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アルカディア学報

No.164

私学法改正が提起するもの―理事会、マネジメント改革の契機に

日本福祉大学常任理事 篠田 道夫

《改正の経緯と狙い》
 私立学校法の改正は、去る4月16日衆議院、同28日参議院で全会一致で可決、成立した。昭和24年同法制定以来の大幅な改訂である。可決に当たっては「学校法人の自主的・自立的な取り組み」を促すと共に改善の検証を行うことなどの付帯決議が付けられた。改正法は平成十七年四月より施行され、全学校法人は1年以内に寄附行為の改正申請が必要となる。
 今回の改正の趣旨は「近年の急激な社会状況の変化に適切に対応し、諸課題に主体的、機動的に対応するため法人の管理運営制度を改善すること」とされている。競争と淘汰の時代に、社会的期待に応える「個性輝く大学づくり」を行うこと、そのためにはマネジメントやガバナンスの改革が不可避だということにあろう。私学経営の運営原理をどこまで法律で定めるべきかは議論もあるが、これを単なる法改正に合わせた条文いじりに終わらせることなく、それぞれの法人が直面する経営の組織・運営改革の契機として積極的に活用すべきである。
 経営の現場に身を置く一人として、この改正に込められた提起をどう受け止め、自らの改革につなげていくべきか「理事会運営の実質化」「マネジメントサイクルの確立」「経営の評価」「経営の公開」という四つの柱で考えてみたい。

 《理事会運営の実質化》
 今回の改正で、初めて理事会が法律上明記された。「理事会は法人の業務を決し、理事の職務執行を監督する」ので、学長や教学出身理事も含む包括的な業務監督権限があるとも読めるが、経営と教学の関係は、最終的には学校教育法も含む整備が必要となろう。「理事長は法人を代表しその業務を総理する」と共に「理事会を招集」し議長となる。また、代表権登記も基本的に理事長一人とするなどその権限も強化された。理事は定めに従い「業務を掌理」し登記することも可能で、また役員には解任規定の整備も求められる。
 昨年10月の「学校法人制度の改善方策について」の答申では、理事長は原則常勤、兼職は避けるなどの職務専念、非常勤理事の実質的な経営参加をすすめる諸措置など、一層踏み込んだ改善策が提起されている。
 これらは理事会が、実質的な経営政策の決定、統治機関として機能強化することを期待している。理事会開催回数や資料の事前配布など経営遂行にふさわしい運営、拡大する経営課題を責任を持って遂行する為の担当理事制、常任理事制の採用、非常勤理事が名誉職化しないための方策など多くの具体的措置も提起されている。改正法や答申の視点で改めて理事会運営を近代化、実質化する改革が各法人に求められているといえる。

 《マネジメントサイクルの確立》
 経営政策(計画)は全学が一致して目標に立ち向かう旗印であり、また、限られた資源を重点的に投下するための指針でもある。総合的、計画的な政策・事業の断行なしに今日の環境での社会的評価の向上は望めない。国立大学法人の中期目標・中期計画は、私学が得意とする教育の分野においても明確な数値目標を掲げその実現に取り組んでおり、六年後には運営交付金に反映されることからも侮りがたい力を持つ。
 今回、私学法に明記された理事会の事業計画の作成―事業実績の報告―事業報告書の作成の一連の流れは、目標と計画の明確な設定とその評価・総括、そして公表を理事会の重要な業務として設定することを提起している。私学はその戦略的な経営の確立の視点から、法人運営の中にこのプラン・ドゥ・シーのマネジメントサイクルの確立を積極的に位置付け、改革推進の武器にすべきである。
 学経営は今日まで、事業遂行の結果としての財政(決算)の形でしかその到達を示す共通の客観的な資料はなかったが、今後はこの「事業報告書」が経営の成果を計る重要な尺度となりうる。学校教育法の改訂によって義務付けられた認証評価機関における第三者評価においても、これが経営評価の重要な指標として位置付けられるものと思われる。

