アルカディア学報
No.20
韓国の私学高等教育(下)
序列化進む私立大学
客員研究員 馬越 徹
ソウル中心主義
韓国の新学期は3月1日から始まるので、入学者選抜は前年の12月から新年(1月)にかけて行われる。受験生は、できることなら首都圏(ソウル)のひとつでも上のランクの大学を目指してしのぎを削る。最大のねらいが国立ソウル大学であることは言うまでもないが、それが叶わなければソウルの有力私大をねらうのが、高校生たちの一般的な大学選択基準のようである。ちなみにソウル特別市には国公立大学は4校しかないが、私立大学は約40校ある。韓国の大学入学者選抜は、国公私立一律の基準で行われており、日本の大学入試センター試験にあたる「大学修学能力試験(通称:修能)」の成績通知がなされたあと、各自が各大学に志願する。各大学はここ数年、いわゆる二次試験(筆記試験)を禁じられているので、学生が提出する「修能」試験の成績と高校からの「学生生活記録簿」(内申書)、および大学が独自に行う「論述(小論文)」や「面接」などを総合して合否を決める。全国の大学が4つの群に分類されているため、学生は4回出願できる仕組みになっている。ソウルの私立大学はこの4群に分散されているため、学生は希望すれば4回ソウルの大学を志願できる。ソウルに立地する大学の入試の倍率が高くなるのはそのためである。筆者などから見ると、なぜもっと多くの受験生が地方の有力国立大や有力私立大に志願しないのか不思議であるが、韓国人の多くはできることならソウル行きの「上り列車」に子どもを乗せたいと思っている。結果的に、ソウルの私立大学がますます脚光を浴びることになる。なぜこのようなことになるのか同僚に聞いてみたところ、一流企業に就職するにはソウルの大学を卒業した方が絶対に有利だからだという。つまり一流企業の人事担当者は、入社試験の成績が同じレベルの学生であればソウルの大学を出た学生を採るというのである。「ソウルの道(道路事情)も分からない地方大出身者より、ソウルの大学を出た学生の方が即戦力になる」という冗談ともつかない話を、筆者の周辺にいる学生たちの多くは信じている。
編入学制がもたらした定員割れ
こうしたソウル中心主義に拍車をかけているのが、1995年以来、入試の多様化および需要者(学生)中心政策の一貫として進められている「編入学(トランスファー)」制度である。編入学には、2~3学年に在学中の学生を対象とする一般編入学と、4年制大学を卒業した者を第3学年に受け入れる学士編入学の2つがあるが、いま地方の私立大学に深刻な打撃を与えているのは主として前者の編入学である。教育部によれば、1998年度の場合、編入学総数を8万人に拡大したところ、24万人もの学生がそれに殺到し、さながら「第二の入試」の状況を呈し、結果的に地方大学(特に私立大学)の「空洞化」(定員割れ)を招いてしまったという。ある調査報告書によれば、1996、97年の両年に編入学により流出した学生によって被った地方大学の財政的損失は、331億ウォン(約33億円)にのぼる。また地方大学に入学するや否や、ソウルの大学への編入学試験の準備にとりかかる学生も少なくないといわれており、このような学生がその準備のために予備校に支払った金額だけで、年間2,500億ウォン(約250億円)にもなるという調査結果が最近発表され話題になっている。このような編入学本来の趣旨に反する副作用が顕著になってきたため、教育部は1999年以後、編入学定員を各大学の入学定員の5%以内に縮小するとともに、2学年時の編入を認めないことにした。しかしこのような措置のみでは、韓国の学生のソウル志向を止めることはなかなか難しいようであり、一部地方私大の定員割れ状況は年々深刻になりつつある。私立大の三層構造
このような悪循環をなかなか断ち切れないのは、ソウルの有力私学を頂点とする私立大学の序列構造がますます強くなっているからにほかならない。筆者の見るところ、韓国の私立大学は、①ソウル・首都圏(京畿道、仁川広域市含む)の有力私学、②地方の有力私学、③地元の新興私学、が三層からなるピラミッドを構成している。もともとソウルおよび首都圏の伝統ある有力私学の前身は、日本統治時代に設立された専門学校にまで遡り、韓国でもっとも歴史のある高等教育機関であるといえる。したがって、近年盛んになっている各種の大学評価ランキングにおいても、ソウルの有力私学が常にトップ・テンを独占している。国公立大学は、韓国科学技術大学(科学技術処所管)やソウル大学を除いて競争力はそれほど強くないのである。
例えば、大学ランキングを売り物にしている中央日報社の2000年度の大学総合順位をみても、第1位・韓国科学技術大学(国立)、第2位・浦項工科大学(地方有力私学)、第3位・国立ソウル大学に続く第4位以下のトップテン大学は、延世大学、高麗大学、漢陽大学、成均館大学、梨花女子大学、慶熙大学、西江大学の順になっており、これらはすべてソウルにある有力私学である。しかもこれら有力私学は歴史と伝統がある大規模総合大学であるので、全国の学生が殺到することになる。同じランキング調査の第11位から20位までを見ても、首都圏の有力私学4校(カトリック大、亜州大、中央大、仁荷大)が上位を占め、それに続いて地方の有力私学3校(嶺南大、蔚山大、仁済大)と地方国立大学4校が肩を並べているのである。
近年、教育部が大学改革事業に熱心な私学に対し、改革項目(例:カリキュラム、入学者選抜方法、授業法改善等)ごとにかなりの額の財政支援を開始しているが、2000年9月に発表された優秀大学23校をみても、上位10校はすべてソウルの有力私大が占め、地方有力私大13校がそれに続くかたちになっている。これらの助成対象校に、いわゆる地方の新興私学は1校も選ばれていないのである。評価と財政支援とをリンクさせる最近の教育部の政策を続けていけば、「貧益貧・富益富」現象を招き、私学の三層構造はますます強化されることになる。
地方新興私学の危機
いま私学関係者がもっとも心配しているのは、地方の新興私学の経営危機である。このところ学園(理事会)の内紛が頻発し、最近では教育部から閉鎖通告を受ける大学まで出てきている。これらのなかには、学生定員の半数も確保できない大学も少なくないらしい。全羅南道の地方都市に立地するH大学では、学生24人が「教育環境が悪く学習権を侵害された」として学校法人を相手どり損害賠償請求訴訟を起こし、このほどK地方裁判所は「被告(大学)は、学生1人当たり350万ウォンから500万ウォン(約50万円)を支払わねばならない」という学生勝訴の判決を下した。このような判決は、韓国の大学史上はじめてのことだけに、大学設置の「自由化」以来続いてきた私学の乱立に、司法が警鐘を鳴らしたものとして、関係者は事態を深刻に受けとめている。拡大に拡大を重ねてきた韓国の私学高等教育は、いま最大の危機を迎えていると言わなければならない。(おわり)(本稿はソウル滞在中の馬越氏に現地から寄稿していただいたものです