アルカディア学報
スウェーデンの高等教育改革-法人化せずに遂行
(1)OECDプロジェクト
私の勤務する国立大学財務・経営センターは、OECDとHEFCE(英国高等教育資金カウンシル)の「高等教育機関の財政経営・管理研究プロジェクト」に、過去数年間参加してきた。2004年には、このプロジェクトの成果が英文でまとめられた。それは、参加8か国の高等教育の経営管理に関する概要と各国レポートで構成されている。本センターでは、2005年に8か国の概要と英国、アイルランド、アメリカのカントリーレポートを日本語に翻訳し、出版した。この翻訳は、おかげさまで大学関係者の間で好評を得て増刷され、かつ現在も本センターのホームページにて公開中である。
また、残りのドイツ、オーストラリア、オランダ、スウェーデン、日本のレポートも、本センター関係者の協力で翻訳され、まもなく出版の予定である。今回、私はスウェーデンのレポートの翻訳を担当した。翻訳を通じて、スウェーデンの国立大学改革の状況を知ることができた。また、日本の国立大学との比較ができ、日本の国立大学法人化問題を違った角度から考えることができた。ここではスウェーデンの国立大学の経営管理の状況を簡単に紹介したい。
(2)目標と成果による管理
スウェーデンの国立大学と新しく大学に昇格したユニバーシティ・カレッジの法的な地位は、日本の法人化前の国立大学に近く、中央政府の行政機関の一部である。現在でも各大学に法人格はない。しかし1993年の改革で、目標と成果による経営システムが高等教育機関に導入された。そこでは政府と議会が目標を設定し、各機関は目標に合致した課題を与えられる。政府は、予算額や配分方法を記した予算指針書、理事や学長の任命などを通じて機関の統制を行う。各機関は政府に年次報告を行い、政府はさらにそれを議会に諮り承認を得る。
目標と成果による政府管理で、しばしば強調されるのは、目標設定にあたっての政府や教育科学省と高等教育機関との親密な討議である。OECDのレポートでは、この討議が十分なされることが、目標と成果による経営が成功する鍵と指摘されている。
各高等教育機関は、理事会の承認の後、政府に経営報告、年次報告、中間報告、予算資料を提出しなければならない。これらは、目標と達成成果の比較、収入状況、貸借対照表、予算会計、キャッシュフローなどの情報である。
高等教育機関が提出する各報告書は、主として次の3つの政府組織が評価することになる。
まず高等教育庁は、年次報告を用いて高等教育機関の質保証活動を検査している。また、機関からの学位授与権申請を審査することも行っている。同庁は2001年から6年間に高等教育のプログラムの検査を行っている。それは大学の自己点検と外部評価に基づくものである。次に財務経営庁は、財務情報を通じて高等教育機関の財務に関する評価を行う。同庁は政府部門の財務経営改善を行う専門機関である。そして監査院は、高等教育機関の年次報告を監査し、監査報告を発表する。
(3)財政システム
スウェーデンの高等教育機関への資金は、「成果」によって一括予算(ブロック・グラント)として配分される。この成果とは、学生数と学位授与数であり、これに専門分野の教育費用特性を加味して配分額が計算される。剰余は10%まで認められ、翌年度に繰り越すことができる。研究と博士課程への資金配分は、成果によっては行われない。スウェーデンでは研究の自由は法によって保障されるが、研究費の配分は専ら政府が行う。最近では16の研究拠点大学が選定され、特別な予算配分が行われた。
スウェーデンの大学会計は、1990年代のはじめに企業会計に近いものに改められた。予算会計から移行し、各機関は貸借対照表と損益計算書を準備しなければならない。監査院の検査結果によって、政府が高等教育機関の財政が望ましくないと判断すると特別委員会が組織される。この委員会はデータを収集し、改善策を提案する。過去には三機関がこれに該当したという。経営責任は理事会にあるが、これまで経営の失敗によって理事または学長が解任されたことはない。
高等教育機関は自ら固定資産を所有することはない。各機関は政府の保有する会社から、固定資産を借用することになっている。
(4)政府権限の委譲
1977年の高等教育改革で、政府の高等教育機関に対する権限が大幅に委譲された。機関の自由裁量が大きくなったと同時に、責任が機関に移された。各機関には理事会が設けられ、それが機関の指導責任を取る。理事会は機関の課題達成を監視し、資源配分などの重要問題の決定を行う。政府は15名の理事のうち過半数の任命を行い、理事長は学外の学識経験者から政府が任命する。
学長も政府によって任命され、大学の運営に責任を持つ。学長は理事会の提案に基づいて行動し、理事会に活動報告を行う。大学は中央政府の行政組織ではあるが、教員の任命権は学長にある。規制緩和によって中央政府の決定権が一般的なものに限定され、高等教育機関の意思決定範囲が拡大した結果である。
機関の責任が大きくなるにつれ、理事会メンバーや学長に対する経営研修の必要性が高まってきた。これらの研修は個々の機関の責任でなされるが、政府も高等教育庁に研修を行うよう命じている。内容は戦略的経営、大学の社会的使命、人材開発などである。
(5)日本の国立大学の法人化
2004年4月から国立大学法人制度が導入され、各国立大学には法人格が与えられた。同時に各大学は中期目標・計画を定め、それに従って業務の遂行がなされることになる。また、資金配分方法には、使途の自由裁量度の大きい運営費交付金というブロック・グラント方式が採用された。さらに学長の権限が強化され、役員や職員の任命は学長が行うことになった。法人化を契機に導入された政府の目標管理、ブロック・グラント方式、学長権限の強化は、日本では同時にシステム化された。他方、スウェーデンでは、それらは過去30年にわたって逐次導入され、また大学の法人格は与えられていない。
(6)まとめ
スウェーデン政府は高等教育機関に対して強力な統制をしつつ、400年以上の歴史のあるルンド大学やウプサラ大学などに対して大きな自治を許しているように見える。OECDレポートによると、スウェーデンの高等教育改革は、政府及び大学やユニバーシティ・カレッジの経営者からは好意的に受け取られているようである。
目標と成果による政府管理、ブロック・グラント方式、理事会主導による高等教育機関の管理と経営の現状も理解されているようである。その理由の1つは、スウェーデンの国立大学システムが、わずか36大学で構成される小規模なため、政府や教育科学省と高等教育機関とが、ことあるごとに親密な討議ができることであろう。このような討議は、目標の設定、予算作成、年次報告がなされる機会に行われるようである。