アルカディア学報
キャリア教育の新しい潮流―日本キャリアデザイン学会が発足
《キャリア教育の背景》
現在日本の社会は価値観の多様化や、新たな枠組みの構築に向けての措置改革という大きな時代の流れの中で、個人の実力が重視される競争社会へと向かっている。別の言い方をすると、工業社会が成熟段階にさしかかり、知識社会に移行しているといえる。この知識社会においては、無形の知識が最も重要な経済資源になるような社会のことで、知的創造が重要になるいわゆる知価社会と呼ぶことができる。工業社会においては、有形の固有資産が重要な資源だったが、知価社会では、知的創造活動の担い手は個人ということになる。
一方、企業社会の側から見ると、社員各自が自身のキャリアを考えて、目的意識を持つことが個の強化につながり、ひいては会社全体の戦力向上につながると言った考えが主流となっている。そして、いかに人材を育成するかということと同様、いかに優秀な人材を会社にとどめておくかという仕組みづくりに関心がよせられてきている。
また個人には、人が一生でひとつの企業のみにこだわることなく、キャリアアップやキャリアチェンジへの意欲を積極的にもち、流動化する労働市場において、能動的に転職を実現する能力をかね備えることも求められている。別の言い方をすれば「個人」は自分の能力を「社会」の中で発揮できることを主眼として考え、「企業」は個人に選択されるような「場」を提供するという、新しい「個人」と「企業」の緊張感ある関係が両者を切磋琢磨し、共に強くなる原動力を生むとNECユニバーシティ経営研修所長の菊地達昭氏は述べている。
さらに、文部科学省「学校基本調査」によると昨年3月の大卒生のうち、就職も進学もしない者が27%に及んでいる。その中でフリーターは5%、残りの22%は実態不明である。フリーターに至っては、内閣府の集計によれば、2001年で前年比33万人増の417万人、若年人口に占めるフリーター比率は1.7ポイント増の21.2%、つまり5人に1人はフリーターということになる。
さらに無就業者の中には、ニート(Not in Education, Employment, or Trainingの頭文字)と呼ばれ、学業につかず、仕事をする意欲もない社会とのつながりが薄い若者(若年無業者)が52万人との厚生労働省の統計もある(2004年版『労働経済白書』)。本来フリーターとは、自己責任を持って将来を考えているので、あえて定職につかないという意味で使われ始めたのだが、現在ではマイナスのイメージの意味で使われており、社会全体では400万人のフリーターがもたらす経済的損失は年間8.8兆円にもなり、GDPの各月成長率も1.7%押し下げるなどの報告もある。
《日本キャリアデザイン学会が発足》
このような背景の中、9月25日、東京・市ヶ谷の法政大学を会場に日本キャリアデザイン学会の設立記念総会が開かれた。総会には300人ほどの参加者が集ったが、そのバックグランドを見ると、企業のキャリアアドヴァイザー、人材ビジネスのカウンセラー、教育NPOのボランティア、地方公共団体の職員、高校、専門学校の教員など、多種多彩で大学の研究者はむしろ少数グループだった。
2日目の発表の内容を見ても、16人の発表者のうち4人が企業関係者、4人が地方公共団体、4人が大学、2人が高等学校、他の2人が専門学校関係者だった。これはキャリアという概念が大学ではなく、むしろ高等教育機関の外側にあったことを示しており、清成忠男学会長が「キャリアデザイン学はまだ萌芽状態でキャリア学の体系化が目標」と述べられていた挨拶に集約される。しかし私は、この2日間にわたる熱心な討議と参加者の熱意を見て、もしもこの学会が成功すれば産官学が共同して一つのテーマを研究するという新しいモデルになり得るのではないかと強く感じることができた。
《キャリアデザイン学》
キャリアデザインを学部、学科の名称につけた大学はまだ数えるほどだが、私が所属する大手前大学でも、来年度よりキャリアデザイン学科をスタートさせる。この学科は、従来は就職セミナーの領域だったキャリアデザインを学問として4年間かけて学び、厚生労働省が認めるキャリアデベロップメントアドバイザーというキャリア開発の専門資格の受験資格取得をめざす。他方で、学生は自分自身のキャリアプラン、ライフプランを開発できるという重層的な措置が一つの大きな特長である。キャリア教育においては、自分は何ができるのかという自分を見つめ直すところからスタートする。この部分は企業におけるキャリアカウンセリングで豊富な経験を有する株式会社ライトマネジメントコンサルタンツジャパン社(以下、略称ライトジャパン社)と業務提携した。
昨今の学生の大学選択、卒業そして就職と言った彼等の人生設計の過程を見るにつけ、本当にじっくり自分の「生き方」を見据えて判断しているかと言うと、ミスマッチが多く生じている。この原因は、一つには若い時期からこの問題に対して深く考える機会が与えられていないこと。そして今ひとつには日本の社会制度そのものに起因し、高校を卒業したら大学、大学を出たらまよわず就職というコースがメインストリームで、それ以外はおちこぼれと見なす風潮があるからではないだろうか。
人間には人それぞれ個性があるのと同様、発達のスピードはまちまちのはずである。この考え方に基づき、新設学科にはキャリアカウンセラーを学生のサポート役として配置する。
《ライトジャパン社と業務提携》
同社はグローバルに展開する再就職支援サービス・人事組織コンサルティングの専門会社で、企業のキャリア施策や議題、労働市場に詳しい民間企業、求職者のニーズにあった求人開拓・紹介に定評があり、研修セミナーや独自のワークショップなどを提供している。本学では同社の協力により、1年生のオリエンテーションから将来設計についてキャリアカウンセラーによるガイダンスを行い、学生に自分でキャリアを選択し、マネジメントする力を養成する。
既にアメリカでは1982年に全米認定カウンセラー協会が設立され、カウンセリング修士号を持った者を対象に全米認定試験を実施するようになった。全米認定カウンセラーは3,7360人おり、うち7%がキャリアを専門に扱うキャリアカウンセラーで、日本においても厚生労働省が2002年度から5年間で5万人のキャリアコンサルタントを育成する目標を掲げている。
9月30日には、キャリアデザイン学科開設記念として、「キャリアから始まる21世紀の生き方」をテーマにホテル阪急インターナショナルにてフォーラムを開催した。若くして福助株式会社の社長にヘッドハントされた藤巻幸夫氏の基調講演と、神戸大学大学院教授の金井壽宏氏のコーディネートによるシンポジウムを行い、1000人を超える聴衆が熱心に聞き入った。参加者の多くは、30代の若手サラリーマンで、仕事を通じて「自分らしさ」を求める世代に見てとれた。
今後このような新しい社会の流れから見て、いくつかの大学にキャリアデザインを専門とする学部・学科が誕生するのも自然な成り行きと考えている。