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アルカディア学報

No.238

カリフォルニアの共通一般教育-編入学の実際とその特徴

研究員 山田 礼子(同志社大学社会学部教授)

 最近多くの大学において、短期大学、高等専門学校から、あるいは4年制大学からの編入・転入生が漸増してきているという印象を受ける。私も何度か他大学や短期大学からの編入・転入生の単位の読み替えに携わってきたが、その読み替えの際に、いつもシラバスと照らし合わせながら、どの科目がどの科目に相当するのかを、かなり個人の裁量で決めてきたように思う。大学で教務作業に携わってきた教員の多くは、多かれ少なかれ同様の印象を持っているのではないだろうか。つまり、学生が以前に在籍していた大学や短期大学で履修した科目の、どの単位を読み替えるかということに、日本の高等教育においては標準的なモデルが存在していないため、科目を通じてどのような学習面での知識を身につけ、あるいは技能を身につけてきたかを、大学間で本当の意味で互換するようなシステムが存在していないということである。
 今後、学生人口が減少し、2年制短期大学と4年制大学、あるいは4年制大学間での編入がさらに活発化していくであろうが、その場合、より広範な地域間、複数大学間における単位互換制度の構築と科目内容の標準化モデルが、必要になってくるのではないかと考えられる。その際、共通科目もしくは共通の教養教育カリキュラムの創造が、効果的な単位互換制度を構築していくうえで不可欠となろう。
 大学間の編入が活発に実施されているアメリカでは、ミネソタ州やカリフォルニア州において、州全体をカバーするような広範な単位互換制度と共通の教養教育カリキュラムが開発・実践されている。とくに、カリフォルニア州は、コミュニティ・カレッジと4年制州立大学間および4年制大学間での編入学システムが整備されている。この編入学システムについては、以前は大学間での相互のアグリーメントから始まって、複雑な書類上の手続きを踏み、また、学生も編入を希望する大学の情報を得ることから始まって、今までに取得した単位が転学希望先の大学で認定されるかどうかについて、いちいち学内のカウンセラーに相談しながら希望先を絞っていたのだが、最近ではネット上で簡単に編入に関する情報を得、さらにそれをアシストする機能が整ってきている。本稿では、カリフォルニア州の編入・転学システムの実際と特徴を紹介することにしよう。
カリフォルニア州の公立高等教育システムとアーティキュレーション
 カリフォルニア州の高等教育政策は、カリフォルニア中等後教育委員会(California Post Secondary Education Commission)の管轄となっているが、カリフォルニア州の公立高等教育制度は、1960年に制定されたカリフォルニア・マスタープランの基本原則を現在も踏襲している。州の高等教育機関はUniversity of California群を頂点に、州立カリフォルニア大学群、コミュニティ・カレッジ群の三層構造から成り立ち、University of California群は研究大学として、州立カリフォルニア大学群は教育志向型大学として、そして、コミュニティ・カレッジ群はオープンカレッジとして、それぞれの機能を果たしている。しかし一方で、公立大学間の編入・転学も実施されており、とりわけコミュニティ・カレッジからUniversity of California群あるいは州立カリフォルニア大学群の各大学への三年次での編入は、あらかじめおおよその枠が設定されており、かなりの数の学生が上級学年(三年次)にコミュニティ・カレッジから編入している。また、四年制大学間での学生の転学も、それほど多数ではないが実施されている。この編入・転学システムは、アーティキュレーションと呼称されている。
 カリフォルニア州の単位互換制度、より正確に言えば、アーティキュレーションと呼ばれる編入・転学制度は、1960年のマスタープランによってその骨格が制定され、実施されてきたが、1988年のマスタープラン検討委員会の提案に基づき、1991年に改正がなされた。その主な法律上の改正点はいくつかあるが、画期的な改正点である「コミュニティ・カレッジからカリフォルニア大学、州立カリフォルニア大学へのアーティキュレーション過程の円滑化を目指しての共通一般教育科目の開発と実施」について紹介してみよう。
共通一般教育科目の実際
 共通一般教育カリキュラムは、IGETC(Intersegmental General Education Transfer Curriculum)と呼ばれる編入希望学生のための一般教育カリキュラムのことであり、IGETCはカリフォルニア大学あるいは州立カリフォルニア大学への編入を目指しているコミュニティ・カレッジ編入課程在籍学生の編入を、円滑化するために導入された。
 共通一般教育カリキュラムと言っても、公立高等教育機関内での共通一般教育カリキュラムが開発・導入されているというわけではなく、むしろIGETCカリキュラムの基本は、IGETCとして認定されている一般教育科目をコミュニティ・カレッジで履修した編入希望学生が、4年制大学に編入した際に、そのIGETC科目の単位互換が保証されるシステムであると考えたほうが妥当である。IGETC制度が導入される以前には、コミュニティ・カレッジから州立カリフォルニア大学への編入学生がコミュニティ・カレッジで履修した、一般教育科目の単位が編入後に認定されないという事態がしばしば起こっていた。こうしたトラブルを避けるために導入されたのが、このIGETCである。
 IGETCは、各大学間でのアーティキュレーションというよりは、むしろ4年制高等教育機関全体でのアーティキュレーションに際しての一般教育科目の認定に係る共通理解の確認としての意義がある。同時に、4年制大学への編入を希望していながら、学科・専攻コースが未決定であるコミュニティ・カレッジ学生にとって、利益となるシステムとして有効である。
 つまり、IGETCは、編入する際に最低限必須とされる一般教育科目を定めている制度であるため、専攻コースが未決定の学生にとっても、履修した一般教育科目の単位認定が保証されるシステムだからである。しかし、必修科目等の要件が厳しく定められている、物理学、工学、自然科学分野においては、IGETC科目の単位認定が認められない場合もあるため、この3分野への編入を希望する学生は、カウンセラーとの綿密な編入計画の実施が不可欠となっている。
 このIGETC科目は必ずしも同じコミュニティ・カレッジのキャンパスで履修する必要はなく、カリフォルニアにある、いずれのコミュニティ・カレッジでも履修することが可能となっている。この点にこそ、共通一般教育カリキュラムの特徴があるといえよう。編入までに共通科目を履修し終えていない学生の場合には、編入後にカリフォルニア大学もしくは州立カリフォルニア大学が要求する一般教育科目を履修しなければならないとなっているが、その場合においても編入先の大学で履修する必要はなく、IGETC科目として認められている科目を提供しているいずれの公立大学のキャンパスで履修してもよいとされている。
 もちろん、GPA(成績評価)についても規程が定められており、「C」以下の成績であるとIGETC科目としては認められないし、IGETC科目の単位を履修し終えたことが即、編入学を認められたことにはならない。編入学を認められるには、IGETC科目だけでなく、希望する専攻・学科が要求している下級学年の科目や、もちろんGPAに代表される成績の保持、そして各大学のキャンパスにある編入学生用の枠との関係など、さまざまな要件をクリアしなければならない。実際のUniversity of California各キャンパスへの競争率は厳しく、編入は容易ではないが、IGETCが存在することによってコミュニティ・カレッジに入学し、4年制の公立大学への編入を希望している学生にとって、編入学の計画を立てる上での指針となっていることは間違いないだろう。編入・転学を前提としたシステムの開発を、それほど視野に入れてこなかった日本の高等教育にとっても、カリフォルニア州のIGETCから参考にできることは多いのではないだろうか。