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アルカディア学報

No.244

英国大学のガバナンス-大学議長会議の取組

村田 直樹 (国立大学法人横浜国立大学事務局長)

 私立学校法の改正による学校法人の管理運営体制の明確化、国立大学法人法による新たな国立大学の管理運営体制の整備等、わが国における大学のガバナンスのあり方は変容を遂げつつある。海の向こうの英国においても、近年における経済社会の変化に対応した大学ガバナンスのあり方が模索されつつある。今回はその一端を紹介することにしたい。
《英国大学の管理体制》

 英国大学の管理体制は各大学の成り立ちによって実に多様であるが、あえて大別すれば、1992年以前に設立された大学(以下「伝統的大学」という。)と、それ以降に大学に昇格した大学(以下「昇格大学」という。)に二分することができる。前者は伝統的な大学で、基本的には個々の大学ごとに定められる勅許状(Royal Charter)において管理体制に係る規定が盛り込まれている。これに対して後者は、1992年継続・高等教育法に基づいて一定の要件を満たす旧ポリテクニクや高等教育カレッジが大学に昇格したもので、同法に管理体制に係る定めがある。
 伝統的大学においてはカウンシル(Council)が大学管理機関と位置づけられ、一般的にその構成員は大学の教職員、コートが任命する者、セネトが任命する者、互選による者、地方当局の代表、選挙によって選出される教職員、学生代表等であり、学外者が多数を占める。かつては委員の数が30~50名超まで多様であったが、最近では30名前後に減少しているようである。昇格大学の場合、大学管理委員会(Board of Governors)が財務、人事、勤務条件、予算案の承認等の権限を有している。1992年継続・高等教育法は、附則で大学管理委員会のモデルを示しており、その構成メンバーは12名以上24名以内で、うち13名(過半数)までは当該大学の教職員・学生以外の有識者の中から選任することとされている。なお管理機関とはいえ、非常勤の構成員から成る組織であり、大学によっては年間4、5回程度開催されるに過ぎず、実際の業務執行はChief Executive Officerとして学長(Vice-Chancellor)が担っている。
 英国の大学においては、1990年代以降、高等教育人口の増大に比して公的財政支援が相対的に停滞する中で、評価に基づく選択的な資源配分が増大するとともに、教育コストの一部を英国籍学生から徴収するなどの政策が導入された。各大学は財源を多様化しつつ、競争的な環境の下で教育研究の戦略的な推進を図り、効率的な経営を行うことが求められている。ここにおいて大学ガバナンスの重要性が増大している。1997年のデアリング報告が、大学管理組織の効率化・機能向上の観点から、構成員を25名以内とすることが望ましい旨の提言を行ったのも、このような認識に基づくものであろう。

《英国大学議長会議の活動》

 英国には大学の管理体制の違いを超えて、大学管理機関の議長(いずれの場合も学外者)が組織する「大学議長会議」(Committee of University Chairmen)が存在する。1986年にノッティンガム大学のカウンシル議長が呼びかけて組織化し、その後、昇格大学のメンバーも参加して現在の大学議長会議に発展した。高等教育ファンディング・カウンシル(HEFCs)や学長会議(UUK)と連携して、管理機関の機能や構成員の役割等についての啓蒙や管理機関の実態調査等の活動を展開している。
 この大学議長会議が高等教育ファンディング・カウンシルと連名で「英国大学管理機関構成員のためのガイド」(Guide for Members of Higher Education Governing Bodies in the UK)を最初に刊行したのは1995年であり、直近の改訂版は2004年である。2004年版の第1章には、大学議長会議が採択したGovernance Code of Practice(「大学管理のための規範」とでも訳すのであろうか?)が掲載されている。この規範は「管理機関の役割」「組織及びプロセス」「効果と達成状況のレビュー」という三つのパートで構成され、全部で17項目から成る。「管理機関の役割」においては、まず初めに管理機関の使命について、(1)大学の活動を監督すること、(2)その将来の方向を決定すること、(3)大学の使命が達成されるとともに学生の可能性が最大限に発揮されるように環境を醸成することであると定めている。そのうえで主要な任務の第一として、(4)大学の使命・戦略的ビジョン、長期事業計画、核となる達成指標や年次予算を承認するとともに、これらがステークホルダーの利益に合致するものであることを確実にすることを位置づけている。「組織及びプロセス」においては、(5)管理機関はその使命を全うするために広い分野の人材で構成し、25名以内であることがグッドプラクティスとしてのベンチマークとなるとし、(6)その人選方法への配慮、(7)新任メンバーへのガイダンス、(8)開かれた運営の必要性などを定めている。「効果と達成状況のレビュー」では、(9)大学の長期ビジョン等との関係において、管理機関自身の使命の達成状況のレビューを最低でも5年に1回実施すること、(10)その結果を広く公表することなどを定めている。

