アルカディア学報
国立大学で今何が起きているか-現状と今後の方向性
1、はじめに
早いもので、国立大学が法人化されて2年が過ぎようとしている。筆者は、2001年1月に事務局長として京都大学に赴任し、法人化以降は、総務・人事・広報・事務総合調整担当理事・副学長として、昨年九月まで、4年9か月にわたって大学運営に携わった。10月以降も、非常勤の事務改革担当理事を続けている。本稿では、京大での5年余りの経験を踏まえて、法人化後の国立大学の現状と課題を追ってみたい。
2、法人化によってできるようになったこと…教職員の人事制度
法人化は、教職員の非公務員化、教育研究組織の設置改廃に関する規制緩和と一体で行われた。その結果、国立大学は多くの自由と裁量権を得た。まず、第1に、人事制度と職員人事である。非公務員化によって、教職員の人事制度を各大学が自由に設計できることになり、教育研究、大学経営上のニーズに対応して様々な工夫が始まっている。経営改善係数により人件費が削減される中で、外部資金を活用して教員任用を行おうという動きが目立つ。京大では「特定有期雇用教員」制度を創設し、例えば、医学部では既に八九名の研究者が雇用されている。兼業・兼職制限も緩和された。教員には、専門労働型裁量労働制を適用した。
事務職員に関しては、法人化直後に、教員や企業の人事担当役員を含めた検討会において、採用からキャリア・パス、能力開発、評価、昇進、教員と職員の中間職種、図書、技術職員、非常勤職員のあり方に至るまで、人事制度の抜本的な見直しを行い、2005年3月に、とりあえずの結論を得て、できるものから実施に移している。例えば、自己啓発支援に関しては、無給ではあるが、職務専念義務免除による大学院修学制度の実現、新採用職員に対する一か月間の実務研修制度の導入、米国カリフォルニア大学デービス校との職員交流協定の締結、目標管理・上司面談制度の導入、評価基準の改善と評価の趣旨に沿った運用、課長や補佐の学内公募制度などである。職員削減が不可避の状況で、一人ひとりの目標意識を明確化し、意欲と能力・資質、専門性を高め、生産性を一割向上させれば、一割の職員減にも対応できる。さらに、幹部職員や専門性の高いポストへの競争試験によらない選考採用による、外部人材の登用が増加しつつある。京大でも、2005年7月に、京都市から新設の社会連携課長を採用したし、愛媛大学では就職課長を全国公募し、実に146名の応募があったと聞く。山形大学、東京工業大学の留学生課長、三重大学の社会連携課長、熊本大学の国際戦略室長、広報戦略室長の公募も行われた。新規採用の状況も、劇的に変わった。国家公務員時代の事務職員の応募倍率は、近畿ブロック平均で10倍程度であったが、法人化後は一気に跳ね上がって100倍を優に超えている。2005年度採用では、近畿ブロックの一次試験合格者約1000名のうち400名が京大の面接試験に訪れ、集団面接で80名に絞って、人事担当理事である筆者と人事部長、企業出身の総長特別顧問などによる面接を経て、40名の採用を決めた。京大をはじめ、大阪大学、神戸大学、関関同立、それに大阪と京都の府立・市立大学出身者が大半を占め、一人ひとりの意欲も高い。
3、法人化によってできるようになったこと…財務
第2に、財務である。各大学とも、大学としての教育研究、医療、社会貢献などについての目標を定め、その実現のための戦略を描き、具体的な実施計画の策定に腐心しているが、なかでも、定員、資金、スペースなどの資源の重点的・戦略的配分が重要である。従来は、文部科学省が人件費や物件費を事項ごとに積み上げて計算し、使途を特定して配分する一方、大学からの新規組織、定員、資金の要求を査定し、配分してきたので、大学として優先順位をつける必要などなかった。しかし、法人化後は、こうした作業を大学の中で行わなくてはならなくなった。京大のように多くの部局(学部、研究科、研究所、センター群、病院、図書館など)を抱える総合大学では、重点的資源配分を行うのは至難の業であるが、教員ポストに関しては毎年10名の「重要施策定員」と定削方式で生み出し、それを執行部の判断で、新たな組織、分野に配分する方向で検討している。私見を言えば、法人化後2年も経って未だに検討中では心もとないが、それだけ京大では危機感が薄いといえよう。他の国立大学、とりわけ地方の中小規模の大学の中には、もっと大胆な戦略的定員をプールして重点配分を行っているところがある。
