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アルカディア学報

No.175

専門学校の高度化―今後の方向を考える

国立教育政策研究所高等教育研究部総括研究官  塚原 修一

 近年、専門学校(専門課程をおく専修学校)の高度化が進行し、4年制の教育課程や、専門学校ないし大学等の卒業を入学資格とする教育課程が誕生している。学校基本調査の速報(平成16年度)によれば、生徒数の28%が3年制(修業年限3年~3年11ヵ月)の学科に、5%が4年制以上の学科に在席している。また、全入学者の8%が他の高等教育機関を卒業している。
 専門学校側は高度化に積極的である。専修学校構想懇談会の報告書『専門学校の新たな取組み』(2003年)では、学校評価システムの導入や、専門学校を対象とする評価機関の設置とともに、専門職大学院に対抗し得る専門学校独自の高度職業人養成機関(仮称マイスターコース)の創設が提言された。
 一方、中央教育審議会大学分科会における「高等教育のグランドデザイン」の審議の中では、専門職大学院制度の創設により、大学院教育と専門学校教育の関係が曖昧になっているとの指摘がなされるとともに、4年制の専門学校卒業者への大学院入学資格の付与が検討事項となっている。これらは、専門学校の高度化が日本の高等教育システムに少なくない衝撃を与えていることを示唆する。財団法人政策科学研究所が昨年度に実施した経済産業省委託調査に関与したので、その成果の一部を紹介したい。

 《高度化とは何か》
 高度化を表す指標として、修業年限と入学資格が考えられる。高度化には2つの側面がある。1つは教育プロセスの高度化であり、それが順調に機能した場合の結果(アウトプット)の高度化である。すなわち、高校卒業者を対象に2年間の教育を行う標準的な課程にくらべて、どのように高度な教育が行われるのかである。これは、供給側の高度化といえよう。
 もう1つは、教育の成果(アウトカム)の高度化である。他の教育課程や学校等の卒業者に比べて、どのように高度であると、そうした教育課程の卒業者が労働市場において評価されているかである。こちらは、需要側との関係によって規定される高度化といえよう。専門学校の卒業生に対する新たな人材需要が、高度な教育を必要とする領域で拡大しているかどうかに注目することになる。

 《修業年限の高度化》
 学校基本調査の速報から3年制以上の学科で生徒数の多いものをひろってみると、3年制では看護が生徒数の4割を占め、4年制以上では理学療法士、作業療法士などが6割を占めた。これら、従来から定着していた学科については、3年制とは別に4年制が生まれている。そのほか、情報処理などの分野でも3年制や4年制の新しい学科が誕生している。これらの中には、より上位の職業資格の取得をねらって、資格取得(や受験資格の取得)の規定に対応して修業年限を設定したものが多い。修業年限の長期化に対して、高次の職業資格がその成果とみなされているのである。

 《入学資格の高度化》
 専門学校あるいは大学等の卒業を入学資格とする教育課程を対象として事例調査を行い、類型の抽出を試みた。まず、教育プロセスの高度化については以下の類型がみられた。(1)専門性の深化。専門学校などで学習してきた領域をさらに深める。(2)専門性の拡大。専門学校などで学習してきた領域の隣接領域を学習する。(3)異なる専門性の付加。専門学校などで学習してきた領域に、異なる領域の専門性を付加する。典型的には、マネジメントやビジネス等の専門性を付加する。
 教育の成果については、以下の類型がみられた。
 (1)新領域の高度人材
 今回、調査した範囲内で数多く見出されたわけではないが、典型的と思われたのは情報セキュリティ分野である。このような人材需要は新しく、しかも一般的な情報処理のうえにセキュリティ関係の学習を必要とする点で高度である。難度の高い資格(情報セキュリティアドミニストレータ)をめざすという意味では、高次の職業資格をねらうという側面を併せ持つ。
 (2)高度な専門能力
 調査した範囲内では服飾デザインがこれにあたる。最初の2年間の専門学校教育によって基礎技術を習得し、上位の教育課程に進学してからは、自由な創作活動によってクリエイターとしての力量を形成する。
 (3)専門に通じた経営人材
 それを養成する高度な教育課程が、実務家養成、中堅人材養成などの課程と同じ学校内にあることが重要である。それによって、専門と経営の知識だけでなく、学内の知己を結集すれば起業もできるような人脈をもつことができる。この高度さが大学におかれた課程との違いであり、教育内容のダブル・メジャーにとどまらない意味をもつ。

 《高度化の帰結》
 高卒者を対象に2年程度の教育を行う学校として出発した専門学校が、教育期間を延長し、入学資格を高度化させて大学や大学院に匹敵するようになったとき、専門学校はどのような性格の学校になるのであろうか。考えられる可能性として、(1)大学に限りなく近づく、(2)提言された「仮称マイスターコース」のように、学位とは異なる資格を授与する学校となる、(3)学位や資格よりも労働市場の需要にしたがって高度な教育を行うという3つの方向が考えられよう。
 (1)4年制の専門学校の教育内容は、より短期の教育課程にくらべれば大学との類似性が高く、外国語や人文社会科学など、大学の教養課程のような科目を組み入れた例が少なくない。
 高次の職業資格をねらう教育課程の中には、同じ課程が大学と専門学校とに存在するものがある。その代表例に、理学療法士と作業療法士がある。これらは、主務大臣の指定を受けた、修業年限3年以上の学校または養成施設の卒業者に受験資格が与えられ、4年制大学、3年制短大、3年制と4年制の専門学校のいずれにも指定課程が存在する。
 これらの課程では、93単位分の教育内容が法令によって規定されている。したがって、大学と専門学校の教育内容の違いは、法令に規定された教育内容をいかに教授するか、それ以外の部分をどのように構成するかに現れる。このほか、教員資格、教員の人的構成、施設設備などの教育条件、学内での研究条件など、大学設置基準に規定されるような事項には両者の違いがみられよう。
 (2)「仮称マイスターコース」では、学位ではない修士相当の資格を学校が授与することになる。一定の条件を満たした専門学校は、すでに専門士の称号を授与できるから、それを高度化した形態を構想する余地はあろう。米国の職業学位(occupational degree)にあたるものを高度化して定着させる方向として考えられてもよい。大学の学士課程が教養教育中心になるとすれば、その卒業生に職業能力を付与する場のひとつとして、専門学校が活動する余地はある。
 (3)今回の事例調査から導かれた高度化の類型は、おおむね「労働市場に従った高度な教育」に当たろう。専門学校の卒業生は即戦力があるとされるが、同時にそうした技術の陳腐化は早いかも知れない。修業年限が2年程度の課程では、それもやむを得ないにしても、より高度な課程において、どのように対処するかは検討されるべきであろう。
 専門学校の特色は柔軟性や多様性などにあり、その結果として教育課程の迅速な転換が図られてきた。しかし、高度化から想定される3つの方向性は、いずれも現在の専門学校がもつ優越性の一部を手放さなければ獲得できないと思われる。たとえば、修士に相当する資格を授与するとなれば、教育課程を存続させて資格の価値を維持する社会的責任が発生するのではないか。ここに専門学校の高度化が直面するジレンマが見られるように思われる。
 進学率が今後も上昇し続けるとして、新たに進学する学生層をいかなる高等教育機関のどのような教育課程に迎え入れるかは、大学にとっても重大な問題である。多様で柔軟な高等教育システムを形成するために、その全体を視野に入れた検討が求められよう。