アルカディア学報
Choosing Right Students 「選ぶ位置取り」と大学の変容
大学を取り巻く環境の変化の中で、「“選ぶ時代”から“選ばれる時代”へ」という表現が日常化している。しかし、それで本当によいのだろうか。大学は、むしろ「選ぶ位置取り」を模索し続けることこそ、大切なのではないのだろうか。
今年も、受験生が入学する大学を決定する時期がやってきた。彼等は、いかにして自らの進学する大学を決めるのだろうか。これまで、大学選択に関する学術研究では「社会心理学的な研究」「経済学的な研究」「社会的地位の獲得に関する研究」といった分野で研究がなされてきた。社会心理学的な研究は、アカデミック・プログラム、キャンパスの社会環境、コスト、立地などの影響と他の学生の選択姿勢の影響、例えば、既に選択した学生の当該大学の評価などである。経済学的な研究は、コストパフォーマンスを意識して投資の対象とする学生の大学の選択である。彼らは豊かな情報量と理にかなった選択を行う。社会的地位の獲得に関する研究は、教育における達成への高い動機付けに支えられた個人の社会的地位の影響を分析し、大学進学における機会の不平等を測定するものである。
入学志願者数と入学者定員数が一致すると言われる本年、いわゆる大学全入の年において、果たして大学は、それぞれに学生から選ばれているのだろうか。また、大学は期待を込めて欲しい学生を選べているのだろうか。
アメリカの受験産業界で知られるプリンストンレヴュー社が発行している、2007年度版の " New 2007 Best 361 Colleges Rankings " , Princeton Review, Inc.を開くと、大学選択に役立つランキング情報が8つの項目で紹介されている。
(1)Academicsアカデミクス=学業の場として優れているか(特徴…教員の質が高い、学生がよく勉強する、学生の面倒見がよい、授業でディスカッションが奨励される、学士課程における最良の学習経験ができる、入学が困難である、優れた図書館がある、奨学金制度がよく整備されているなど)
(2)Demographicsデモグラフィクス=構成員が快適で相応の学習集団であるか(特徴…多様な人種構成、異文化への理解など)
(3)Partyパーティー=学業外での楽しさ(特徴…授業終了後にパーティーが頻繁に行われるなど)
(4)School Typeスクールタイプ=学校の種別(特徴…スポーツ奨励学校、芸術好き学校、ヒッピー学校、プレッピー学校など)
(5)Politics政治=政治的な活動(特徴…学生の政治的活動への関心が高く関連諸活動への参加率が高いなど)
(6)Quality of Life学生生活の質=学生生活の質(特徴…不自由のない恵まれた生活など)
(7)Extracurricular課外=課外活動(特徴…活動の種類が充実し数が多いなど)
(8)Social社交=社交活動(特徴…充実した社交生活、充実した大学街があるなど)
ちなみに、マサチューセッツ工科大学は、最も入学が難しい大学で1位であるが、充実した大学街としては20位となっている。しかし、学生の勉学熱心さでは2位である(1位はカリフォルニア工科大学)。また、ハーバード大学は、優れた図書館で1位、入学の困難さでは3位である。
これらを見る限り、アメリカの大学生は、それぞれに固有の価値意識を持って進学する大学を決定しているようである。ミドルベリーカレッジ(ヴァーモント州)は、教員の質で1位になっている。反対に、同じカテゴリーで最下位になったのはUSMMA海軍士官学校(ニューヨーク州)である。一方、パーティー大学として一位にランクされたのはテキサス州立大学オースティン校(テキサス州)で、最下位はブリガムヤング大学(ユタ州)である。デモグラフィクスでは、構成員の多様さで一位にライス大学(テキサス州)、最下位にマイアミ大学(オハイオ州)である。
立地、規模、教育研究の内容、課外活動など、いずれも、それぞれに個性的な大学である。そして、少なくとも、個性は決して弱さの象徴にはなっていない。「学生の大学選択」と「大学の学生選択」が有機的な選択関係の上で成り立つために、特色の情報は重要である。こうした情報をもとに、学生は4年間の過ごし方を、大学は彼らの育て方を模索することになる。新たな教育プログラムの創出や既存のカリキュラムの改変等は、こうした特色と密接に関連付けながら行われることが必要であり、教育接続の健全性を示すバロメーターである。
日本では、偏差値による大学選択の弊害は以前から指摘されてきたとおりである。偏差値だけで入れる大学を選ぶ傾向がますます強くなり、いったい大学で何を学びたいのか、どう過ごしたいのかがわからない学生を多数入学させてしまっている。