法人化後の国立大学は、お金がいくらあっても足りない状況にある。老朽化・狭隘化した施設設備の改修(アスベスト・耐震対策を含む)、更新、高度情報化への対応、広報やリスク管理、訴訟対応、外部会計監査、決算分析や財務諸表作成など法人化に伴って拡充が必要となる経費、損害保険料、外部評価対応など、枚挙に暇がない。しかし、法人化によって国の予算措置がなくなった経費も少なくなく(非常勤講師手当など)、あるいは、積算基礎がはっきりしないため大学内での予算配分で後回しになりがちな経費(身体障害学生対応経費など)もある。さらに、人事や給与計算システムなど、従来は国が基幹校を決め、予算を措置して共通のソフトウエアを開発していたが、それも法人化後は個別大学任せになった。大学の支出費目で最大のものは人件費であり、これを削減すればある程度の対応はできるが、教職員の削減は教育研究の停滞に結びつく可能性があり、教職員の反対も予想されて実現は容易ではない。そうなると、光熱水料や物品調達経費の削減・圧縮、事務の簡素化・合理化とアウトソーシングの活用などによって経費を捻出するか、外部資金の獲得しか道がない。経費の削減は、当初は効果があるが、これも一定レベルに達すればそれ以上の削減は難しい。
したがって、どの大学も外部資金の獲得や資産運用による資金獲得に知恵を絞っている。京大はこれまで「孤高の学府」と言われ、寄附講座にしても寄付金受け入れに関しても消極的であったが、ここ5~6年の間に状況は様変わりし、法人化によって外部資金獲得に弾みがつきつつある。桂キャンパスには、半導体製造のロームから23億円相当の産学官連携施設の寄付を受け、VTR等製造の船井電機及び船井哲之社長の寄付による国際会議場、屋内運動施設兼地域連携施設の寄付も決まり、さらに、匿名の個人の寄付による図書館建設着手も間近い。寄附講座も、五年前のわずか三件から10件に急増している(と言っても、京大の潜在力からすれば、まったく物足りない。ちなみに、東京大学は40件以上)。さらに、電通との連携により「がんばれ!ニッポン」の京大版、「京大アカデミック・パートナーズ」プログラムが一年余りの検討を経て、ようやく本格稼動しつつあり、パートナー企業が順調に決まれば一社3000万円、3年契約の寄附プログラムがスタートし、これによって得た資金は、すべて学生支援、教育環境整備に充てる予定である。また、京大には寄付金(旧委任経理金)が80億円ほど滞留しており、このうち40億円を中期国債の購入に充てて運用している。さらに、経営改善係数の対応に苦慮している附属病院の設備、施設の改修にこの滞留資金から低利で貸付を行い、増収分で返済を行うスキームも検討に入っている。大学全体として使途、目的を明確にして、卒業生、名誉教授、企業などから広く寄付金を集めようという「京大基金」構想も動き始めている。京大が100年以上にわたって築き上げてきた、知的資産や国から出資された不動産などを活用し資金化していくために、今年4月には財務部を改組して「財務戦略・分析課」を設置する予定である。一方で、中小規模の大学や文系、教員養成系などの単科大学、歴史の浅い新設大学は、外部資金獲得といっても相当苦しい。しかし、道はないわけではなく、それぞれの大学の実情に応じたスキームを編み出すのが、大学の腕の見せ所であろう。いたずらに「うちの大学には、東大や京大のようなブランド力も、卒業生のネットワークも、地元に有力企業もない」と嘆くだけでは前進はない。「ないものを数え上げる」から「あるものを見出す」方向に転換する必要がある。
人事と財務という大学経営の根幹部分について、京大の例を取り上げながら、今起きていること、今後の方向性を述べたが、ここで与えられた紙幅が尽きた。今後、適当な機会に「戦略的意思決定、学長を中心とするリーダーシップ」「事務改革・組織改革」「社会的説明責任と大学」「教職員の意識改革」などについて、ご報告したいと考えている。