アルカディア学報
ラーニング・アウトカムズ 学士課程教育再構築の新たな観点
第4期中央教育審議会の審議が過日始まった。高等教育関係の審議は引き続き大学分科会で行われるが、審議体制が多少変更され、新たに高等専門学校特別委員会が設置される一方、従来の制度部会と大学教育部会が統合され、制度・教育部会へと再編された。制度・教育部会における審議の中心は、第3期大学分科会からの引継ぎ事項である学士課程教育の在り方と、それに関連した大学設置基準の見直しとされる。特に、2005年1月の答申『我が国の高等教育の将来像』で示された「課程の修了に係る知識・能力の証明としての学位」という観点から、国際的に通用する我が国の「学士」学位が証明する知識・能力とは何かに関する議論が一つの焦点となると思われる。
近年欧米諸国では、「ラーニング・アウトカムズ」を重視した高等教育の再編の取組が進んでいるが、大学分科会の課題設定も、このような国際的動向と軌を一にするものである。我々は、過去2年間にわたり文部科学省の「先導的大学改革推進委託」事業の一環として、内外の学士課程教育の動向を調査研究してきた。今回、その成果の一部として、学士課程教育のラーニング・アウトカムズに関する外国の取組を紹介し、関係者による学士課程教育再構築に関する議論の参考に資したい。
米国では、20世紀の終盤から、社会全般の消費者主義の高まりの中で、高等教育のアカウンタビリティが強く求められるようになった。政府(連邦及び州)と家計から高等教育に莫大な支出がなされているにもかかわらず、4年間でどのような付加価値が大学から得られているのか、全く情報が提供されていない状況に不満が高まった。その結果、全米に6つある地域アクレディテーション協会のいくつかが、適格認定の審査に当たって教育プログラムの有効性を直接検証することを求めるようになった。そのため、多くの大学がその全ての卒業生が獲得すべきラーニング・アウトカムズを明確にする必要に迫られた。
例えば、Northwest Commission on Colleges and Universities(NWCCU)の「基準2.C学士課程」では、学士課程は、「明確な成果(identifiable outcomes)」を伴う実質的な一般教育のコースと、次にあげるコンピテンスの学習機会を提供しなければならないと定めている。そのコンピテンスとは、①筆記及び口頭によるコミュニケーション、②計量的思考力、③批判的分析・思考力、④専攻における適切な知識・理論と技能、である。
このような傾向に更なる一石を投じたのが、2005年にスペリング連邦教育長官が設置したThe Secretary of Education’s Commission on the Future of Higher Educationでの議論である。世界トップの質の高さを誇ってきた米国の高等教育が、今や英国、豪州、日本など、他国に遅れをとり始めているのではないか、という危機感を背景に、この委員会では、高等教育の3A、すなわちAccessibility、Affordability、Accountabilityについて集中的に検討が行われた。
各大学のアカウンタビリティについて、長官と委員会は、現状では大学入学から卒業までにどれだけの付加価値が得られるのか、大学から全く情報が提供されていない。そのため高等教育サービスのいわば「購入者」である学生や親は、大学選択に必要な適切な情報を持たないまま、進学先の選択を迫られていると批判し、一時は入学から卒業までの付加価値を測定する「標準化テスト」の導入を提案した。
付加価値を測定する標準化テストを導入する長官の提案に対しては、高等教育関係者から一斉に反対が表明された。高等教育機関の多様性は尊重されるべきであり、一律的なラーニング・アウトカムズの設定と測定は、米国高等教育の多様な現実にそぐわないし、現実にも不可能であるという声が強い。実際、すでに米国ではいくつかの大学や関連団体が自主的に学士課程のラーニング・アウトカムズに関する提言を行ったり、実践したりしている。
例えば、高等教育機関と高等教育関係者の団体であるAssociation of American Colleges and Universities(AACU)は、これまで学士課程教育の改善について数々の提言を行ってきたが、近年Liberal Educationとしての学士課程教育のラーニング・アウトカムズについて次のようなリストを公開している(Liberal Education OUTCOMES: A Preliminary Report on Student Achievement in College:2005)。①人類文化と自然界に関する知識(自然科学、社会科学、数学、人文学、芸術)、②知的・実践的技能(筆記及び口頭によるコミュニケーション、探求能力、批判的・創造的思考力、情報リテラシー、チームワーク、学習の統合)、③個人と社会の責任(市民としての責任と義務、倫理的思考力、多文化理解と行動、生涯学習力)。
また個別大学の取組として内外の高等教育関係者から高く評価されているのが、Alverno CollegeのAbility-Based Curriculumである。ウィスコンシン州ミルウォーキー市にあるAlverno Collegeは、学生数2300名ほどの女子大学であり、約40年前から以下の8つの能力を全ての卒業生に保証する教育プログラムを実践している。8つの能力とは、①コミュニケーション、②分析力、③問題解決力、④意思決定力、⑤社会関係力、⑥地球的視野、⑦市民性、⑧美的理解力である。これらは、大学を卒業しても、それぞれの生活の中で生涯にわたって活用することが求められ、またそれを可能にする能力であり、「Alverno Collegeの卒業生はどのような人間であるべきか」についての全教員による徹底的な議論を通じて合意された「卒業生属性(Graduate Attributes)」の一覧表である。しかし、Alverno Collegeの取組が優れているのは、全ての学生が卒業時までに習得すべきラーニング・アウトカムズを明確に掲げていることだけにあるのではなく、それを実現するための組織体制の整備と徹底したラーニング・アウトカムズの「査定Assessment」にある。
Alverno Collegeでは、全ての学生にこれらの能力の習得を保証するために、全教員は、従来の学問分野ごとのデパートメントに所属すると同時に、8つの能力の内容、教授方法、査定方法の開発に責任を持つ8つの「能力デパートメント(Ability Department)」のいずれかにも属している。さらに、それぞれの能力は、学生の習得を確実にするために、六つの水準に整理され、デパートメントごとにそれぞれの専門分野の特性に応じて具体化され、そして、各授業科目のシラバスにその授業で習得すべき知識と能力の水準と内容が明記され、学期末には、各授業で大学が独自に開発した精緻な査定法によって、その達成が一人ひとり評価されている。つまり、カリキュラムの中にラーニング・アウトカムズの習得と査定が埋め込まれていること、そしてそれを可能にする全学的な組織が整備されていることが、Alverno Collegeを成功に導いた秘訣である。