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アルカディア学報

No.233

大学生の教育効果-JCSSの開発によせて

研究員 杉谷 祐美子(青山学院大学文学部専任講師)

 特色GPにも象徴されるように、優れた教育的取り組みや教育改善の試みとともに、その成果を明確に示すことが大学に求められている。しかし、大学における教育効果を測定する評価手法の開発は発達途上にあり、こうした要求には十分に対応しきれていないのが現状といえよう。とりわけ、学生の学習意欲や知的関心といった情緒的側面をも重視した、汎用性の高い評価手法の開発は重要と思われる。これら情緒的側面は、往々にして学生の主観的な判断を伴うものであり、客観的数値として表しにくい。それだけに、複数の大学において継続的に大規模な学生調査を実施することによって、機関間の比較や長期的な推移のなかで分析する必要がある。
 筆者が関わっている共同研究では、同志社大学の山田礼子教授を研究代表者として、その主導のもとに、こうした課題に数年前から取り組んできた。同研究は、UCLAのアスティン(Astin, Alexander W.)教授が開発した全米でも定評のある大学生調査「CSS(College Student Survey)」に基づいて、日本版大学生調査「JCSS」を開発した。これはUCLAから正式に翻訳許諾の許可を取得したものである。2004年11月には試行調査を実施し、14大学から1329名の学生の回答を得た。これに引き続き、昨年は約4000名の規模で本調査を実施したところである。
 設問は、学習行動、価値観、能力、学習意欲、満足度等、多岐にわたり、設問数もかなり多い。調査データはさまざまな活用方法が考えられるが、ここでは本調査に先立ち、筆者が分析を担当した範囲で、JCSS試行版の結果のごく一部を紹介したい。
 既述のとおり、この調査では情緒的側面を重視していることから、学生がいかに大学に対して肯定的感情を抱き、充実した学生生活を送っているかという自己認識を教育成果の指標の一つとして位置づけた。これに用いるのが、「入学してよかったか」(過去)、「学生生活が充実しているか」(現在)、「選び直せたら、もう一度本学に進学するか」(未来)という三つの変数である。分析では、三変数のうち、すべてで肯定的回答をした学生を「第 I 群」、二変数で肯定的回答をした学生を「第 II 群」、一変数で肯定的回答をした学生を「第 III 群」、三変数とも肯定的回答をしていない学生を「第 IV 群」とした。この結果、サンプルの内訳は、第 I 群34.4%、第 II 群26.2%、第 III 群一19.1%、第 IV 群20.3%となった。第 I 群学生が大学(生活)に対して最もポジティヴな評価を、第 IV 群学生が最もネガティヴな評価を示すといえるが、実際、これら学生類型間では、学習、活動、生活、価値意識など、さまざまな面で傾向の違いが表れている。
 例えば、学習面に関しては、「授業をつまらない」と「たびたび思った」比率が、第 I 群学生で32.8%なのに対して、第 IV 群学生は64.4%とほぼ2倍にも上っており、ネガティヴな学生ほど授業をつまらなく感じている。また、「他の学生と一緒にたびたび勉強した」比率も、第 I ・ II 群ともに46.0%、第 III 群34.9%、第 IV 群31.6%と、ポジティヴな学生とネガティヴな学生との差異が顕著である。
 ネガティヴな学生が消極的なのは学習面ばかりではない。課外活動や余暇活動においてもあまり活発とはいえず、部活動や同好会・サークルなどの学生団体への加入率は、第 I 群から第 IV 群にかけて順を追って低下している。第 I 群と第 IV 群との加入率の格差は約20ポイントもある。週あたりの活動時間をとっても、友人との交際、部活動や同好会・サークル、コンパでは第 IV 群学生の活動時間が最も短く、他の三つの学生群との開きが大きい。
 このように、第 IV 群学生を中心としたネガティヴな学生には、学習上の躓きや学習意欲の減退だけでなく、活動・交際範囲の狭さが対人関係の不足をもたらし、孤独感・不安感を助長することも懸念される。「憂うつで、落ち込んだ」という項目に、「たびたびした」と回答した学生は、第 IV 群では46.2%にも上り、第 I 群の2倍以上となっている。また、価値意識に関する項目を分析したところ、ネガティヴな学生は社会や周囲の人間に対する関心・信頼が弱いばかりか、「自分の生きたい人生を送る」「友人関係を大切にする」など、いわば個や私的領域を重視するような生き方についてさえ、あまり重んじていないことが明らかになった。したがって、ネガティヴな学生が多くの悩みや不安、孤独感を抱え、自己信頼、自己肯定感から揺らいでいる可能性は否定できず、精神面におけるケアや学生間の交流の機会や場の設定が、今後ますます必要とされるだろう。
 こうした情緒面の傾向は、さらに学習達成度にも影響を及ぼす。大学の成績をみれば、上位・中上位者に第 I 群学生が多く、下位者に第 IV 群学生が多い。「効果的な学習技能を習得する」「学問的要求に適応する」などの項目では、ポジティヴな学生ほど「うまくいった」と回答しており、「時間を効果的に使う」「学生向けサービスを上手に利用する」といった学習面以外の項目でも、ポジティヴな学生は自己を高く評価している。
 今回の試行調査からは、おおむね、入学難易度が高い大学ではポジティヴな学生が多く、低い大学ではネガティヴな学生の割合が大きいと指摘できる。しかし、比較的難易度の高い大学でも、第 III 群は20%程度、第 IV 群は15%前後を占め、各大学には一定数のネガティヴな学生が存在している。そして、中・上位の大学においては、これまで述べてきた学生類型間による傾向の差異が一層明瞭となる。
 それでは、同一の大学内で、なぜこうした学生間の違いが生じるのであろうか。学生類型を教育成果(アウトプット)の一つの指標としてとらえた場合、それは何によって規定されるのだろうか。本共同研究が依拠している、アスティン教授が開発したI―E―O(Inputs-Environments-Outputs)モデルに従えば、次の二つの要素が考えられる。
 一つは入学以前からの学生の特性、言い換えれば、インプット要因に求められる。調査結果からは、第 I 群学生は第一志望校への進学者に多く、第 IV 群学生は第一志望校以外への進学者に多いという明瞭な対比ができる。また、進学理由では、「大学で学ぶ内容に興味があった」「学生生活を楽しんでみたかった」といった能動的・積極的理由がポジティヴな学生にそもそも強い傾向がみられた。
 もう一つは、入学後の環境要因が挙げられる。教育課程・授業に対する助言、学習支援、学生に対する敬意、励ましなど、各項目について大学教員から学生への提供が「まったくなかった」と回答する率は、いずれも第 I 群から第 IV 群にかけて順を追って増大する。ネガティヴな学生ほどこうした支援を受けていない、あるいは、受けていないと認識しているのである。
 では、インプット要因と環境要因は、どちらがより強く働いているのか。今回の試行調査では、学年の上昇とともに、ポジティヴな学生の比率が増大していくということも明らかになった。この結果を踏まえれば、大学入学後の環境要因が、インプット要因の影響力を弱めると考えることもできよう。この点に関するより詳細な分析は今後の課題であり、こうした教育効果のメカニズムを解明するためにも、継続的な学生調査の実施によるデータの蓄積と研究手法の精緻化が求められる。JCSSの開発は、科学研究費補助金の助成を受けた時限付きの研究ではあるが、研究の継続と発展にこれからも努力していきたい。
 【謝辞】共同研究の報告を本欄に掲載することを快諾してくださった研究代表者の山田礼子教授に紙面を借りて厚く御礼申し上げる。