アルカディア学報
学士課程プログラムの開発 クリティカル・シンキングの力を育成するには
本紙で報じられたように、先ごろ、第4期中央教育審議会大学分科会の制度・教育部会において本格的な審議が開始した。大綱化以降、各大学のカリキュラムは自由化され、教養教育が多様に解釈されるなか、学士課程教育は混迷の様相を呈してきた。これまでの答申では、その都度、教養教育や専門教育等を総合的に充実させていくことが述べられてきたものの、今回は「学士課程教育の在り方に関する小委員会」が設置され、いよいよ学士課程教育に関する専門的な調査審議がスタートしたとみることができる。
第3期中教審大学分科会大学教育部会の資料「学士課程教育の現状と課題(重要な論点の例)」によると、学士課程において身に付けさせるべき学習成果=ラーニング・アウトカム(Learning Outcome)を明確にし、その指標の一つとして、いかなる職業にも転移可能な社会に共通して求められる汎用的能力=ジェネリック・スキルズ(Generic Skills)と到達目標を具体化する必要性が挙がっている。これらの点については、かねてより本研究所の濱名 篤研究員、川嶋太津夫研究員が様々な場で指摘してきたところである。学位の国際的共通性からいっても、また国内の労働市場からの大卒者に対する関心をとってみても、「学士」という学位の能力証明や質保証への要請が高まっていることがその背景にある。
では、学士課程教育の「ラーニング・アウトカム」として身に付けるべき能力・知識・態度・価値とは何か。これらの明確化については国際的な動向を視野に含めた、今後の議論に期待したいが、おそらくそのなかの主要なものの一つに「批判的思考力」が含まれることに異論はないだろう。批判的思考力は、英米において、しばしばジェネリック・スキルズの一つとして挙げられ、リベラル・エデュケーション(Liberal Education)の成果としても一般的に言及される。
「批判的思考力」と述べたが、原語では“Critical Thinking”と呼ばれる。「クリティカル」というと、ややすると他者に対して一方的に批判を行うだけの否定的なイメージがあるかもしれない。しかし、その本質は「与えられた情報や知識を鵜呑みにせず、複数の視点から注意深く、論理的に分析する能力や態度」(鈴木健他編『クリティカル・シンキングと教育―日本の教育を再構築する―』世界思想社、2006年)を意味する。したがって、「批判的思考」と訳すよりも、むしろ冷静かつ客観的にものごとをとらえる「論理的思考」と解釈したほうがふさわしいといえよう。それはまた、他者の考えに対する吟味・評価をともなうだけでなく、同時に自己の考えを内省する契機ともなりうる知的態度である。クリティカル・シンキングは多様な学問分野のなかでそれぞれ発展してきたが、日本ではこれまで、翻訳書というかたちで心理学や英語教育、またビジネス界で紹介されることが多かった。
各分野に広がるクリティカル・シンキングの情報はウェブ・サイトのリンク集を見ると豊富なことは明らかである。なかでも多数の実践的なテキストを発行しているクリティカル・シンキング財団(Foundation for Critical Thinking)とその姉妹組織であるクリティカル・シンキング・センター(Center for Critical Thinking)の存在は注目に値する。両者は初等教育から高等教育にいたるまで、クリティカル・シンキングを重視した教育改善に資するため、研究、評価、教授法・教材開発などに取り組み、各種セミナーや研修活動を行ってきた。また、毎年、大学入学試験委員会(College Board)などの協賛を受けて国際会議を開催し、今年で27回目を迎える。同財団と同センターの主導者であるリチャード・ポール(Richard Paul)博士とリンダ・エルダー(Linda Elder)博士が開発した独自のクリティカル・シンキングの思考方法は各国に紹介され、日本でもすでに翻訳書が刊行されている(村田美子、巽由佳子訳『クリティカル・シンキング 「思考」と「行動」を高める基礎講座』、『クリティカル・シンキング【実践編】「仕事」と「人生」を豊かにする技術』東洋経済新報社、2003年)。
その思考方法によれば、「思考」は原理的に、目的、問題、情報、推測・判断、概念、想定、暗示・結果、視点の8つの構成要素から成立するという考え方に基づいている。すなわち、基本的に、人が考えるときには、ある「目的」を達成するために、なんらかの「問題」に答えようと、「情報」を使って、「推測・判断」を導いている。その際、「概念」を用いて、ある「想定」に基づき、一定の「視点」から「推測・判断」を下すのであって、その判断は他に影響を及ぼして「暗示・結果」をもたらす。日常的には無意識に行っているこうした思考過程を意識化し、他者の思考も自分の思考も常にこれらの要素を意識しながら自覚的にとらえなおすことがクリティカル・シンキングの原則だという。八つの要素は相互に影響を与え、区別しがたいものもあるが、意識的に分解して、その一つ一つを吟味し、論理的構造を見極めることが望ましい。また、吟味するための判断基準は、明瞭さ、的確さ、正確さ、妥当性、深さ、幅、論理性、重要性、公平さの九つであり、要素によって主に当てはめる基準が多少異なっている。
先に、クリティカル・シンキングを知的態度と述べたが、これを一種の「スキル」ととらえる向きも少なくない。いいかえれば、技法であり、ツールであり、学習や訓練によって習得し、力を伸ばすことが可能なものなのである。ここで紹介したクリティカル・シンキング財団の思考方法は、さまざまな学問分野で展開される多様な思考モデルのうちのあくまでも一つの例にすぎない。しかし、その功績は小冊子のかたちでコンパクトにまとめられたガイドブックの発行、例題の充実したわかりやすいテキストの開発、教育段階や専門分野に応じた教員研修活動、そしてアセスメント用のテスト開発や評価活動などをともなっている点にある。ガイドブックは思考方法だけでなく、教授法、学習法、試験方法など多岐にわたり、現在では18冊にも上る。こうした概念の提示にとどまらぬ強い実践性と豊富な活動実績は各大学の教育改善に益するところが大きいと思われる。
たとえば、2006年度に同財団から優れた取り組みとして表彰されたノース・カロライナ州のサリー・コミュニティ・カレッジ(Surry Community College)では、全学をあげて、同財団のクリティカル・シンキングをあらゆる授業科目において導入している。基本的には同財団のモデルに沿ってはいるが、アサインメント(課題)の作り方や教授法に関する情報提供、アサインメントの見本の例示、学習成果を形成的に評価する詳細な規定など、独自の取り組みをみせている面も少なくない。
今春、筆者が同大学を訪問調査した折には、授業のなかでは学生の水準に合わせ、8つの構成要素のうちのいくつかに焦点を絞ることもあり、課題の出し方や教材の選び方にも十分に配慮しているとの話であった。ワークショップの開催によって意識の共有化を図っていることもあるだろうが、教員のやり取りからは豊富な資料が学内に整備され、授業方法や教材について情報交換が日常的に行われている様子であった。
さて、中央教育審議会においてラーニング・アウトカムに関する議論が重ねられ、国レベルまたは個別大学レベルでのアウトカムの明確化とその適切な評価が期待されれば、次に問われるのはそうした能力・態度をいかにして育成するかということであろう。「批判的思考」、「論理的思考」、「創造的思考」といった言葉はこれまでの大学教育の改善に関する議論のなかでも登場してきた。そう目新しいものではなく、そのたびに教養教育の充実がお題目のように唱えられてきた。しかし、実際にどのような教育を行えばこうした抽象的な思考能力を身に付けられるかといった本質的な問題は等閑に付されていた感がある。
教育内容、教育方法まで踏み込んだ学士課程プログラムの開発に向けて、今から早急に着手しなければならないのではないだろうか。