アルカディア学報
特別連載 高等教育改革―国大と私大との関係をめぐって―3―
《私学政策の転換》
2002年の学校教育法改正によって、戦後の政府の私学行政の慣行を一挙にくつがえすような変革が行なわれた。まず「学校教育法の一部改正」にともなって「私立学校法の一部改正」が行われた。1949年に成立した私立学校法は、公共性と自主性という双方の原理の両立をめざす学校法人という、世界にも類例の少ない設置形態を創設した。そして私大の政府からの独立性を保証するために、私立学校法第五条一項に、学校教育法十四条の改善命令等はこれを排除するものとし、国の設置認可権と閉鎖命令権のみを限定的に列挙していた。つまり、私立学校法第五条に規定されている事項以外のものは、私立学校に関する限り所轄庁の側で認可すべき権限がなかったのである(福田繁・安嶋弥『私立学校法詳説』、小野元之『私立学校法講座』)。しかし今回の改正では、この2つの規定が、学校教育法の規定と重複するという理由から、削除された。これは、当時、私立学校法を成立させた先人たちの精神からすれば、私学の国からの独立性という観点からみて、著しい後退とみなされざるを得ないであろう。
しかし一方では、「事前規制」から「事後チェック」へという規制改革の流れにともなって、学部学科の設置は一定の要件の場合は認可制度から届け出制に移行された。この変更は大学側の設置の「自由化」という側面をもっている。しかし認可か届け出かは事前相談が必要とされているし、事前規制の「緩和」化は、事後チェックとしての第三者評価制度とペアになっており、いわば「行きはよいよい、帰りは怖い」政策への転換とも解される。またその背後には、行政が経営破綻に陥った私大の設置認可の責任を回避するとか、教育サービスの自由化を迫る諸外国によるWTO(世界貿易機構)を通じた外圧と、構造改革特区構想をテコに株式会社や営利事業の教育参入を意図する産業界からの内圧への思惑とが働いているとみるのはうがち過ぎであろうか。
しかし、私学にとって最も留意すべきは、法令違反に対する所割庁の権限に関するものである。私立学校法第五条は法令違反の学校に所轄庁が閉鎖命令を発する権限を定めていた。この閉鎖命令は「私学にとってみれば最も重い処分であり、監督庁としては、単なる指導のみでは事態の是正が不可能であり、閉鎖命令を発するしか方途がないような場合等に限って発動すべきもの」(小野前掲書)と解されてきた。事実、閉鎖命令はこれまで発動されたことがなかった。しかし、今回の法改正によって、政府は改善勧告や変更命令、学部等の廃止命令等も段階的に出せるようになった。私大の不祥事対策として政治や世論の支持を受け、私大側からの反論も出にくく、一部の私大関係者からは賛成の意志すら表明された状況において(参議院文部科学委員会会議録2002年11月22日)、この私大の自律性に係わる重要な規定は、政府当局が拍子抜けするほどの真空状況の中であっけなく成立したのであった。
《第三者評価制度に係わる問題点》
この法改正は、「今後の大学における教育研究の質の維持」は、「数々の方策を一体として実施することによって初めて可能になる」という中教審答申の意図の反映でもあった。つまり改正法の内容は相互に密接に関連しあっている。しかも前述したように、その他幾多の問題に波及するような重大な政策転換を孕んでいるのだが、大学評価だけにしぼってみると、まず、これまで省令レベルの大学設置基準に規定されていた大学評価関係の事項を法律レベルに上げて、大学による自己評価を学校教育法上に位置づけ、さらに第三者による評価とその結果の報告と公表を各大学に共通かつ画一的に義務化している。第三者評価機関もその評価結果を「遅滞なく」公表するのみならず、文部科学大臣に報告しなければならない。すなわち法律化によって評価を怠れば違法となり、従って届け出の義務、文科相への報告の義務、認証の取消等々の罰則や制裁等が規定されることに繋がるわけである。法令違反の大学に対する罰則などを規定する一連の法改正が同時にまとまって提出された所以である。
法律は全ての国公私立大学に一律的に自己評価と第三者評価の実施を求めている。もし第三者評価が納税者への説明責任の履行を果たすための義務化であるならば、税金に大きく依存している国・公立大学と、学生納付金に大きく依存している私大とを、私大が一部公費援助を受けているということだけで、一律・画一的に第三者評価を義務づけることには問題がある。このことは国会審議でも問題とされた。政府がこの方針をとったのは、いずれ私大も評価を通じての資源配分の対象にすることを意図したものではないかと推測されるが、むしろここで重要な点は、政府が間接的にではあれ、私大の質の管理に関与することが可能になるということであろう。
法律は、大学は文部科学大臣の認証を受けた評価機関(「認証評価機関」)による評価(「認証評価」)を受けなければならないものとし、しかも認証評価機関の認証権は文部科学大臣にあり、評価基準、評価方法、評価体制、異議申し立て制度、等々の条件が具備されていることが必要で、その省令は文部科学大臣が定めることになっている。つまり細目が省令になるまではどのような条件が認証評価機関に要求されるのか不明であり、決められたあとはすべてそれに従わなければ「認証評価機関」になれないということである。さらに「文部科学大臣が、認証評価機関が機関認証機関に適合しなくなったと認めるとき等」には、改善を求め、あるいは認証を取り消すことが出来る。また認証評価機関が行なった評価結果について、もし事後に問題が生じた場合(例えば、認証評価機関が認証評価した大学にクレーム等がついた場合)はどうなるだろうか。その責任は直接的には認証評価機関が負うべきものであろうが、これは、政府は評価の行為や結果に直接には関与せず、実質的な評価の実務やその結果の責任は評価機関の自己責任に委ねるが、評価機関の設置と廃止の権限は確保するという構図になっているといわざるをえない。
いずれにしても、この法案は幾多の問題点や曖昧な面があり、認証評価機関が文科省の下請け機関化することも危惧される。
そこで、法が全大学に第三者評価を義務付けている意図の究極的な対象は、独り私大に置かれているのではないか、という疑問が出てくる。国立大学はすでに大学評価・学位授与機構の評価(これは当初国立大学のみの評価機関であり、はやくも100人を優に越える国家公務員を擁する巨大な官僚機構となっている)を受けることが義務づけられており、必ずしも法律で規定する必要性がないし、国立大学法人法にも中期計画に基づく評価を行うために、国立大学評価委員会が文科省内に設置されると規定されている。私学の評価については、私大団体の反対もあって、「当分の間」同機構の評価の対象外とされていたので、今回の学校教育法の改正によって義務化が正当化されたわけである。
(つづく)