《大学ガバナンスをめぐる6つの状況変化》

 大学議長会議によれば、次の6つの状況が大学ガバナンスの変化を促しているとのことである。第一は、高等教育機関の規模と複雑性が増大したことにより、小規模な機関と変化の少ない状況を前提とした、かつての統治機構が機能しにくくなっていること。第二は、一般的に法人組織のガバナンスに対して透明性と社会的責務が強く求められるようになってきたこと。第三は、大多数の高等教育機関は健全であるにもかかわらず、いくつかの高等教育機関が過去にしばしばガバナンスに失敗し、また、現に危機に面していることから、公的なファンディング機関が懸念していること。第四は、マスコミ、政治家や国民が、質や資金価値といったことに対する説明責任を強く要求するようになっており、アカデミックと非アカデミックなガバナンスを分離する伝統的なやり方に対する理解が得にくくなっていること。第五は、多くの高等教育機関が、特に外部との連携などの局面において、伝統的なガバナンスシステムの効率性や効果的で迅速な意志決定に懸念を有していること。最後に、公的な財政支援だけでなく、授業料徴収との関係において説明責任が今まで以上に強く求められるようになったこと。
 このような変化は、大学管理機関の役割を従来型の「世話人」的なものから、発展に成功するための戦略づくりや成功のための方向づけへと変容させつつある。しかし、こうした変容の速度は大学によって多様であり、変化に対応するための取組方針も微妙に異なる。大学議長会議によると、大学管理委員会の役割の変化の過程は、(1)法令や規則に則った大学運営を確実にする→+(2)大学の財政上の健全性を確保する→+(3)適切な点検・報告を通じて効果的サービス提供を確実にする→+(4)大学の使命を確実に達成させる→+(5)大学のパフォーマンスを最大にするという流れで示すことができる。(「+」はそれ以前の役割に追加されることを意味する。)特に、(3)以降の段階については大学間で意見が分かれるようで、伝統的大学を中心にセネト(またはアカデミック・ボード)との役割分担の問題が生じるようである。
 また、大学管理機関がこのような役割の変化に応えるためには、現在のように学外の有識者に年に数回、10数時間程度のコミットメントを前提とした、ボランタリーベースの参画を求めるという仕組み自体が見直されなければならないのではないかといった議論もある。他方、「マネジメント」と「ガバナンス」を混同すべきではなく、マネジメントに踏み込めば学長の職務と重複するとの指摘もある。私は専門家ではないので「マネジメント」と「ガバナンス」の違いを十分理解できていないかもしれないが、感覚的には、後者は執行の監督と中長期的な戦略や方向づけが中心で、日常的な執行業務そのものは前者ということではないかと考えている。
 大学議長会議は、その会員に大学ガバナンスのグッドプラクティスに関する情報を収集・提供するための調査研究を行っている。もとより大学ガバナンスは各大学の起源や規模、学部構成等との関係において多様であり、ある大学におけるグッドプラクティスが他大学のグッドプラクティスでもあるとは限らない。このため大学議長会議では「組織的な目的に適合している」取組と定義して、グッドプラクティスを収集・公表している。
 以上、英国における大学ガバナンスの最新動向について紹介したが、わが国においても新制度の運用にあたって、「学問の府」としての大学に相応しいガバナンスの実践の積み重ねとグッドプラクティスの追求がなされることが肝要と考える次第である。