アルカディア学報
学生募集戦略と私立大学経営の課題
日本の私立大学や短期大学においては、18歳人口の減少に伴って、競争的な環境が進行しており、厳しい事態が少なからず生じている。学生の安定確保は特に重要な課題となっており、平成4年度(1992年度)をピークに、入学志願者は急減を開始し、志願倍率の下落と定員割れの増加が顕著である。
日本私立学校振興・共済事業団の調査データからみると、学校全体の入学定員充足率が100%未満の割合は、12年度において、大学が471校中133校で3割弱、短期大学が453校中265校で6割弱であった。
このような定員割れの背景には、近年の大学または学部の新増設、短期大学の4年制大学化、臨時的な定員の延長やその恒常的定員化の動向がある。受験者の側の高学歴志向、共学志向、資格志向、都市志向、高偏差値志向等の要因も影響している。
私立大学の数は平成4年度から12年度の間に100校近く増加した。短期大学は50校ほど減少した。4年制大学化が顕著で、小規模大学の新設が多い。改組転換も盛んで、新しい学部が多数設置された。
短期大学の市場は急激に縮小し、競合乱立によって、4年制大学の学部でも定員割れが発生している。地方都市だけでなく大都市圏においても二極化が進行している。いわゆるFランクの私立大学が公表され話題となった。偏差値は学校の評価のすべてではないが、下位レベル校や新設校における学生確保は死活問題である。独自の特色を打ち出して徹底した募集活動を行わなければ、受験生に素通りされて学生を確保できなくなる恐れが強い。
高等教育においては国公立大学志向が根強い。教育条件面や学費負担の面で、私立大学は国公立大学と対等な条件で競争できる環境にはない。国立大学の改組や公立大学の増設が進み、不況が続くことによって、私立大学は一層苦しい立場に追い込まれる。
今日では、大学が学生を選抜するのではなく、学生が大学を選択する時代に転換しつつある。志願倍率が年々下降しており、良質な入学生を入学試験で選抜する機能自体が問われてきている。
このような状況下で、私立大学や短期大学では積極的に学生確保の取り組みを進めており、様々な入試方法を工夫して意欲ある入学生を確保しようと努力している。全体的には、一般入試の比重が低下し推薦入学が重視される傾向が強い。
一般入試の取り組みをみると、試験日程の複数化、試験日の自由選択制の導入、受験科目の減少と軽量化、地方試験会場の増加、センター試験の利用など、受験機会を増加して受験者数の減少を抑えるとともに、受験生の負担軽減と便宜供与を進める傾向が顕著である。
推薦試験でも多様化が進んでおり、通常の公募制推薦や指定校推薦を重視するほか、高校長の推薦を要しない自己推薦等の方法も導入されている。推薦条件の緩和、推薦対象項目の拡大も行われている。AO入試が積極的に導入されており、ユニーク入試も進んでいる。学生を確保するチャンネルとして社会人特別選抜、留学生選抜、編入学、秋季入学なども無視できない。
受験料や学費面での取り組みも進められている。受験料や授業料を一律に引き下げるのではなく、重複受験の手数料の割引、特待生や生活困窮者に対する奨学金入試によって、受験生の経済的負担を軽減しつつ、優秀な学生を確保しようと努めている。 学生募集のための組織や実行体制の充実強化の取り組みも進めている。広告手段や広報メディアを見直し、説明会や高校回りを効率化し、オープンキャンパスの演出などにも力を入れている。高校との連携の緊密化が図られている。
このような募集戦略と並んで、学生確保の基本的な取り組みは各々の大学の魅力を高める課題である。
その基幹的な取り組みが大学の教育内容の改善である。専門教育と基礎教育を充実させるカリキュラムの改革、国際化や情報化に対応した国際交流や情報教育の推進、学外者の招へいやインターンシップの実施による社会や地域との交流、少人数教育や補習教育等によるきめ細かな教育指導、就職実績向上のための資格取得教育が重視されている。
学生による授業評価やFDも積極的に実施されるようになった。
大学の魅力を高めるためには学園環境の充実も不可欠である。施設設備や情報システムなどの環境が整備されている。学園生活の快適化のための福利厚生施設やサービス面の充実を図るとともに、補助活動や課外活動等を支援する取り組みも盛んである。精神面のケアにも着目されている。
更に、大学間連携も近年各地域で重視されている。受験生が大学を選択する際の有力な判断材料となっている。
これからの私立大学にとっては、学生の面倒見が良く支援体制が充実しているという大学のイメージの確立は重要である。必ずしもトップクラスだけではない多様な学生に対して、様々な学習支援を行いながら基礎的な能力と付加価値をつける取り組みが求められる。大学の魅力は教員サイドと在学生、受験生では必ずしも一致しているわけではない。大学を選択する学生の立場からの要望に応えた大学の魅力化を図らなければ学生確保の効果は少ない。在学生の満足度には受験生も注目しており、学生確保のキーポイントである。
ところで、入学定員割れが生じると、途中編入がない限り大学では4カ年の定員割れが続く。定員割れの事態は級数的に悪化する可能性が強い。数年または10年程度の期間で把握すると、学生数が相当の減少となるケースも生じる。学生数が減少しても、その減少割合に専任教員数や職員数を比例させて削減すれば財政的な窮迫が発生することはほとんどない。しかし、そのような削減は容易ではなく、通常は専任教員一人当たり学生数(ST比)が下降する。職員も同様である。その結果、財政悪化が進行することになる。
志願者数が減少すれば受験料が少なくなる。入学生が減れば入学金や施設設備資金が確保できない。在籍者数が減少すれば授業料等の納付金総額が減額となる。私立大学の納付金の比重は収入の8割に近い。納付金は基本的には学生の人数と納付金単価の積の総和である。人数が減っている時には単価は上げ難く、学生数が減少した場合には納付金総額も減少することになる。一方、消費支出の6割程度を占める人件費も教職員の人数とその給与単価で決まる。学生が減った分だけ教職員を減員し給与単価を切り下げることは至難である。
帰属収入が減るにもかかわらず人件費は減らせないために、人件費比率は上昇し、帰属収入から消費支出を除いた帰属収支差額は減少する。最悪の場合マイナスとなって、学校の資産維持と充実のための財政余力が失われる。
私立学校では定員が充足できないという事態は財政困難に直結する。大幅な定員割れとなると財政の長期的な維持が不能となる。消費収支上の赤字分を補填するために、保有する現金預金、有価証券または各種の引当資産等の金融資産が消費される。赤字補填を続ければ続けるほど、健全な併設部門を巻き込んで、学校法人の体力は消耗する。過去の蓄積余力がいつまで持つかという時間的な問題ともなる。
自己資金が枯渇すれば他人資金に依存せざるを得なくなる。翌年度の収入に充当すべき入学金等の前受金も先食いされる。負債率も上昇していく。苦しい自転車操業に齟齬を生じると資金ショートが発生する。借入金の返済等が滞れば、抵当権の実行、差押え、銀行取引停止を招く。
裁判所による資産の強制換価手続を経て、破産・清算に進み、最終的には学校法人の解散に至る。
厳しい競争的な環境であるからこそ、私立大学は学生確保に有効な最大限の取り組みを進める必要がある。学生募集の戦略は必然的に私学経営の課題に展開する。財政基盤を強化し、人事や組織運営の改善も実施しなければならない。
時代や環境の変化に柔軟に対応できる私立学校の良さを発揮させながら、学園の経営体制や組織運営が活性化されることが期待される。
(本稿は、日本私立学校振興・共済事業団の私学活性化促進支援センター主任研究調査員である西井泰彦氏にご執筆いただいたものです)