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アルカディア学報

No.193

教員の協働文化醸成を―大学教員の人事評価の現状と課題

私学高等教育研究所研究員 坂本 孝徳((学)鶴学園・広島工業大学 副総長・教授)

《授業評価導入の経緯》
 平成3年の「大学設置基準改定」の時期と前後して、教育研究活動等に関して「自己点検・評価」を実施しようとする動向が見られ、様々な取り組みが各大学で行われた。しかし、大学関係者の関心は、文部省の「大学改革の現状(平成6年)」など、当時の報告資料から見る限り、教育活動よりも研究活動に向けられていたと言ってよいであろう。また、教員の教育活動の評価については、「シュラバスの作成」と「学生による評価」に関心が集まっていることが認められる。
 元来、アメリカの大学で普及した学生による授業評価は、学生の大学や教員へのアカウンタビリティの要求と学生の消費者主義によって推進されてきたと言われるが、日本では学生が直接的にそのような要求を表明することは稀であった。
 さらに、教育よりも研究に関心を持つ教員は、授業などの教育を自ら評価したり、他者から評価されたりすることには、関心を示さなかったのである。学生による授業評価を実施している大学はきわめて少なく、文部省の調査(平成6年度)によると、学生による授業評価を一部でも実施している大学は535大学中46大学(約8.5パーセント。以下、%)であった。当時、学生による授業評価、あるいは教員の教育活動評価に批判的な意見の多くが、学生から高く評価された教員が優れた教員として評価することができるのかどうか、という点に懐疑を持ち、教員評価の資料として活用することの妥当性を疑問視するものであった。
 その後、平成10年の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」においては、責任ある授業運営と厳格な成績評価のためのFD(授業内容・方法の改善・向上のための組織的取り組み)や教員資格における教育能力の重視、授業の質的向上のためのシュラバスの作成や学生による授業評価の導入、平成12年の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」においては、教育方法・履修指導の充実のための学習指導・履修指導体制の充実や実体験の重視や職業観の涵養、教員の教育能力向上及び教育の質的向上を図るための評価・認定のための教員の教育能力と実践的能力の重視や教育活動に関する自己点検・評価の推進、などが求められていた。
 それらの政策がどのように大学改革に取り入れられているかを文部科学省が平成14年度に実施した「大学における教育内容等の改革状況について」の調査結果から見てみると、国公私立大学686校中551大学(約81%)において「カリキュラム改革」を実施しており、また、574大学(約84%)において「学生による授業評価」が実施され、その大学のうち授業評価の結果を「改革に反映させる組織的な取り組み」を行っている大学は194大学(約28%)となっている。さらに「FD」は458大学(約67%)において実施されており、その具体的内容としては「新任教員研修会」165大学「教員相互の授業参観」134大学、「センター等の設置」82大学、などが挙げられている。そして、「教員の教育面の業績評価」については161大学(約23%)で取り組まれている現状にある。
 他方、日本私立大学協会大学教務研究委員会が平成14年度に実施した「多様化する学生に対応した教育取り組みに関するアンケート」の調査結果(331調査対象大学中294大学から回答を得た)を見ると、「教育改善に向けた教育評価の形態」については、「教育評価の結果を賞や給与等に反映させるインセンティブ型」が25.6%、「教育評価の結果を教育改善に役立てるフィードバック型」が53.8%、「その他」10.3%となっており、「教育評価結果のインセンティブとしての活用内容」として、「昇格」15.7%、「給与」3.9%、「期末手当」15.7%、「研究費」3.9%、「優秀者・組織体への顕彰・褒賞金」9.8%、「反映させるまでには至っていない」25.5%、「その他(特別昇給・勤勉手当・賞状など)」25.5%となっている。