 《経営の評価》
 経営責任の明確化とマネジメント強化は、そのチェック、評価の仕組みの整備を不可欠のものとする。この点で重視されているのが、監事機能の強化である。監事職務の第一に「法人の業務の監査」を位置付け、その監査報告書を評議員会に提出すると共に公開することとなった。また監事の選任方法の改善、外部性の強化や常勤化、情報提供の充実や定期的な理事長等による業務報告制度、支援する事務体制の整備などもあわせて答申では提起されている。「法人の公共性と運営の適正性を確保する」ために監事が、単に財政運営に止まらず、理事業務、理事会事業、経営政策等について適切な評価や助言を行うことは経営革新に不可欠で、この視点から、監査システムの見直し、整備が求められている。
 また、「答申」では法人業務の中心は学校運営なので「学部・学科の新増設や教育研究の重点分野」等についても監査対象になりうるとしている。この点は、学内運営にも、また、監事の選任基準(教学事業への識見)にも関わるため、慎重な検討が必要と思われる。評議員会は諮問機関としての位置を明確にし、議事の拡充や構成の多様化によって、法人業務の全体にわたって広く意見が反映できるよう運営の改善が求められている。理事・監事・評議員などすべての役員の学外者登用を重視している点も、人事構成を見直す上での重要な視点となる。

 《経営の公開》
 今回、補助金の交付を受けているか否かに関わらず、全私学に財務情報の本格的な公開が義務付けられた。一般的公開ではなく「利害関係人」に限定し、拒否する「正当な理由」がなければ「閲覧に供しなければならない」ということである。すでに九割を超える大学法人が何らかの財政公開を行ってはいるが、その公表資料の範囲や公開方法は様々である。学園経営財政の現状を学内構成員や学生・父母、関係者に公開することは、経営の現状と課題の理解を深め、また理事会のとる経営政策に協力を得る上で必要なことである。
 本学では1968年の決算書から財政公開を行い、現在はホームページ上での公開や教学機関や学生への説明も行っているが、評価の時代にはむしろ積極的な開示で信頼や支持も得られる。議論となっている公開の範囲については、部門別収支などが必ずしも経営の実態を反映していない所から慎重な取り扱いを求める声もあるし、その点での裁量幅などの配慮も必要だ。
 また、今回重要なのは、あわせて事業報告書や監事監査報告書の公表も義務付けられている点だ。これには事業内容の公表と共に「規制改革推進三か年計画」などで公開が求められる学生数、受験者数、卒業生の進路などの基礎データも含まれてくれば、財務資料を合わせ見れば法人事業の全体像が自ずと明らかとなってくる。そうした目で改めて法人事業全体の、ディスクロージャーを前提とした運営システムの構築や意識改革が求められる。

 《今後の課題》
 以上、改正私学法が提起する4点の課題について見てきたが、その具体的運用は、7月頃公表される政令、省令、通知、指針、作成モデルなどで示されるようである。法人の経営実務を担う立場からは、むしろこうした具体的な指針が、実際の業務に強い影響を及ぼす。寄付行為作成例の改訂も法の中身を正確に反映する上で不可欠だが、各法人の経営組織改革の様々な試み(本学も理事会「執行役員制」などを試行中)が柔軟に反映でき、自立的経営を一層促進するものになることを望みたい。「監査指針」の作成に当たっても、財政、理事業務、経営政策に関する監査の柱立て、教学の基本施策への監事の関わり方などは、法人ごとの改革の進展に寄与するという視点で柔軟な運用が望まれる。
 この法改正と並行して「学校法人会計基準」の改訂も検討されている。「財政公開」に連動して外から経営状態の良し悪しが一目で分かるという視点から、赤黒、損益、時価などの切り口のみで改定するということになると、大学が収益確保を第一義とする組織でない以上問題も残る。公開すべき財務資料の定め方と合わせ、公開の方法も、「規制改革3か年計画」に盛られているような、ひとつの方法の徹底というより、様々な形の奨励が望ましい。
 私立大学は、特に向こう5年は、第2急減期の厳しい競争環境の中で市場で勝つ改革と強い経営が求められる。今回の法改正が、その精神にある私立大学法人の自主的な改革を励まし、理事会改革や経営の確立・強化を促進するものになることを心より期待したい。