アルカディア学報
危機にたつ私大文学部 ―就職率の変遷が示唆するもの
社会や学生に対して私立大学の文学部が果たすべき機能はなにか。それぞれの文学部内では現在この問題について対応策に迫られ、学科レベルの教育課程改革にとどまらず、学部改組や定員削減などが続いている。たとえ研究よりも教育重視という戦略を採用したとしても、就職難という時勢の中であえて工学や社会科学ではなく人文学をしかも「文学部」という古風蒼然たる学部で学ぶことへの抵抗感が受験生の中でも決して少なくない。あるいは学問の特性から学科が細分化され学科数が増加しがちであり、他の社会科学系学部と比較して教員数を多く確保しなければならないために、大学経営戦略としても従来の規模を維持することが困難になっている。戦後日本の、とりわけ女性の大学進学率を支えてきた文学部が、現在その規模の大きさから生じる課題に直面しているのである。
本論では、『学校基本調査報告書(高等教育機関)』および『全国大学一覧』掲載のデータなどをもとに、文学部が直面している課題の一端を確認してみたい。まず文学部の改組状況を学部数と定員の動向から整理し、次に文学部内の就職状況の学部内格差とそれを生み出している原因を考察することにしたい。
まず文学部をめぐる過去5年間の状況変化をみておきたい。学部改組などにより1999年度から2004年度までの5年間に、私立大学文学部(昼間部)の学部数は111から98へと1割以上減少し、並行して昼間部の学生定員も49,619人から40,516人へと2割近く減少した。もちろんこの減少の多くは学部改組などによって生じているものであり、それ自体を文学部の危機と単純にはいえない。しかし夜間部の学部数、および夜間主コースを含む夜間課程で主に学んでいる学生数の状況は文学部の置かれた深刻な状況を示している。
この5年間で私立大学の第2部(夜間部)は10学部から5学部へと半減しており、夜間主コースを含む定員は2,890人から1,980人へと3割以上減少している。2005年度4月からは明治学院大学文学部第2部の学生募集も停止され、今後学部数・定員ともにさらに減少することになる。
この第2部や夜間主コースの急減状況が示唆しているのは、もはや文学部には夜間に設置された課程を維持するだけの力量を失いつつあるということである。社会人をはじめとする夜間を主たる時間帯とする学部学科への進学希望者がもはやその規模を維持するほど存在していないこと、それと比して夜間のみの課程で卒業を保障するための教育課程編成が人的・物的問題から困難であることがうかがえるのである。現在も維持されている学科・コースはいずれも教職をはじめとする資格取得を喧伝しており、こうした状況も現在の学生像の一端を示しているのであろう。
少なくとも、生涯学習の充実や大学の大衆化にともなって、人文学的な教養を学ぶために文学部のとりわけ夜間部課程を選択する社会人が多くなるのではないか、という通念は楽観的すぎる見通しであったことが明らかとなっている。同一敷地・学部内に複数の課程を並行して運営していく負担の重さ、それに対応するほど受験希望者が多くないといった夜間部が直面する課題を克服できないまま現在に至っている。
では、より一般的な通念「文学部に進学しても就職できない」のは事実であろうか。
学校基本調査の関係学科別進路別卒業者数における「就職者数」の動向をみてみると、文学部が抱えている構造的問題が改めて浮き彫りにされる。2003年度の卒業者中、就職者に分類される割合は、大学全体では55.0%となっているのに対して、人文科学系の文学系列で54.8%、史学系列で43.7%、哲学系列で42.8%であり、文学部の中でも学科により、就職率の状況が大きく異なっていることが明らかである。
さらに系列ごとの経年変化を見てみると、それぞれの特質が明らかになる。文学系列は1988年度以降大学全体の就職率の平均とほぼ同様の数値・動向を示している。つまり文学系列の就職率は決して悪いわけではない。一方哲学系列の就職者数は過去30年以上にわたり大学全体の数値を常に10ポイント以上下回る状況が続いている。就職といった些事に忖度されないという文学部特有のイメージは哲学系列においては正しいといえるであろう。注目されるのが史学系列で、1988年度までは全体平均を9ポイント以上下回る状況であったのに対して、1989年度から1993年度までは全体平均まで4ポイント程度まで接近し、就職状況の改善を示していた。ところが1994年度以降再び急激に就職率が悪化し、全体平均を8ポイント程度下回る状況が現在まで続いている。
