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アルカディア学報

No.271

フィンランドの高等教育
タンペレ大学アレバラ氏の発表から

私学高等教育研究所研究員 丸山文裕(国立大学財務・経営センター教授)

 国立大学財務・経営センターでは、毎年、外国人客員研究員を招聘している。本年度は2006年10月から12月までの3か月の間、フィンランドのタンペレ大学から、ティモ・アレバラ氏をお招きした。アレバラ氏は公共政策が専門で、現在は、特に高等教育政策についての教育研究に携わっている。当センターに滞在した3か月の間、アレバラ氏は日本の高等教育について研究を進め、フィンランドの高等教育との比較研究をまとめている。その論文は、いずれ当センターの出版物として刊行される予定である。また、アレバラ氏は当センターをはじめとして、フィンランドの高等教育について数大学でプレゼンテーションを行った。以下では、アレバラ氏の発表内容に基づくフィンランドの高等教育の状況をまとめてみた。
 I、福祉国家の維持
 フィンランドは、日本よりもやや小さい国土面積にわずか530万人が住む、ヨーロッパでも小国である。日本には、ムーミンとノキアぐらいしか知られていなかったが、2003年のOECDの国際学力調査(PISA)で、15歳生徒の読解力と理科で1位、数学で2位、問題解決能力で2位、総合学力で1位となり、教育大国としてにわかに注目され始めた。
 フィンランドは、国民すべてが公正、寛容、国際性、男女平等の価値観を尊重する、福祉国家の維持発展を目指している。福祉国家の基が教育、文化、知識であることが広く認識され、教育に精力的な投資を行っている。GDPに対する高等教育の公財政支出は1.8%と、日本の0.5%を大きく上回っている。高等教育の機会均等も社会的に重視され、その進学率は65%とかなり高率である。
 大学の使命は、大学法によって規定されている。それによれば、大学は科学研究に従事し、それに基づいて学部及び大学院教育を行う。大学は自由な研究と科学的及び芸術的教育を促進し、国家と人類のために貢献できる学生を教育する。この使命を達成するため、大学は広く社会と交流し、社会に対して研究成果と芸術活動の効果を広めなければならないとされる。また大学は、法によって授業料を徴収することを禁じられている。これは留学生にも適用されている。
 II、大学制度
 フィンランドの大学は長い歴史を誇り、最初の大学は、スウェーデン統治下の1640年代に設立されたターク大学である。しかし他の大学が設立されるのは20世紀に入ってからで、1905年にヘルシンキ工科大学が設立された。1990年代から、高等教育は29校のポリテクニクと20校の大学で構成されている。大学はすべて国立であるが、いくつかのポリテクニクは私立である。ポリテクニクは職業教育を中心とし、特に地域社会の発展に貢献することが期待されている。それらに加えて、生涯教育機関やオープン・ユニバーシティの分野が発達している。
 大学は自治及び研究の自由を享受し、大学独自の意思決定を行う。フィンランドでは、大学の自治が強い一方、同時に、大学に対する国家の統制も行われるという微妙なバランスの上に成り立っている。学長(Rector)は大学経営のすべてにわたって責任を持つ。理事会(Senate)は学部、学科、その他の部門などの大学の組織構造を決定する組織である。フィンランドの大学の管理組織の特徴は、それが教員、職員、学生の三者の代表から構成されることである。
 男女平等を国家目標にしてはいるが、大学教員のうち、女性の占める比率は、教授職で22.2%、准教授で38.4%と、日本の水準からは高いと言えるが、決して平等ではない。ただし、より地位の低い講師職や助手職では、半数が女性である。2005年から、業績による給与制が教員に導入されている。個々の大学教員は、職務と業績に基づいて管理者と個別に交渉して賃金が決定される。この給与制度は、政府の業績による管理の意向を反映したものであり、業績についての指針は政府によって用意される。2000年代に、教員は年1600時間の労働が課せられた。1990年代から、教員は大学から任命され、研究業績、教授能力、博士号の取得が義務付けられた。フィンランドの大学の教員は、このところ、給与の据え置き、授業負担の増加、研究業績の管理など、苦しい立場に立たされている。
