて、さらなる改革がなされるだろう。