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アルカディア学報

No.16

米国大学事情に学ぶ ―第3回公開研究会の議論から

研究員 鋤柄光明

 当研究所主催の第3回公開研究会は、「新時代を迎えるアメリカ高等教育最新現地報告――カリフォルニアの公・私大と大学評価競争」と題して、羽田積男研究員(日本大学教授)と喜多村和之主幹(早稲田大学客員教授)がこの夏秋に実施した現地調査の報告が行われた。この報告の一部はすでにアルカディア学報No.11、12、14号で紹介されているが、当日の発表内容を加味した要約とコメントを述べる事とする。

 羽田研究員報告のテーマは「新時代のカリフォルニア高等教育」で、アメリカの好景気と人口動態の変化による18歳人口の増加が、今後急速な勢いで高等教育人口の増加をもたらすという全米的な予測状況下における、カリフォルニア州での対応策を現地での大学訪問調査やインタビュ-結果を織り交ぜた詳細な報告を行った。
 全米的には現在1,500万人いる高等教育人口が、2010年までには1,700万人に増加すると予測され、カリフォルニア州だけでも現在200万人の州立高等教育人口が270万人と、35.7%も増加する。その増加する学生を収容するためには、1万人規模の大学を70校新設するか既存の施設を拡張する必要があり、その対策がすでに始められている。コミュニティ・カレッジ、ステイト大学及びUCシステム大学の各セクターでの新設計画や分校や学習センターの増設事例が紹介されたが、3セクターが等しく増加分を分担するという計画である。USCとスタンフォード以外に大規模大学がない州内の私学は拡張には消極的であるが、学外の学習センターやサテライトキャンパスを展開している例もある。
 1980年代、アメリカでは18歳人口低下により多くの大学が閉鎖されたり統合を余儀なくされ、『大学冬の時代』到来と騒がれた過去はどこに消えてしまったのか。また同時期、日本ではまだ18歳人口が上昇中で、あぶれた学生を獲得するために米大学の日本校を作ってはと数十校が設立されたが、今や跡形もなく消えてしまった経緯を思い起こしたのは評者ひとりではないだろう。
 アメリカでの高等教育再拡張の要因は、人口動態の変化によるところが大きいと考えられるが、同時に90年代以降初等・中等教育の改革が功を奏し、高等学校終了者が増加したが、18歳人口の増加予測はわずか40万人にしか過ぎず、高等教育人口拡大の主要員はIT時代に対応した高度な職業訓練プログラムに参加するパートタイムの成人学生である。これらの学生の需要に応えるために最近、企業立の大学が数多く設立され、これまでの非営利法人だけが大学運営に当たるという考え方が大きく変化している。クロニクル紙も87年以降の大学統計にはFor‐profitの項を設け、大学169校、短大500校が存在していることを示している。
 喜多村主幹のテーマは「インターネット時代の大学評価とランキング競争」で、羽田研究員が報告した高等教育の拡張・拡大傾向の中で個々の大学は大変混乱した状況に陥っているとし、特に大学間の競争が必ずしも良い方向ばかりに進んでいない状況、それを作り出している大学評価及びランキングの功罪について述べた。そして大学評価の構図概要を短く説明した後、アメリカにおける大学評価の一形態としてのランキングを具体的に報告した。すなわち、様々な機関によってなされているランキング評価はその方法が正当であるか不当であるかではなく、結果としてかなり問題のある影響を大学に及ぼしているのである。
 大学のランキング評価自体はアメリカが歴史的に最も古く、1920年代から実施されており、その方式は学問的にも方法論的にも確立しているものである。昨今隆盛を極めているU.S. News & World Report 社のランキングも必ずしもいい加減なものではないが、現在流布しているすべてのランキングが正当なものとも言えない状況があり、それらの結果がメディアにより誰もコントロールできないままに世界中に報道され、それによって大学は褒められもすればけなされることにもなっている。
 一体全体ランキング評価を誰が必要としているのか。例えば現在最も信頼が寄せられている全米研究評議会が行っている大学院ランキングは、研究支援を正当に配分するための目的で、主に博士課程のランキングであり、学部教育のランキングではない。USニュ-ズ社はこの方式を学部教育に当てはめて公表し、幅広い読者層を獲得したが、そのランキングを最も気にしているのは大学自体であり、次に高校の進学指導教官や親たちであって、高校生が直接影響を受けているわけではないようである。
 質疑応答の際、沖 清豪研究員(早稲田大学専任講師)からアメリカの場合は、ジャーナリスティックなものも含めて多様なランキングが公表されているが、イギリスでは学部教育を含めて単一基準によるランキングが行われているのは問題ではないかという質問があり、喜多村主幹はまさにそこが問題で、国立大学独立行政法人化に伴って設立される第三者評価機関はまさにそのようなランキングを行う危険性を指摘、公正な競争が促進されるためには集められた情報の開示、公開が伴わなければならないと警鐘を鳴らした。さらに世界共通の大学ランキング指標というものが存在するのか、数値化できない教育・研究の成果も存在するのではと述べると同時に、流行するランキングのなかに新しい大学像を観る思いがすると述べた。
 他にも参加者から数多くの質問が寄せられ、活発な議論がなされたが、圧巻だったのは土橋信男研究員(北星学園大学教授)から寄せられた世界共通のランキングが流布すれば、日本の大学院も国際的な競争に巻き込まれるのではないかという質問に対して、羽田研究員が日本の学部生数にも等しい大学院生を抱えるアメリカとは初めから勝負にならないと、一刀両断に切り捨てた勇気ある発言である。多くの日本の私立大学大学院では、学部学費より低額に授業料を設定しているにもかかわらず定員割れを起こしており、さらに多くの大学院プログラムが増設されている状況下でどのように質的向上を図り学生を確保するのか。
 日米の大学が置かれた状況とあまりにも異なる現状で、比較高等教育研究の効用が試されていることを示唆する会合であった。と同時に、アメリカの大学が80年代の危機を見事に脱出したように、日本の大学も直面する危機的状況を、自らの努力と知恵によって克服できる時の到来まで怠りなく精進せよと警告を受けた公開研究会であった。

 (本稿は、去る11月27日の公開研究会に出席された鋤柄氏に、研究会の内容とともにご自身の意見を交えて執筆いただいたものです。)