アルカディア学報
地方私立大学における学生募集のケーススタディ
大学入学年齢の18歳人口が減少し、大学が買い手市場になってきて、改めて学生募集の課題が各大学の大問題になってきた。
大学は学生あっての存在価値がある。どんなに立派な校舎やキャンパスがあっても、そこに学生がこなければ大学は存在し得ない。当たり前のことであるが、それが現実に迫ってきて初めてそのことを深刻に捉えているという場合が多いのではなかろうか。
さて、筆者に与えられたテーマは「地方私立大学における学生募集のケーススタディ」である。そこで、筆者の大学が取り組んできた実践と、筆者が学生募集を意識して行ってきた学長時代の方策や取組を記すことでその任を果たしたい。
学生募集に関して最初に問題にしたいことは、学生は何によって大学に来るのか?ということである。大学にとって、学生は唯一の顧客である。しかも、その殆どの学生は、一度その大学に入学すると、少なくとも4年間は顧客となってくれるのである。大学は、その顧客としての学生が何によってその大学を選んだのかをよく知っていなければならない。
学生がある大学を選んで入学をするということは、その大学を選択するに必要な充分な理由があるはずであり、その理由を大学は知っていなければ、学生募集の戦略を立てることはできないのである。
では、それはどうして知ることができるであろうか。筆者のとってきた主要な方法は、入学直後の学生から質問用紙によりその理由を調べることであった。
1999年度に入学した学生を対象として行った質問紙による調査の結果、なぜ北星学園大学を選んだのか、その上位5つまでの理由は以下のようであった。
①自分の学びたい専攻分野があったから…51%
②世間的に良い大学だと評判だったから…33%
③国際交流が盛んで留学に関心があったから…29%
④受験雑誌などで良い大学だと思ったから…25%
⑤高校の先生に勧められたから…18%
これらの答えが示していることは、第一の学びたい専攻分野ということと、第三の国際交流ということを除いては、良い大学ということがその主たる理由となっているということである。
つまり、学生は自分の専攻したい分野などがあることに加えて、いわゆる良い大学へ入学したいと考えているということである。
問題は、その良い大学ということの内容になる。
筆者は、北星学園大学で学長として7年間を務めたが、その間に試みたことは、いかにして大学を良くするかということであった。
すなわち、筆者の立場は、学生募集に最も重要なことは良い大学であり、大学を良くすることが学生募集の最大の戦略であるということである。
ところで、では良い大学とはどのような大学であろうか。それは、それぞれの大学により異なるであろうが、私立大学の場合であれば、個性をもった魅力ある大学だというふうにいってもよいであろう。
筆者が学長に選任されたのは、17年間国際交流委員(そのうちの15年間は委員長として)を務めた後、米国での国外研修中のことであり、全く突然のことであった。そこで、学長に選任された後に帰国までの間、いくつかの姉妹校を訪問してそこの学長たちに大学を良くするための秘訣を教えて欲しいと依頼をした。ある姉妹校の学長からの助言は極めて有益であった。それは、以下のようなものであった。「大学を変えることは米国でも容易ではない。もし何らかのインパクトにより大学を変えようと思うのなら、最初の3ヶ月が勝負だ。」すなわち、最初の3ヶ月にそのことを仕掛けないと大学は変わらないということであった。
筆者は、どうすれば大学にインパクトを与えることができるかを考え、91項目にわたる大学改革・改善の提言を、就任5ヶ月後に行われた全教員と課長以上の職員で行っている大学の研修会で提示した。さらに、この研修会の後に、教員と職員、さらには学生をも対象にして、提言の各項目についてその重要さを5段階の数値で答えてもらい、その結果を全学に提示した。
その後に、それらの項目についてそれを取り上げて改善を図るということは敢えて行わなかったが、やがて徐々に提言に沿った改善が、特に重要だとされた項目についてなされ始めた。
今振り返ってみると、上位13項目のうちの8項目については改善がなされ、その改善に沿った取組がなされてきている。
たとえば、その中での最大のものは2000年以後の長期計画である。このことについては大学だけでなく、学校法人の他の学校全体に関わる大きな事業であったが、約5年をかけて計画を完了し、現在その計画に沿って大学の改革(大学院の設置、新学科の設置、共学化した短期大学の大学キャンパスへの移転など)が進められている。
また、学生による授業評価もそのひとつであった。1993年に初めて授業評価を行った後に、改良を加えた授業評価は1998年に試行した後に、1999年から本格的に実施して、学生への公開にも踏み切ったのであった。
ちなみに、授業評価の結果得られた数値は極めてよいもので、全科目の授業の総合評価の値は5点法で3・8であった。授業評価の対象とした科目は非常勤も含めた全科目であったが、教員の協力は非常に良く、評価の結果の公開を拒否した教員は僅かに10人(全体の約6%)であった。
さて、大学の社会的機能の第一は教育であり、大学は教育機能を果たすために存在しているといってよい。そして、その教育が良く行われたかどうかは、その教育の受益者である学生が最も良く知っているといってよい。
リクルート社が1991年に始めた4年生を対象とした満足度調査はその意味で非常に有益であった。また、他の大学との比較で数値が表示されたので、自分の大学の位置を知ることができたことも有益であった。満足度調査は、大学の個性をも描いているといってよい。それによると、北星学園大学の強さは国際交流と情報教育だということが良く分かった。この2つは筆者の特に力点を置いて強くすることを心がけてきたことであり、リクルート社の調査の結果はそれを裏付けるものであった。
こうした大学改革・改善の取組の結果、本学への入学志願者はどう変化したであろうか。
1993年をピークとした志願者数は、その後に減少はしたもののほぼ自然減に近く、本年度の志願者数においても約4000名を得て、入学定員約650人を余裕を持って確保しているのである。
他方、入試合格の難易度も北海道の私立大学としてはほぼ最上位を確保してきている。
さて、筆者は大学の良さが学生募集の最大の力になると述べたが、ではその良さを測るものさしは何であろうか。大学の社会的機能の第一は教育であるとするならば、その成果を測るものさしが必要であろう。残念ながら、大学の教育力を測ることのできるものさしはまだできていない。また、個性を測るものさしもまだない。
これらのものさしは各大学が自ら作っていく必要があり、それが大学の重要な課題のひとつではなかろうか。
(本稿は、去る3月20日の公開研究会で講演された、北星学園大学文学部教授の土橋信男氏にご執筆いただいたものです)