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アルカディア学報

No.241

私学経営の「現在」と「これから」-第27回公開研究会の議論から

研究員 沖 清豪(早稲田大学文学学術院助教授)

 去る3月29日、「私学経営のこれから」と題して、私学高等教育研究所の第27回公開研究会が開催された。今回は、私立大学が直面する厳しい環境の中で、個別機関における優れた改革事例を学ぶ機会が必要であるとの視点から企画されたものである。当日は実際に私学経営の中軸で活躍されている3名の講師―佐藤東洋士桜美林大学理事長・学長、福井 有大手前大学理事長、篠田道夫日本福祉大学常任理事から、私学経営の将来像をめぐる総論的な意見とともに、それぞれの大学における現在の改革動向が紹介された。
 本稿では、各大学における現在の改革動向を紹介するとともに、注目される私学経営手法の実践例を確認し、将来に向けて若干の論点を整理することとしたい。
《桜美林学園の事例》
 桜美林大学を設置する桜美林学園は、その創設の経緯によって、現在でも設置校長3名を除いて理事は学外者によって構成され、実質的に学長の人事・評価を行うことが主たる機能であるアメリカ大学型の理事会が組織されている。特に理事が外部者である特徴から、それぞれの理事に機能を付与するのが困難なため、執行役員制度を導入し、理事以外の数名が相応の権限を委譲され、実際の経営に参画し、責任を負う制度が機能している。
 平成16年度には、建学の精神をより明確にし、学園の基本精神としていくために、ミッション・ステートメントを策定・公表している。ステートメントは、1つにまとめられたミッション〈使命〉、「教育カリキュラムの見直し」「経営基盤の安定」からなるビジョン〈目標〉、4つのバリュー〈共通の価値観〉から構成されている。ミッションは各設置校で具現化されるべき内容によって構成され、ビジョンは今後五年間での実現が目指されており、バリューは学園の一体性を重視し、またキリスト教精神に基づく生き方を示すものとなっている。
 こうした改革における課題や示唆は、次の5点にまとめられている。第一に、現在の改革は「すべて工事中」であり、しかも改革案すべてが大学経営に相応しい仕組みであるかどうかの保証はなく、常に改革・改善していく必要性を意識する必要がある。第二に、他大学の優れた事例を積極的に導入し、「いいとこどり」をすることも辞さない姿勢が必要とされる。第三に、桜美林学園の事例は、あくまで桜美林学園自身の歴史的背景に基づくものであるため、他大学の改革にあたっては標準になるとは限らない点に留意が必要である。第四に、18歳人口が120万人前後でほぼ安定するここ数年が、改革・合理化する最後のチャンスとなることを自覚する必要がある。そして第五に、桜美林学園の改革の反省として、入試などの入口については費用をかけているが、キャリア教育などの出口についてはまだ十分ではない点が指摘でき、今後こうした面を含めたコスト意識の改革の必要性を感じているとのことである。
《大手前大学の事例》
 大手前大学は6年前に共学化し、様々な面での改革を進めている過程にある。2005年4月の福井理事長就任後、5つの転換が目指されている。第一に、学部・学科ではなく、共同体としての大学に参画しているという意識への転換。第二に、研究評価から教育評価への転換。第三に、学生の支援への転換。第四に、What to teachからHow to teachへの転換。そして第五に、評価に耐えられる大学への転換である。こうした転換は「Study for Life(生涯にわたる、人生のための学問)」という大手前大学の使命を実現するために必要なものとされる。
 経営面では、まず学部を越えた経営システムの導入を目指し、担当副学長制を導入している。また職員の評価制度を導入するとともに、教員の評価制度も作成しているところである。
 こうした改革案の背景には、理事長就任後、学長とともに全教職員に面接し、大学のミッション・ステートメントの理解度や貢献意識を確認したところ、低い水準でしかステートメントが理解されていないことが明らかになったことがあるという。大学のことを理解できるようにFD、宿泊研修などを積極的に実施し、教職員が同じ方向を向いて改革に進むことができるよう努めてきたとのことである。
 一方で、教学面での改革も進められており、ベスト・ティーチャー賞、ベスト・ファカルティ賞、ベスト・リサーチャー賞などといった制度を導入している。また60周年を迎えるにあたり、新学部を設置して三学部体制を導入するものの、ユニット制として学部間の垣根を低くし、学生の流動性を高めることも目指している。さらに大手前短期大学では、地域総合科学科であるライフデザイン総合学科を設置し、10系統29科目ユニットに細分化された科目群を導入することで、多様な進路・目的に合わせた教育課程の選択を可能にし、学生の満足度を高める改革を進めているところである。
《日本福祉大学の事例》
 大幅な志望者減に直面した日本福祉大学では、単年度ごとの計画立案では人気回復は不可能であるとの判断に達し、長期計画を立案している。また全学的な意思決定組織として、学部を統合する大学評議会を制度化している。さらに執行役員制を導入し、理事会決定の執行については学内の会議体ではなく、執行役員個人に責任を負わせる仕組みづくりを進めている。
 こうした執行機能の強化の一方、現場と意思疎通をするためのシステムづくりも進められてきており、特に実践現場の前線に位置する職員が、市場のニーズなどを受け止める力量をつけること、さらに企画部門を充実させ、政策遂行型の組織を構築するためには、企画部門の研究機能などの充実により、原案段階での立案機能を強化することが重要であるとの観点から改革が進められている。
 なお、日本福祉大学及び静岡産業大学の注目すべき事例については、すでに篠田氏が、本紙第2228号のアルカディア学報において解説している。
《共通する視点・課題》
 3名の講演は、それぞれの視点、大学に立脚したものでありながら、共通の課題に言及するものであった。この共通する課題は、篠田氏の講演において、国立大学法人の業務実績評価が抱えている課題を踏まえて、次のとおり整理されている。
 第一に、政策が全学に共有され、構成員の活動の指針となって機能していることであり、ミッション・ステートメントの全体的な理解の重要性が繰り返し指摘されている。第二に、財政や人事が目標実現に向って統制(重点化)され機能していること、及び執行をめぐる経営体制が合理的に機能していることであり、今回紹介された大学では、何らかの形で執行役員制が導入されており、責任の所在が課題ごとに明確にされていることが注目される。また学部を越えた意思決定組織の制度化も注目される。
 加えて立案された計画を遂行するにあたり、優れた実践を行っている大学はリーダーシップに基づくトップダウンの方策が意識化されているが、トップダウン型だけでは十分ではなく、現場サイドからの実態を踏まえたボトムアップ型の提案を受け付けうる仕掛けの必要性も指摘されている。
 なお質疑において、福井氏から大学全体の問題に対する教員の無関心さへの苛立ちが表明されたのに対して、篠田氏からは執行の問題ではなく政策立案の問題として捉える必要性が指摘された。まず数年程度のスパンで客観的なデータの共有を図り、そのうえで全学的に必要な政策を取捨選択し、最終的に全学的機構で意思決定を図るべきとの論旨であった。
 これら共通する視点・課題は、いずれもある意味であたりまえのことであるようにも思われる。しかし福井氏が講演中に指摘した18歳人口の減少に対する対策の立ち遅れが、あたりまえの事実や客観的データをあたりまえに見る力量の不足に起因するものであるとしたら、まさに、あたりまえをどれだけ地道に進めていくかが、繰り返し指摘されている私学の危機を克服するための最低限の作業になるように思われる。今回紹介された事例などをどれだけ情報として整理・把握し、それぞれの大学における経営改革案の立案に活用しうるかが現実の課題になるのであろうし、今回の研究会の成果は、その活用の有無にかかっているように思われる。