その中で「偏差値輪切り主義」からの脱却を目指したいという、和歌山大学システム工学部の「位置取り」も注目に値する。この学部では「あくまで『学部として欲しい学生』を選抜するために、入試改革が行われようとしている。(中略)偏差値のみで志望大を決めようとする受験生に、改めて再考を促す」のである。また、教授らによれば「いわゆる偏差値ランキングでは、本学部のランクは必ずしも高いものではありません。しかし、教育環境や教員の教育研究能力や学生の就職の良さにおいては、本学部は旧帝大にも負けないと自負しています。今回の入試改革を通して、本学部で求める学生の要件をより明確に提示しました。入試難易度のみで志望大を決めるのではなく、今回の入試改革に込めたメッセージを見据えた上で、本当に『和歌山大で学びたい』と思える受験生に、本学部を受験してほしいと考えています」「大学ごとのカラーがより明確になってくれば、従来の『偏差値輪切り主義』の大学選択では入学後のミスマッチに苦しむ学生が増えてしまいます」とのことである(いずれも「VIEW21高校版」2005年10月号(ベネッセ教育研究開発センター)より抜粋)。
アメリカでは「選ぶ位置取り」のための大学変容の一つの例として、ウイスコンシン州のアルバーノ・カレッジが挙げられる。同大学は、成果を重視したカリキュラム―Ability-Based Curriculum(ABC)を創出して、注目を浴びていることはわが国でも知られている。同大学では、すべての学生がコミュニケーション等の8つのアビリティを修得した後に卒業することになっている。
同大学は、1960年代後半に倒産の危機を経験した。そして1973年、伝統的な成績評価を放棄している。同大学では、教育の全過程を通じて「実生活」の中で学生を評価する、つまり、学生が、いかにその科目を学んだかを8つのアビリティ、すなわち、コミュニケーション力、分析力、問題解決力、意思決定力、そして社会的相互関係力に重きを置き、更には、世界観の形成力、実効性のある市民力、芸術への造詣力を育成する方法を創出した。学生はそれぞれ、これらの能力の一つ一つにおいて、学習の成果を表現するのに要する知識を獲得する。その上で、学びを個人の、そして職業上の目標と結び付ける。例えば、心理学を専攻する学生は、3歳の子どもとお昼をともにし、履修中の「子どもの発達心理学」の理論をもとに分析を行う。こうした方法では、活動中の継続的自己評価や、教員や仲間や外部の協力者からのフィードバックによって整備された基準をもとに、自分たちの活動を総合的に評価することになる。また、同大学は、社会人学生を受け入れる週末大学プログラムの開発でも知られる。実際、33%がパートタイム学生である。同大学は、ブッシュ政権が推進してきた「誰も置いて行かない(No Child Left Behind)」といった近年のアメリカに見られるアカウンタビリティに象徴される教育、すなわち、最低水準を設定し、その達成を皆がこぞって追求するような教育機関ではない。標準化されたテストで能力を測り、その到達度の底上げによって学生たちを平均的に押し上げるといった方法での教育を行わないできた大学なのである。
2006年8月5日付のMilwaukee Journal Sentinel, online edititonでは「小さな大学が大きな評判を得ている(Tiny college earns big reputation)」「アルバーノ・カレッジは“成績(Grades)”よりも“成果(Results)”で知られている」との見出しを掲げている。1960年代の後半に「選ばれない」ことによって直面した危機に立ち向かい、「選ぶ位置取り」の創造に方針を変え、優れた発想力によってその危機を乗り切った小さな女子大学の優れた例となっている。
そこでは、教育接続の新たな定義が求められる。選抜的接続が後退し、教育的接続が主流(入学者の半数が特別選抜)となる時代の到来を迎え、学習者のプロフィールを見据えて、カリキュラム作成上の工夫(どのようにして学習を身のあるものにするか、身のある学習とは何かの定義も含めて)をいかに達成するかが重要な課題となる。例えば、①適正な入学者に、適正な教育プログラムを。多様な学生と真摯に向き合う。②大学としての共通の教育目的を貫くことはいかにして可能か。共通必修科目から統合必修科目への移行を行う。リベラルアーツ(教養)とプラクティカルアーツ(実用)の統合による科目を作成し、人文・自然・社会といった伝統的な学問研究を今日の問題と有機的に結び付ける。③アカウンタブルな教育。量の拡大と質の維持及び向上という、一見、共存し得ない期待といかに向き合うか。個人と社会にそれぞれ貢献する教育を実現するなど。今日、大学に期待されているものは、ことのほか大きいのである。