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アルカディア学報

No.219

私大の個性生かす評価―改革の前進と評価機構―

日本福祉大学常任理事 篠田 道夫

本格評価の開始
 財団法人日本高等教育評価機構(以下、評価機構)は、7月に文部科学省から正式に認証評価機関の認証を受け、11月からは本評価の実地調査も始まる。この間2月の試行評価、3月の訪米調査に参加、8月には評価員セミナー講師を経験した。これらを踏まえ、特に私立大学の個性を生かし、改革に繋がる評価を実現するという視点で、評価機構による評価の意義や特色、評価を改革に生かす大学運営について考えてみたい。日本の高等教育は七割強を私学が担い、しかも私立大学にしかない学部は全体の6割にも上る。規模も、歴史も、立地も、目的も様々な私立大学を一つの物差しで計ろうとしても、真の評価は困難だ。国立大学や大規模私学の平均値や大学院に重点を置いた研究型モデルを念頭に置くだけでは、これらの教育や経営の意義や到達度を正確に評価することは出来ない。特に、数の多い中小規模の大学、地方型大学が地域の文化創造と人材養成を担っており、この教育や経営の充実なくして日本の大学の質の向上や個性的教育は成り立たない。私立大学を主要な対象とし、私学の特性に配慮した評価をめざす日本で唯一の機関という点で、評価機構の設立の意義は極めて大きいといえる。

自己評価の意義
 評価の実施に当たって、自己評価報告書の作成はその中核作業である。これは現状や問題点を分析する白書、向こう数年間の大学の課題と改革方向を指し示す方針書として、全学に共有されなければ意味が無い。膨大なデータの分析・整理を第三者評価対応の作文に終わらせず、現実改革に連結させることが大切だ。そのためには自己評価組織をトップ機構の下に置き、改革に実権を持つメンバーで編成するとともに、この機会に「評価を通して改革を前進させる」というメッセージを構成員に浸透させ、評価活動への参加を組織することが大切だ。自己評価の過程こそ、全学の教職員が改めて現状を客観的に分析し、問題点や改善方策を共に考えることで大学改革への自覚的な参加を促し、また、改革方針への認識一致を作り出す、またとない機会だからだ。評価を通してプラン・ドゥ・シーの改革サイクルの再生を図ることが大切だ。評価機構の自己評価報告書は、「事実の説明(現状)」「自己評価」「改善・向上方策(将来計画)」の3段階で記述する。この自己評価の優れた特徴は、問題点を分析し改善策を考えるだけでなく、その優れた点、強みを積極的に引き出し、その「向上方策」を明記する。また、当面の対策のみでなく中長期の目標やプランを「将来計画」の形で記述出来るようになっている点だ。従って現状分析から出発し、将来計画を記述することも出来るが(帰納法)、建学の精神に基づく各分野の「将来計画」をまず明確にして、それを基準に現状を総括し、到達度を自己評価すること(演繹法)も可能となっている。改革方策を練る上で良く考えられたシステムだ。

評価基準の特徴
 評価基準の特徴の第1は「建学の精神」を明確に掲げ(基準1)、この理念が浸透し、教育・研究や諸事業に具体化されているかを見る点だ。これは私学の原点であると同時に、個性的教育の源であり、その大学の存在意義を内外に示す上で特に重要だと位置づけている。第2に「学生」という項を設定し(基準4)、その入学から卒業までをトータルに評価することで、教育や大学生活の全体の成果が学生の満足度の向上や育成に結実し、社会に有為な人材として送り出せているか、その総合的な成果を見るエンロールメント・マネジメントの立場を取っている点である。第3に「職員」の項目を起こし(基準6)、職員が大学を構成する重要な一員として、業務を通して経営や教学の改革推進を担う新たな役割と力量が期待されている。特徴の第4は、大学の設置者である「法人の管理運営体制」、経営のあり方を、「管理運営」の中で明確な評価項目に設定(基準7)している点である。今日、経営の果たす役割は極めて大きく、私学の評価にこの点は欠かせない。第5に「社会連携」「社会的責務」を評価基準とし(基準10、11)、大学の重要機能である社会や地域との連携や責任を明確な重点とした。産学連携や社会人教育、自治体や地域との連携した事業展開は、生きた教育・研究を追求する上でも、地域での大学の存在意義を確立する上でも重要な課題だ。さらに「特記事項」欄や「評価の視点」の独自設定により、特徴ある取り組みや事業を自由に記述、評価できるよう配慮されている。これら6点は、改革に繋がる評価機構による評価の重要な特徴と言える。