《教育評価から人事評価へ》
 昨今においては、従前の研究に係わる評価に加えて教育に関する評価に学内業務や社会的貢献などの所謂サービスをも含めた教員の活動全般について総合的に評価を行ない、教員評価を昇進・昇格、給与・賞与などに反映させる人事評価への取り組みが見受けられるようになってきた。ここで紹介する事例は、大別して成果主義に重点を置いた取り組みと、目標管理に重点を置いた取り組みである。
 まず、成果主義に重点を置いた取り組み事例の概要を紹介すると、評価に関する基本的考え方は定量化、自主尊重、結果主義、透明性の4点とされ、評価項目は教育、研究、社会的貢献、広報、及び学部資金導入等、大学への直接間接に貢献する活動であり、各項目に関する評価は質、種別、及び量を考慮して数値化している。評価対象者は教授、助教授、及び講師であり、評価関連資料は随時提出することとされ、2月下旬に事務局で整理し、「教員評価委員会」の協議を経て、3月上旬に評価が確定するものである。評価結果の取り扱いとして、一般給与の教員については年度末の勤勉手当の支給額が加算され、年俸制の教員については昇給(降給)、昇格(降格)の基準として使用されている。
 次に、目標管理に重点を置いた取り組み事例の概要を紹介すると、理事会において長期経営ビジョンを提示し、その中の一つである「教育中心の大学として、教育の質を高める」という大学の方針を具現化するために教員に目標管理に基づく人事考課を実施している。そして、教育職規程を改定し、教員の職務を学生の教育・指導、教育研究、学内業務、研究活動と規定したうえで、目標とすべき5項目を定め、教員がそれぞれの項目について年度の目標設定を行い、目標の確認、進捗状況の確認、年度末の自己評価、評価者による評価とフィードバックを実施している。賞与の額は、設定した目標の達成度を踏まえ、4点からなる要素に照らし決定される。

《人事評価に関する課題》
 多くの関係者や研究者が指摘しているように教員の人事評価を適切に実施するということは、これまでの大学の体質を変えていくことであって、おそらく比較的短期間に実施された「自己点検・評価」のように組織改革や規程の変更によって容易にできるものではない。
 これまでの大学教員の職責を研究と教育という2面からのみ捉えて、研究か、それとも教育かという二者択一の思考方法を変える必要があるのではないかとも思われる。例えば、ボイヤー(Boyer,E.L.)は、大学教員に求められる学識(Scholarship)を知識の発見、解釈、統合、応用、普及と捉えており、この学識観は教員の職責の固定観念を変える可能性を示唆している。学識観や職責の模索によって大学教員の教職観とその評価観も変わるものであり、これらの検討も今後の大きな課題と言える。さらに、当該大学の社会的役割や位置づけを規定することにより、研究・教育・社会貢献などのいずれかに重点を置くかが明確となり、自ずと教員に対する評価領域の設定項目や評価基準が設定できると考えられる。
 特に教育に関する評価については、教育課程経営(Curriculum Management)という視点から大学の教育理念や教育方針、学部・学科の教育目標や人材養成像、授業科目のカリキュラムなどが体系的・有機的に捉えられていない場合もあり、教育目標と授業科目のカリキュラムとの関連性を確保するとともに、教育に関する評価を診断的評価などに位置づけて教員の指導方法の改善などの自己評価機能を拡充させる必要がある。教員評価が人事評価のための道具に限定的に用られたり、教員への単なる圧力としてのみ機能することのないようにするためには、教員の力量形成を促進するための研修制度などの整備拡充が不可欠であり、昇進・給与制度の改善なども併せて考えなければならない。
 あえて、誤解を恐れずに言うならば、教員人事評価の究極の目的は閉鎖性・消極性・慣例墨守などという用語で代表される負の風土を改善するための「教員の意識改革とそれによる行動の変容」である。その意味で大学経営管理者層には、教員がビジョンを共有し「同僚性(われわれ意識)」「革新性」「自律性(専門性・責任性)」を持って、共に働くことに積極的に関与する協働文化(Collaborative Culture)を醸成するための方策とリーダーシップが求められる。