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アルカディア学報

No.28

学生募集と私学経営―第4回公開研究会の議論から

尚美学園大学事務局長  船戸 高樹

 当研究所主催の第4回公開研究会が、「学生募集と私学経営―全国的傾向とケーススタディ」をテーマに開催された。私立大学の約3割が定員割れを起こしているという厳しい状況と今年度の入試がほぼ終了しているという“時節柄”もあって、会場はこれまでの公開研究会で最高の参加者で超満員。私学経営の根幹となる学生確保は、各大学にとって切実な課題であり、このテーマに対する関心の高さをうかがわせた。
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  この日の発表者は2名。土橋信男・研究員(北星学園大学教授・前学長)は「地方私立大学における学生募集活動のケーススタディ」と題し、北海道という北端の地での学生募集活動の取り組みを報告した。冒頭「学生募集のノウハウではない」と断ったように、報告の内容は入試や募集に関するテクニックではなく、同大学が学生募集の基本戦略として掲げた、「学生たちにとって、魅力ある大学づくり」という目標を実現するために取り組んだ大学改革・改善の方策であった。
  学生の95%が道内出身者という、地域密着型の大学だけに、18歳人口の減少によるマーケットの縮小は、大学間の学生獲得競争を激化させることにつながる。厳しい環境のなかで学生を確保するために、学長就任とともにまず取り組んだのは、在学生に対するアンケート調査であった。これにより、学生たちが何を求め、何を期待して入学してきたかを明らかにし、その結果をもとに大学改革・改善の提言として取りまとめ、全教職員に提示して協力を求めたという。その中から生まれた大学としての新たなコンセプトが「国際性、社会性、人間性」の三本柱であり、それを分かりやすく表現したのが「右手に英語、左手にコンピュータ、心に人間性」のキャッチフレーズである。また、大学改革の具体的な取り組みとしては、新学科の設置などの将来計画の推進、学生の授業評価の実施による教育力の向上などが挙げられるが、いずれをとっても特に目新しいものではない。
  ただ、多くの大学で同様な大学改革の提言が行われているが、学部間や教員間の意見の相違を調整できないために改革案がたなざらしにされているケースが多い。それだけに、大学改革を掛け声倒れに終わらせず、教職員や学生を巻き込んだ広範な活動として取り組み、着実に改革を実行した学長としてのリーダーシップの重要性を改めて浮き彫りにさせた報告であった。
  続いて、ゲスト・スピーカーとして招かれた日本私立学校振興・共済事業団、私学活性化促進支援センターの西井泰彦・主任研究調査員は「学生募集への取組みと私学経営」と題して、同事業団の調査集計結果をもとに定員割れの実態や学生数の減少が引き起こす財政悪化と経営破綻のシナリオにまで踏み込んで、マクロ的な視点から問題点を指摘した。このなかで西井氏は、「大学審議会の答申にあるように、これからの私学には自己責任が要求されている。破綻したとしても国として学生の面倒は見るが、法人の面倒は見ないことになっている」としたうえで、定員割れの状況など私立大学を取り巻く環境は急激に悪化しており、個々の大学が自らの責任において、学生確保に全力をあげる必要性を強調した。そして、その方策として志願者を増やすために入試の多様化や学生に対する奨学金制度など学生支援策の充実に取り組んで財政基盤の安定化を図るとともに、基本的には「大学の魅力をいかに高めるか」の観点から、授業評価やFD活動の積極的な推進による教育内容の充実・改善が最大の課題であると述べた。
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  くしくも両者の結論は、「魅力ある大学づくり」がこれからの学生募集と私学経営の決め手になるという点で一致している。筆者が、米国の18歳人口減少期真っ只中の1989年に、プリンストン大学を訪れた際、政治学部のスタンレー・ケリー教授は、「プリンストンが最も重視していることは?」という質問に対して、「学生に選んでもらうことだ」と明快に答えたことを思い出す。その理由として「教育というサービスを提供する大学は、サービスの受け手である学生にきてもらって、初めて社会の中での存在価値が生まれる。だから、学生に選んでもらうために教員の質を高め、プログラムの充実を図っている」と語った。もっとも、この言葉はプリンストンだから、かっこいい。東大出身者が「大学なんてどこでもいい」と言うテレビのコマーシャルと同じだ。これが潰れそうな大学だとしたら、あまりに生々しすぎて身につまされる。
  これと同じようなことが言えないだろうか。つまり、「魅力ある大学づくり」は、しごくもっともな結論で、これに異論を唱えるつもりはない。ただ、個々の大学の状況をみるとこれに取り組むことができる大学は限られていると思うからである。例えば、教育内容の充実とひと言でいっても、新たなプログラムの開発やそれに伴った教員の採用、施設・設備の充実などはお金もかかれば、時間もかかる。また、奨学金制度や教育ローンの利子補給、生活困窮者に対する学費の減免措置なども裏付けとなる原資が必要となる。そのように考えると、「魅力ある大学づくり」に取り組むことができるのは、少なくとも現在、志願者が一定程度あって、財務内容が良好なところに限られる。
  深刻なのは、既に定員割れを起こし、財政状況が悪化している大学である。というのは定員割れを起こした場合、収入は急激に減少するが、支出は急激に減らせない。縮小均衡を図ろうとしても、ある程度の時間が必要となる。しかも、教育内容を充実して社会から評価されるためには、少なくとも10年はかかる。その間、どのようにして持ちこたえる経営ができるのであろうか。つまり、「魅力ある大学づくり」の趣旨は理解できたとしても、厳しい現実が待ち構えているのである。
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  全国の私立大学は、それぞれ歴史や伝統、立地、学部構成、学生数などが異なる。したがって、「学生募集と私学経営」をテーマに検討する場合もそれぞれの大学に合わせた、いくつかのプログラムを用意する必要がある。究極的な目標は「魅力ある大学づくり」だとしても、それに至るまでのプロセスは千差万別だからである。公開研究会の最後に、当研究所の喜多村和之主幹が「大学が教育の看板、機能を失うことは自殺行為だ」と総括したように、確かに質の高い教育を提供することが大学としての使命であるが、全入時代の到来は従来にはない多様な、そして気まぐれな学生集団をキャンパスに呼び込むことにもなる。
  いずれにしても、これからの私立大学は一方で教育内容の充実を掲げながら、他方で学生を確保するために妥協を余儀なくされるという難しい対応を迫られることになる。全ての大学に共通する、学生募集と私学経営の秘策はないことを痛感させられた研究会であった。
 (本稿は去る3月12日の公開研究会に出席された、尚美学園大学事務局長の船戸高樹氏にご執筆いただいたものです)