 III、ファンディング
 大学へのファンディングの中核は、議会の承認を得た国の予算である。日本の法人化前の国立大学と同じように、大学は国の行政機関の一部であるので、大学の財務会計は国が管理する。経常費の財源は、国からの予算と、その他の収入に分けられる。国の予算は、教育研究基盤経費、プロジェクト経費、業績に基づいた資金配分に分けられる。その他の収入は、産学連携による収入、事業収入、寄付等である。2005年に、国からの交付金は支出の64.5%を占めるに至った。
 主に研究に使われる外部資金の割合は、日本学術振興会にあたるフィンランド・アカデミー18%、技術開発センター12%、産学連携資金16%、企業(外国を含む)39%、EU12%、海外資金3%となっている。また、教育省は各大学に、業績による資金配分を行う。大学の業績は学位授与数である。加えて大学の質、社会的・地域的特性が加味される。この業績による資金配分は、近年増加する傾向にある。教育研究文化関連の国家予算のうち、大学教育と研究へは21.9%を占める。教育ローンや給付奨学金など、学生への財政支援は12%である。
 1995年から2005年までに、大学への国家予算は65.2%増加した。この間の施設整備費は44.1%の増加。しかし、教員給与が大部分を占める人件費は3.8%しか伸びていない。この間、学部学生数は18.7%、修士学生数は31.6%、博士学生数は85.9%の伸びを示している。教員一人あたりの学部学生数は17.4人であり、同修士学生数は1.6人、博士学生数は0.6人と教員の方が多い。博士課程の学生が増加している理由は、学生が増えると、業績による資金配分上、有利となることであると推測できる。しかし、教員ポストは増加していないので、博士課程の学生の就職について、日本と同様な問題がフィンランドでも起こっている。
 IV、政府との関係
 フィンランドでは、四年ごとに政府が大学の作成した発展計画を承認する。教育省は毎年業績評価を行い、大学を監督する。その業績評価に基づいて、次期3年間の計画が作成される。計画には、大学の機能的・量的目標、目標達成への必要予算、目標の達成度評価、経営の効率化が含まれる。教育省は毎年、各大学の経営に関する声明を発表する。
 大学の質保証に関して、それぞれの高等教育機関は業務について自己点検を行い、質の評価に責任を持つ。さらに、それを1995年に設立され、政府から独立した専門団体であるフィンランド高等教育評価カウンシルが評価し、全国的な質の保証を行うシステムとなっている。教育省は、KOTAと呼ばれる電子コミュニケーションシステムとデータベースの組み合わせを用いて、大学と密接なコミュニケーションを取りながら、大学の業績を監視し、評価を行う。大学は毎年、教育省のKOTAを用いて、目標の達成度、その他の報告を教育省に行い、教育省と情報交換を行う。大学のインプットやアウトプットなどの評価項目は、教育省が用意する。
 V、課題
 公的な支援が減少する中で、教育省による高等教育部門の構造改革と生産性向上が図られている。また、大学の財政的独立性を向上させるため、大学の法人化も検討されている。2005年には大学法が改正され、大学が会社を所有し、利潤を得てもよいことになった。フィンランドでは、日本と同様、18歳人口の減少、社会の高齢化も深刻である。EU内での経済文化交流が活発になり、学生の移動も多くなると、学習単位の共通化や質の評価も問題となる。そこで、フィンランドの大学は、ますます透明性が求められ、競争に晒されるようになる。
 2006年の国際経済フォーラムの世界の競争力ランキングで、フィンランド2位、スウェーデン3位、デンマーク4位と、大きな政府を持つ国が上位にランクされている。これらの国の大学は、国立大学が中心で、法人化もされていない。北欧諸国の経験と実績は、小さな政府、民営化、法人化ばかりが効率を上げる手段ではないことを示していると言える。