アルカディア学報
私学経営改革の課題-戦略の策定とその推進
私学の改革や前進にとって、ミッション、戦略は極めて大切で、そのための政策決定システムの改革や執行体制の強化は、欠かすことができない。戦略の策定とその推進に係わる3つの事例、国立大学法人の戦略遂行システム、静岡産業大学のマネジメント改革、日本福祉大学の取り組みの概要を紹介することで、今日の私学の経営改革のあり方と課題を考えてみたい。
■国立大学法人の戦略遂行システム
国立大学法人化により、中期目標・中期計画に基づく取り組みが始まった。4年後には運営交付金に反映される評価が行われる点で、真剣な実践が問われる構造となっており、国立大学が一斉にこうした戦略に基づく改革を始めたことは侮りがたい力を持つ。しかし、これらが最終的に目標を達成するためには、いくつかの条件が必要だ。第1は、これらの政策が全学に共有され、構成員の活動の指針として機能しているか。第2は、財政や人事が、その目的実現に向かって統制されているか。第3は、改革を決定し、執行する経営体制や管理運営機構が機能しているかなどである。
第1に、中期目標が全学の旗印として機能するためには、構成員の知恵を集め、実効性のある機関で決定し、主要課題に誰が責任を負うのかの明確化が欠かせない。東京大学の佐々木毅前総長は、「各法人の経営力を左右」する具体的課題での改革推進には、「『憎まれ役』を担う人材がいなければ極めて困難であり、私の体験によれば、細部の議論になればなるほど執行部の評判は芳しくなかった」(日本経済新聞)と述べている。総論は賛成だが、各論になるとなかなか一致できない。方針・計画の目的達成には「憎まれ役」、すなわち、最後までその計画の実施に責任を負いきる経営人材が不可欠だ。
第2は、改革推進型の財政運営の確立である。割り振り形の予算配分から、政策目標の実現にシフトした重点型になっているか。そもそも、そうした財源を生み出すうえで、一般的な経費削減から本丸である人件費削減へ、財政指標に基づく収支管理に進んでいるかという点だ。天野郁夫氏は、中期目標の達成には、その基礎となる経営計画の策定が必要だと提起した。目標の達成には、必ず「人、もの、金」の裏づけが必要だ。しかし右肩下がりの時代、財政・人事の課題は、削減や合理化が避けがたい。利害や既得権が絡み抵抗も大きいが、これを避けると全体政策の実現は腰砕けとなる。
第3は、経営、管理運営システムである。法人化により、学長は法人の長となり、役員会は学部学科の再編に決定権を持つ(国立大学法人法第11条の2)など、学長の強い権限確保と法人機関の専決領域の拡大が進んだ。トップ機構は整備されたが、その政策をどう現場と接合するか。いくら迅速な決定ができても、それが教学や事務の現場に貫徹されなければ意味がない。これまで、大学運営を実質的に担ってきた教授会や部局の関係を含め、この接合の具体論が問われている。例えば、学部を束ねる位置にある教育研究評議会が、いかなる実効性のある役割を担いうるか、ボトムアップとトップダウンの結び目にある機関の役割が極めて重要だ。そして、これらは私学の経営改革にも共通するテーマだ。
■静岡産業大学のマネジメント改革
次に、静岡産業大学のマネジメント改革を見てみる。静岡産業大学は1993年に設立され、経営学部と情報学部を持つ2200人規模の比較的小規模な大学だ。大坪 檀学長は、米国ブリジストンの経営責任者などを経て2000年4月に学長に就任し、専門のマーケティングや経営戦略をうまく大学運営に取り入れ、改革を進めている。
大坪学長は、厳しい環境の中での大学再生には、戦略の再構築が不可欠だとして「静岡産業大学の理念とミッション」を提起した。教育に特化した新しい大学モデルづくりを掲げ、授業料に値する教育の品質を問うとともに、教員にそのための教育のプロへの変身を求めた。戦略は、大学全体の行動の長期の基盤をなすものであり、建学の精神を誰でも解るように達成目標として具体的に示し、構成員に伝達し続ける必要がある。そして、それに基づき年度ごとの学長方針、学部長方針を立案、提示する。
