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アルカディア学報

No.189

私学が高等教育の潮流を作り出す―D・レヴィー教授を迎えた公開研究会より

東京学芸大学助教授 田中 敬文

 私学高等教育研究所主催第21回公開研究会は、ダニエル・レヴィー(同研究所外国人客員研究員、ニューヨーク州立大学オルバニー校)教授を迎えて平成16年12月6日に行われた。「私立高等教育のグローバルな動向―PROPHEの試み」と題する講演では、レヴィー氏は、高等教育の潮流を担うのは私立であることを一貫して強調していたように思う。講演は二つの部分からなる。第一部はPROPHE(プロフェ、Program for Research on Private Higher Education)の意義と組織・研究内容についてである。
 プロフェの目的は、私学高等教育の知識を構築し、それを普及することにある。高等教育一般、特に私学高等教育を中心とする研究者が非常に少ない状況において、プロフェは七名の協力研究員、九名のアフィリエイト(研究員)、多くの博士課程学生を擁し、国籍は約20カ国にも渡る。また、プロフェは協力センターをいくつか抱えており、私学高等教育研究所が初のセンターである。他には中国の北京大学、チリ、南アフリカにある。また、国の枠を超えたリージョナルセンター(地域センター)を中央東ヨーロッパに設置したのを手始めに、アフリカやラテンアメリカへの設置計画を進めている。これらのセンターを通じて、プロフェは研究者のネットワークを構築し、私学高等教育について共同研究を積極的に進めており、他の国の私学高等教育がどうなっているかについてお互いに知ることこそプロフェの意義がある。
 プロフェでは、各国の私学高等教育に関する客観的なデータベースの作成、各国の高等教育法や規則・規定の収集、私学高等教育に関する文献集の作成等を行っている。データは議論を進める際の拠り所となるものである。ここでレヴィー氏は、どのような国で、どのような理由で、それぞれの高等教育法や規定があるか知っておくことの大切さを強調していた。また、文献集により、国ごとに、主題ごとに私学高等教育について何が書かれているか見ることができる。なお、国ごとの私学高等教育に関する本の出版は考えておらず、むしろ、国を超えた共通のテーマ、例えば、公と私の関係・協力、営利と非営利等についての本を編集したいという。
 私学高等教育は最近、世界的に急速に拡大している。東アジアでは特に社会主義圏の国々で、東ヨーロッパでも、またアフリカ、中東特に湾岸諸国においても、予期していなかった私学高等教育の発展が見られるが、実際には何が起きているのかはよくわからない。一方で既に私学高等教育が主流として存在している国においては、今度はその性格が急速に変化している。アメリカ合衆国における、急速な営利高等教育機関の発展は、誰も予想していなかったことである。そして日本で起きているような国公私に渡る設置形態の揺らぎも興味深い。こうした私学高等教育とそれを取り巻く環境の大きな変化を踏まえて、講演は第2部へと進んだ。なお、プロフェについては米澤彰純(研究員、大学評価・学位授与機構)助教授による「アルカディア学報183」も参照されたい(ウェブサイトはhttp://www.albany.edu/~prophe/)。
 第2部のテーマは、現在の私学高等教育の動向が、より大きな一般的な高等教育全般の傾向に対してどのように適合し、その変化を先導しているのかである。私学高等教育はそれ自体が全く単独で存在しているわけではない。私学高等教育の変化は経済的、社会的、政治的な環境によって影響を受け、更に公的な高等教育セクターの影響を受ける。ただし、それは私学高等教育が公的な高等教育と同じことを意味するわけではない。そこで、私学高等教育が高等教育全般の動きに対してどのように適合しているのか、また場合によってはどのように先導しているのか知る必要がある。
 まず、歴史的な発展の経緯から見ると、多くの国の高等教育は多くは公立として設立され、20世紀に入ってからもその傾向がある。レヴィー氏は、公的な機関ができてから私学高等教育ができると考えており、一般に私学高等教育は公的な高等教育に入れなかった場合の第2の選択肢と考えている。彼のアプローチは、各国が法で私学高等教育と定めているものは全て私学とみなし、法で公的な高等教育と定めているものは公的とみなすものである。そして、実際に私学が何をしており、公的な機関が何をしているのかを見ようとしている。例えば進学者の受け入れについて見ると、高等教育の規模拡大を私学が大部分を担った国として日本があげられている。先進国の中で、日本ほど私学に通う学部学生の比率の高い国(77%)はない。アメリカでは21%のみである。進学希望者が増大する一方、公的な高等教育への支出が増えないことは私学高等教育拡大のインセンティブとなる。日本はラテンアメリカ諸国と同様、高等教育の規模拡大において私学が主導的な役割を果たしたのである。ただし、世界的には、私学高等教育の基礎的な機能、またはミッションは学部教育であって大学院教育や研究ではない。大学院教育や研究で私学高等教育がリードしている唯一の例外はアメリカである。
 次に、私学高等教育はアカウンタビリティとオートノミー(自主性)の問題に関して、高等教育一般のトレンドにうまく適合しており、更に場合によっては指導的役割を果たしている。私学高等教育は公的な機関よりも自立性が高く、多様に存在する。また、誰が財政支出をするにしても、財政支出をする人に対して、そのアカウンタビリティを示すという点でも私学が先行するという。ここでのアカウンタビリティは、経営における収入構造を反映している。つまり、私学高等教育はこれまでのところ政府から公的な資金を受け取ることが少なく、学生納付金をはじめとする民間資金に依存していた。ところが、公的な機関もそれへの公的な資金投入が減少する中、民間資金等の多様な収入に依存せざるを得なくなった。公的な機関が直接的な政府の財政援助に頼ることなく、より私的な収入を得ていく行動は、これまでの私学高等教育が長い間とっていた行動そのものである。すると、私学高等教育は財政の問題に関しても、単純に高等教育全体の動きに適合しているだけではなく、指導的役割を果たしているのである。
 その他、アカデミック・プロフェッション、学生のポリティックス、グローバリゼーションといった多くの側面から見て、私学高等教育は常にその全体の流れにうまく適合し、時に、その潮流を先導している。
 最後に、国公私にわたり設置形態が揺らいでいる日本の私学高等教育が世界のリーダー的存在になるであろうという予測(期待?)により講演が締めくくられた。
 筆者がレヴィー氏の名前を初めて知ったのは、編著Private Education: Studies in Choice and Public Policy(『私立教育:選択と公共政策の研究』)によってであった。同書はエール大学のNPO研究プログラムの中の1冊として1986年に刊行されたもので、E・ジェイムズ女史らの著書と並んで、私立大学をNPOとして分析した研究の先駆けであった。レヴィー氏が講演でたびたび指摘したように、私立大学を研究する際には日本が一つのモデルとして語られることが多い。同書でもレヴィー氏は、国による高等教育への資源配分のタイプとして日本を取り上げていた。また、同書では、DeVry大学のような営利大学と私立非営利・公立大学との競争についても既に言及していた。
 このたびの来日が初めてであるというのは驚きであったが、これまでの高等教育の潮流を担い、これからも担うのは私立である、と熱く語りかけるレヴィー氏の講演に感動したのは私だけではないであろう。最後に、流暢かつ的確な通訳をされた米澤氏の労をねぎらいたい。