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アルカディア学報

No.260

動き始めた女性研究者支援策 日本学術振興会の実践

小野 元之(独立行政法人日本学術振興会理事長)

 第3期科学技術基本計画において、女性研究者の採用目標が25%と明記され、種々の女性研究者支援策が開始されるなど、本年は、研究分野における男女共同参画推進にとって画期的な年となった。独立行政法人日本学術振興会は、他に先駆けて、出産や育児による研究中断・期間延長制度を導入するなど、女性研究者支援策に積極的に取り組んできたところであり、我々の実践をご紹介しつつ、今後の方向を提言する。
【低い女性研究者比率】
 我が国の研究者に占める女性の割合は11%。欧米諸国が軒並み30%前後であるのに対し、極端に低く、OECD加盟国中最低という不名誉な位置付けとなっている。
 研究分野によっても、その割合は大きく異なり、人文学、家政学、教育学における女性研究者比率がやや高いのに対し、理学や工学におけるその比率は低い。また、助手、講師、助教授、教授とポストが上がるにつれ、女性研究者比率が低くなり、工学の教授に占める女性の割合は1%に過ぎない。
 この要因としては、自然科学を専攻する女子学生が少ない、長時間労働、転勤、母親に偏る育児負担等々であるが、女性の才能を生かし、将来の科学の発展を図るためには、これら阻害要因を一つ一つ解決していく女性研究者支援策が必要不可欠である。
【日本学術振興会のこれまでの実践】
 日本学術振興会では、従来から、審査員等における女性比率の向上に努めるとともに、女性職員の活用を図り、政策決定過程への女性の参画に意を用いてきた。また、科学研究費補助金及び特別研究員(優秀な博士課程在籍者及びポスドクを3年間支援するフェローシップ事業)において、男女を問わず、出産や育児による研究中断・期間延長制度を平成15年度から設け、毎年、科学研究費補助金では約80名、特別研究員では約40名の方々に利用していただいている。
 本年度からは、出産や育児による研究軽減、すなわち、研究専念と研究中断の間、50%程度の研究実施も可能とし、個々の事情に応じて、ワークスタイルを選べるように改善したところである。
【特別研究員RPD】
 さらに、本年度から、男女を問わず、出産や育児による研究を中断した者が、円滑に研究現場に復帰することを支援する「特別研究員RPD」(Rはリスタート)を開始した。
 現在、研究者のキャリアパスとして、博士号取得後、数年間のポスドクを経て、助手、助教授等となるのが一般的であるが、ポスドクの多くは、競争的資金により期限付きで雇用されている者であり、育児休業制度が認められていないことが多い。このため、出産・育児期に研究中断を余儀なくされ、いざ復帰しようとしても、直近の研究業績不足から、次の研究ポストを得ることが困難な状況となっている。このような、雇用法制上の隘路を埋めるものとして、この「特別研究員RPD」を創設した。
 具体的には、過去5年以内に出産や育児のため、やむを得ず概ね3か月以上研究を中断した者を対象とし、月額36万4000円の研究奨励金と年額150万円以下の研究費を2年間支援する。
 毎年度30名を募集する予定であったが、平成18年度分に140人、平成19年度分に212人、計352人と、予想より多い申請があり、平成19年度概算要求で拡充することとした。本事業では、申請資格に年齢要件を設けていないが、申請者の平均年齢は、36歳となっている。また、平均研究中断期間は約12か月。しかし、出産後2、3か月で無給の研究員等として研究現場に戻っている者も多く、研究への真摯な姿勢が汲み取れる申請内容であった。また、申請者352人中、男性は26人であった。
 審査は、6名の書面審査員による書面審査に加え、書面合議審査、面接審査により厳正に行った。なお、面接審査の際には、競争的研究資金の審査の場としては始めて、託児室を設けた。
【科学研究費補助金における試み】
 科学研究費補助金では、本年から「特別研究促進費(年複数回応募の施行)」が始まった。これは、科研費の通常の募集時期である11月に応募ができなかった者に、年度当初に応募機会を提供するものであり、基盤研究や若手研究相当のものが応募できる。11月に産休や育休を取得していた研究者などが対象となり、出産・育児支援策の効果も持つものとなろう。
【大学等における女性研究者支援策】
 「特別研究員RPD」は、日本の新聞等に取り上げられるとともに、サイエンス誌にも掲載され、話題となった。しかし、本来、出産や育児期に研究を中断しなくてもよい、または、中断しても安心して復帰できる状況が望ましい。このためには、研究現場における働き方、雇用状況の改善が必要であり、大学全体としての施策が必要である。
 本年度から科学技術振興調整費により「女性研究者支援モデル育成」が始まった。これは、女性研究者の育成・活躍促進を積極的に行うモデル的な大学の取り組みを国が支援するものである。一大学あたり毎年3000万円から5000万円を2年間支援する。本年は10大学が採択された。
 この事業により、ITネットワークを活用した在宅勤務体制の構築、保育施設の充実、女性研究者のメンターシステム・ネットワークの構築、女性研究者の採用に対する大学本部による人件費一部支援等、様々な施策が始まっている。また、女性研究者支援策の必要性が大学の本部で認識されたことも重要な変化である。これらの施策が蓄積され、大学全体に男女共同参画の文化が浸透することが望まれる。
【世界の女性研究者支援策】
 日本では、ここ数年、急速に、女性研究者支援策に注目が集まっているが、世界の状況もほぼ同様である。例えば、OECDは、昨年から「科学における女性」と題するワークショップを開催し、加盟国間で女性研究者支援策に関する情報の共有を推進している。また、EUは、平成15年に男女平等行動計画を策定し、女性研究者比率40%を目標に、統計整備、女性研究者ネットワーク支援等を行っている。
 これら女性研究者支援策は、少子化の影響と言うよりも、国家の将来的発展の基盤となる科学のエクセレンスを追求するとの観点から行われている。欧米諸国は、既に女性研究者比率が3割前後となっているが、そのような国においても、女子学生拡充策、女性研究者採用促進策、女性研究者のネットワーク構築、育児支援策等々、日本とほぼ同様の施策が語られており、我が国における長期的継続的な取り組みの必要性が実感させられる。
 現在、我が国では、自然科学系の学会による男女共同参画学協会が結成され、データ収集、ワークショップ開催等が行われており、大変大きな役割を果たしておられる。女性研究者支援策の推進は、男女を問わず研究職を魅力あるものにすることにつながることをしっかりと認識し、一部の研究者の関心事に終わることなく、国、ファンディング機関、大学、学会、研究者全体として取り組む必要がある。