ここまでは多くの大学でも見られるが、優れているのは、この方針の達成度報告など、フィードバック体制、コミュニケーションシステムを整備した点だ。学長用、学部長・事務局長用、委員会用、教員・職員用に作られた報告書の書式は、分担された課題の遂行状況をチェックするとともに、実践にあたっての問題点や課題、提案や要望、工夫、私の貢献策などをも記載するようになっている。「方針管理制度」と総称されるこれらのシステムは、掲げた戦略を適切に具体化し、推進するうえで極めて重要だと位置づけている。すなわち、学長方針などでテーマごとに執行責任者を明確にし、その進捗状況を月次、四半期次、年次でチェックするとともに、積極的に提案やアイディアを組織している。さらに重要なのは、これらの報告書を一冊にまとめて閲覧、配布することによって、情報の公開と政策・方針の共有を図っている点である。
また、大学運営においても教授会の性格を審議機関として明確にしつつ、方針の具体化にあたっては委員会機能を重視し、重要なテーマについては特別な委員会を組織するなど、委員会審議を活性化させている。正規教授会は短時間で終了するが、全教員を実質的な議論に巻き込む参加型の運営で政策の具体化を図り、実効性を担保している。
■日本福祉大学の取り組み
日本福祉大学でも、1990年代から長期計画を策定し、それに基づく運営を行ってきた。本学が全学のビジョンや長期計画を重視する理由の第一は、大学の目指す基本方向を指し示す明確な旗印を掲げ、全学一致を作り出す点だ。大学のような教育事業体では、ベクトルの一致なしには改革への力の集中は困難だ。第二には、即効性に欠ける教育・研究改革を基礎に、困難な社会的評価を獲得するには、単発のイメージ作戦では無理で、目標実現への総合的施策や年次計画が欠かせない。さらに第三には、政策重点を明らかにして、資源の重点投下を可能とすることにある。
2000年から5か年計画で取り組まれてきた本学の長期計画の柱は、次の五点だ。第一は、「人間福祉複合系」の大学づくりだ。人間福祉を核に、学部、学問を複合させ、「福祉経営学部」「人間福祉情報学科」などを開設してきた。第二は、インターネットを使った通信教育部の設置など生涯学習型の学園建設だ。社会人市場への参入とともに、通信・通学融合の新たな教育システム創出に挑戦している。第三は、地元・知多地域や多くの自治体等との社会連携事業を核とする社会貢献型大学建設だ。自治体との友好協力協定の締結なども進めている。第四には、全国トップに立つ「社会福祉士」合格など福祉マインドを持った専門人材の育成。そして第五には、人事・財務の構造改革の推進である。これらの取り組みが5つのGP獲得など、特色ある教育づくりの原動力になってきた。
こうした戦略の一致や政策の具体化のためには、経営と教学、トップと現場との間での意思疎通が不可欠だ。本学では、経営・教学機関の間に恒常的な政策統合、政策推進機関を置き、テーマのレベルに応じてその一致や具体化を推進している。さらに大学としての単一の意思決定組織も重要で、代議制で学部を統合する「大学評議会」がその役割を担う。また、理事会の強化、執行体制の整備も課題となる。本学は2003年度より「執行役員制」を新設した。これは、理事会決定の執行に責任を負いきる体制を強化するため、拡大する事業分野を適切に分担し、実効性のある執行管理を行う点にある。執行役員の個人責任を重視した運営を強化し、事業執行から収益管理まで一貫した責任体制を構築することにより、目標遂行を目指している。また、政策の実現には、現場にいて、市場とニーズに向き合う職員のプロフェッショナル化が欠かせない。戦略遂行を担う職員の開発力とマネジメント力量の向上もまた、大学の経営力を左右する要となっている。