評価方針の特色
 評価の仕方では、第1に冒頭に述べた大学の特性、特に私学の特性に配慮した評価が挙げられる。建学の精神を機軸にした評価によってこそ、多様な目的と個性を持つ私立大学の的確な評価が可能となる。第2は定性的評価を重視している点だ。大学の特性をきちんと評価するためには、平均値などを基準とした定量的評価、数値評価だけでは限界がある。特に小規模私学では、全てを平均的にクリアすることは困難なことから、限られた資源を特徴ある事業に重点投下することで、その存在意義を鮮明にしている。目標や規模、環境を考慮し、その実現を目指す取り組み総体を評価し、努力の過程と成果、そして問題点と今後の方向性を定性的に示していくことが大学改革を支援する評価になる。ランキング評価、グレード評価を行わないのも、多様性と個性が顕著な私立大学間に数値で優劣をつけるのは相応しくないという考えからだ。第3には「コミュニケーション重視」が挙げられる。調査報告書の確定時と評価結果の判定時の2度にわたり設定されている意見申し立ての機会を始め、その全プロセスで十分な意思疎通をはかる仕組みになっている。

評価を生かす大学運営
 こうした評価機構の特色ある評価を活用し、改革に持続的に生かすためには、中長期的な計画が策定され、それに基づく運営が行われることが大切だ。評価とはそもそもこの自ら定めた目標への到達度をはかるものだからだ。ミッションを具体化する教育・研究、学生、就職、募集、社会連携、財政・人事等々、各分野の目標や計画の策定が持続的な大学の革新に繋がっていく。そしてこの根源に評価がある。評価による強みと弱み、問題点の分析抜きには的確な政策立案は不可能だ。現場の実態に根ざした変革によってしか競争に勝つ真の改革は出来ない。

意思決定と評価組織
 持続的改革を実現するためのもう1つの重要な点に、意思決定システムと評価組織の連結の課題がある。経営と教学の共通の問題認識、課題の共有により、一元的な政策の決定と推進が求められる。この基礎には全学的評価による共通の客観的認識が不可欠だ。学部を横断する一体的、全学的な教学改革を実現する上でも、学生実態や授業評価などを基礎にした分野別の評価推進組織が教育改革組織と結びつくことで、評価を生かした改革が可能となる。評価は当然ながら日常業務データの集積と分析の上に成り立つ。現場の実態を表すデータが企画立案に日常的に生かされる、職員の政策的業務が改革型運営を支える。

全学評価活動の連結
 1999年に自己評価が義務付けられて以降、様々な形で学内の自己評価活動が展開されている。第1に全学的な評価委員会等による自己評価報告書、データブックなどの取りまとめと公開、第2に教育改革の領域での授業評価、教育評価、それと連動したFD活動、学生実態調査アンケート、進路・就職状況調査、留学生調査など、そして第3に経営評価の領域がある。私立学校法の一部改正により事業計画、事業報告書の作成・公開が法的に義務付けられた。第4に厳しい環境の中、財務運営にも評価が欠かせない。明確な財政指標の設定と事業別の収支管理、投資と効果の検証なしのどんぶり勘定では、今日の縮小傾向にある私大経営は困難だ。第5に業務水準の向上、職員自身の成長のための人事考課なども避けられない。こうして見てくると大学の改革と発展には、目標設定と評価はあらゆる分野で不可欠な基本サイクルであり、評価活動の全学的な連結とそのための制度整備、データベース構築などが求められる。本評価の開始に当たって、評価機構の特色ある評価が、これらの取り組みと結びついて、持続的な大学改革の前進に繋がることを強く期待したい。