この史学系列に特有な就職率の急上昇と急減の直接的理由は必ずしも明らかではない。もちろん上昇についてはバブル期の就職活動が売り手市場で推移していたことが大きな原因のひとつであろう。では急減の理由はバブル崩壊のみに起因させることが可能だろうか。別の原因として想定されるのが、少子化に伴う新規教員の採用状況の激変である。
日本全体の状況をみると、1994年度までの数年間は教員採用試験の倍率が4倍から5倍程度に留まっていたのに対して、1994年度には6倍を超え、その後も上昇していく事態となっている。さらに教員に採用された者における新規学卒者の割合が近年もっとも高かったのが1994年度であり、その後は急激に低下している。教職への新規採用時において社会経験や非常勤講師経験の有無が重視されることで、学部新規卒業者の教員への就職が非常に困難な状況となっているのである。史学系列の就職状況の悪化は、従来主な就職先として想定されていた教職がもはや主たる就職先としては機能しなくなった中で、新たな就職先を確保する動きが未だ十分に機能していないことを示しているのかもしれない。
この点を別の資料をもとに検討してみたい。先ごろ公表された「平成16年度学校基本調査(速報)」の職業別就職者数によれば、現在4年制大学を卒業した就業者の中で専門的・技術的職業に就職できる割合は平均で32.6%であるのに対して、人文科学系学部卒の就業者では10.2%に留まっている。さらにその中でも教員に就職した割合は全体が4.3%であるのに対して人文科学系学部卒の就業者は3.3%となっており、現在人文科学系の学部を卒業しても30人に1人しか教員に就職できないという状況にある。
この数値が示す意味は時系列による変遷を確認すると明らかになる。例えば、1955年度における人文科学系では専門的・技術的職業に就業するのが49.4%でその中に含まれる教員に就職した者は44.9%に達しており、卒業生の半数近くが教員になっていたことが分かる。この数値は経済状況の影響によって変動しながら1985年度段階でも31.1%および21.2%となっており、依然として5人に1人以上の割合で教員になっている。文学部、人文科学系学部は一般に実学を学ぶ場所ではないと内外に認識されてきているが、多くの文学部で実践されている教員免許の取得が日本の中等教育段階を中心とした教員ニーズとあいまって就職率の上昇と専門的職業への現在より高い就職率に寄与してきたのである。逆に教員採用が厳冬期を迎えることで、改めて文学部の就職問題が焦点化されてきている点を無視することはできない。教員採用の問題は国立大学の教員養成系大学・学部だけの問題ではなく、中学校・高校の教員を広く輩出している文学部・人文系学部の問題でもある。
学科系列別の就職状況については、学部規模との関係で次のような状況が想定される。小規模な文学部はその多くが文学系列の学科を中心として、一部教育系(通常幼児教育ないし小学校教職課程として資格に直結し、就職率も比較的安定している)ないし心理学、社会福祉などの学科から構成されている。したがって、就職状況は大学全体の平均に近い状況となっていることがうかがえる。それに対して定員がほぼ600名程度以上の大規模な文学部は、通常哲学系列や史学系列の学科を複数備えている。つまりこうした学部の就職率は小規模学部と比較して相対的に低いものとなっていることになる。これには当然学生数の多さから一人一人の就職までのきめ細かいケアができない、あるいはそうしたケアを望まない(と大学側が想定する)学生が多く入学しているなどの他の要因も多く働いているであろう。いずれにせよ、学生・教育志向の学部を構想するのであれば、哲学系列だけでなく史学系列の卒業生の就職状況をいかに改善するかが、特に定員の大きな文学部の大きな課題なのである。
本稿で取り扱ったのはあくまで学部数、定員、就職率のみから見た文学部の危機に関する課題である。もちろん文学部は現在、大学改革、とりわけ教育課程改革の中でそのアイデンティティが改めて問われている。たとえば、学生のニーズ、特に資格志向にあわせた改革を進めることは、結果的に学部教育の専門性を低めてしまう可能性を有しており、教養教育、専門教育、実学・資格志向の教育のバランスをどのようにとるかが各学部の大きな問題である。あるいは、学部・大学の枠を超えた単位互換制度の充実は、結果的に文学部が教養教育を提供する(だけの)学部化する可能性を秘めている。情報化による教育課程の公開(オープン化)も必須であり、その中で文学部がどのように学生を確保し、学生志向かつ専門を保持しうる教育課程を設定し、卒業後へも配慮する学部となりうるかがまさに現在問われているのである。