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アルカディア学報

No.167

アドミニストレーター職の必要性―第三者評価と評価員の養成に向けて

玉川大学教育学部教授 田中 義郎

《大学間の相互適格認定を目指して》
 第三者評価は、いわゆるアクレディテーションであるが、一般に、アメリカの経験を検討し、参考にしながら、我が国が期待する形を作り上げて行くといった感がある。周知のことだが、アメリカの高等教育機関はその誕生以来、連邦政府内に監督官庁を持った経験がない。州政府のレベルにおいても、ある程度の監督を受けているが、教育内容での裁量の自由度は極めて大きい。特に、プログラム構成、計画、特質、誠実性、質について連邦政府レベルで決められた一定の決まりはない。そこで、自助努力として最低限の質を維持する営みが欠落することに対する懸念がアクレディテーションという仕組みを創造し醸成し今日に至っている。このことは、我が国の高等教育機関に勤務する者で、知らぬ者は今やいない。
 ここであえて確認するのは、これから第三者評価を醸成しようとする我が国の試みは、アメリカの経験とは明らかに異なる発展の営みであることを再確認するためである。今日アメリカで行われているアクレディテーションは高等教育機関およびそうした機関が提供する教育プログラムに対する「政府が関与しない同業者間の評価」である。一方、我が国の高等教育機関はこれまで文部科学省の監督の下、最低限の質が常に保たれていることが認められていることによってその存在を継続してきた。今、そうした国家による質の認定機能が後退し、アメリカで言うアクレディテーション、同業者による質の相互認定へと変わることが求められている。この場合、相互認定に従事する専門員は如何に養成されるのだろうか。我が国の高等教育に従事する専門職に新たな職務が付加されることになる。

《アメリカの経験からヒントを得る》
 では、いかなる職務が付加されることになるのだろうか。CQA(Center for Quality Assurance in International Education)で、レン(Marjorie Peace Lenn)博士に「第三者評価機関における評価員のトレーニングはどのように行われているか」を聞いた。CQAではワークショップを通じて行われているというのがレン博士の説明であったが、より具体性を持たせるために、Middle States(中部諸州地区)のアクレディテーションの事例を踏まえて、レン博士の回答を解説する。
 例えば、中部諸州地区基準協会の例で説明すると、以下のようである。基準協会がスポンサーとなり、毎秋(年度始め。日本であれば春かもしれない)ワークショップが開かれる。そこには、当該年度の秋もしくは春に外部評価チームのメンバーに招聘されている評価チームの主査と評価員が参加し、彼等のために用意されたプログラムを受ける。このワークショップの目的は、その後複数年に渡って評価員として役目をお願いするために必要な知識、技術、見識を養ってもらうことにある。こうしたワークショップの中で取り上げられる内容は、Characteristics of Excellence in Higher Education(2002)の中で詳述されている水準に照らして行われる。水準バイブルとも言えるこの冊子は以下のように構成されている。
 組織の状況(水準1:使命、目標、目的/水準2:計画、資源配分、組織の刷新/水準3:組織の資源/水準4:リーダーシップと管理(Governance)/水準5:経営(Administration)/水準6:誠実性/水準7:組織評価)
 教育の効果性(水準8:入学(Admissions)/水準9:学生支援サービス/水準10:教員/水準11:教育の提供/水準12:一般教育/水準13:関連教育活動(継続学習など)/水準14:学習評価)
 中部諸州地区では、同様の水準が1994年に示されており、経験のある主査や評価員はその古い水準に照らして議論や経験を積み重ねて来ているので、そうした水準の今日化のためにあえてワークショップに参加頂くことになっている。個々のグループでの議論は、実際の評価チームでの訪問評価を想定したシミュレーション形式で行われる。更には、実際に訪問評価を行う大学の自己評価報告書等の資料を利用して、実際の主査のリーダーシップの下で行われる。但し、必ずしも自身が所属する大学とは同一のタイプの大学を訪ねる訳ではない。個々の評価チームのメンバーは、8月の中旬ごろまでに、秋のワークショップで議論するための様々な資料を受け取る。ケーススタディの方法を用いるために、Characteristics of Excellence(2002)にまずは精通することが求められる。アクレディテーションにおける水準の定義、および、当該大学の自己評価報告書は、ワークショップに参加する以前に熟読しておくべきものである。彼等は、自己評価報告書を読んだ後で、以下の6つの質問に回答することになる。(1)当該大学に対する全般的な印象は何であるか、(2)自己評価報告書をどのように読んだか、(3)自己評価報告書の形式はチームの作業を容易にするか、(4)自己評価報告書の分析と提言はどれほどの説得力があるか、(5)自己評価報告書で回答がなされないままになっている重要な質問は何か、(6)面接調査から期待される重要な情報は何か。
 ワークショップの中で重要なのは、自己評価報告書に熱心に取り組むことであり、また、アクレディテーションの水準に照らして個々の機関の熱意を評価する評価員の能力である。同時に、評価員相互の評価尺度に対する合意が導かれ、評価員間の評価誤差ができうる限り小さくなるように互いにトレーニングされることである。主査は、チーム内の議論の場で個々の評価員の役割意識を引き出す。これは、通常、訪問評価の際の夜のセッションの場面で起きる。また、ワークショップの中では、仲間による評価(ピア・レビュー)の過程の全容について主催者側から詳細な説明がなされる。同時に、質疑応答が行われる。最後に、誰がそうしたワークショップに招聘されるのかであるが、多くの場合、シニアのアドミニストレーターである。管理、経営については相応の経歴の持ち主(担当副学長など)であり、教育については、学部の管理、経営に力を発揮した学部長などのシニアのファカルティである。これには、複数の理由があるが、そのひとつは、訪問による評価を受ける側が「妥当な訪問者たち」として認識できる専門家のグループであることが重要であるからに他ならない。アメリカの場合、その長い歴史の中で、評価者養成のサイクルが出来上がっており、徐々に、次の世代にその知識と技術と賢明さが継承されている。

《アドミニストレーター職が必要である》
 我が国でこうした第三者評価に携わる評価員の養成、つまり、トレーニングをどうするかを考える場合、我々はいくつかの重要な問題に直面する。ひとつは、トレーニングによって新たな職務が付加されることになる場合、その扱いの問題である。彼らのインセンティブは何であるのか。研究でもない、教育でもないこうした職務は、社会貢献活動と認識されるのだろうか。少なくとも、現状ではそう見える。もうひとつは、「妥当な訪問者たち」としてアメリカの大学が推薦するシニアのアドミニストレーターであるが、我が国の大学には、アメリカで認識されているようなアドミニストレーター職がこれまで置かれてこなかったことに起因する問題である。我が国の大学において相当職である副学長、学部長等の職は、ファカルティ(研究職あるいは教育職)の中で長く教授職を勤めた比較的年齢の高い人物が、当該部局や学部の統括職として機能していることが多い。前述したが、国家による大学の質の認定機能が後退し、その中で、その質の維持と更なる発展が期待され、かつ自己管理、適切な経営を一層強く求められる時代、大学はそれに見合った組織づくりが求められることになる。そこでは、新たにアドミニストレーター職が必要であり、彼らは大学の管理、経営のスペシャリストとして、競争環境の中で、特に、プログラム構成、計画、特質、誠実性、質について、その役割を担うことが期待される。