加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.143

「質の保証」は可能か
eラーニングのアクレディテーション

メディア教育開発センター教授 吉田 文

 2002年にアメリカ教育省が発表したデータによれば、全米の高等教育機関の五六%は遠隔教育の授業科目をもっており、そのうちの90%がそのコースを非同期のインターネットを利用して提供しているとある。「eラーニング」という新語を生み出した、インターネットを中心とするIT技術を利用して提供される教育は、これほどまでに普及しているのである。
 フェニックス大学が、端末コンピュータからモデムを利用して大学のホスト・コンピュータに接続して経営学修士(MBA)の学位が取得できる教育プログラムを開始して、話題になったのが1989年のことである。とすると、たかだか10年余の内に多くの大学は、キャンパスの教室空間を必要としない教育を当たり前のように提供するようになったのである。eラーニングは、「短期間」に「急速」に広がりをみせたために、この新種の教育形態の質をどのように保証すべきかという問題の議論が、ここ数年されるようになった。このこと自体、eラーニングの普及とそのインパクトの大きさの証左であるが、何が、どのように論じられているのか概観し、そうした議論の意味する問題を考察したい。
 こうした議論の背景には、大きくわけて3つの要因がある。第1に、eラーニングのメリットは、時間や空間の制約を超えて非同期の双方向コミュニケーションがとれることにあり、そのために広がったのだが、反面、こうした遠隔教育は教室における対面教育ほどの効果をあげることが難しいという暗黙の前提があり、それが質を高める工夫に関する議論となっているのである。
 第2は、営利大学、企業内大学、メディア関連企業などが、eラーニングの提供者として急速に地歩を占めたことにある。これに脅威を感じる高等教育の世界は、新種のプロバイダーの提供する教育の質は担保されているのかと危惧の念を表明するのである。
 第3は、WTO問題である。これに関しては、本紙2079号(平成14年10月9日付)一面においてフィリップ・アルトバック教授が論じているので、ここで繰り返すことはしないが、国境を越えて商品として輸出される教育に対して質の保証を求める議論は、アメリカ国内にとどまらず、今や日本も含めて全世界を巻き込んでいる。
 これら3つの要因は相互に重なり合う部分をもち、更には全て伝統的な高等教育との対立軸に位置し、インパクトを与えているという共通点をもつ。具体的にいえば、大学以外の機関がeラーニングによって高等教育に参入し、インターネットの国境をも越える特性を利用して教育を他国に販売しようとする動きは、教室における対面授業を基本とし、教育の公益性に疑念をさしはさむことはなかった高等教育関係者にすれば、容易に受容するところとはならないのである。市場化、グローバル化の波に、質の保証の議論で対抗するのである。
 それでは、議論の展開を追ってみよう。まず、第一が、eラーニングないし遠隔教育の専門家による調査研究である。eラーニング・コースの質の担保に必要な24のベンチマークを析出した「オンライン教育の質」(Quality on the Line(2000))は、その嚆矢だろう。ここでは、1.組織、2.コース開発、3.教授・学習過程、4.コースの構造、5.学生支援、6.教員支援、7.評価の7つの側面に関して、それぞれ3~4のベンチマークが設けられているが、とくにその重要性が指摘されているのが、「学生が提出した課題や学生からの質問に対して遅れずに回答し、建設的なフィードバックをすること」、「コースの目的や理念などの情報、図書資料を十分に提供すること」、「配信技術の安定性と信頼性」などである。学生と教員とが互いに見えないという状況を、如何に補完し、コミュニケーションを成立させていくかが重要であることがわかる。
 こうした議論は、アクレディテーション団体でも関心をよぶ。地域アクレディテーション団体の協議会では、2000年にeラーニングのプログラムの評価に関する声明を出した。地域ごとに行われていた機関のアクレディテーションであるが、州境を越えて展開するeラーニングには全米規模で共通のガイドラインを作成して対処しようとしたのである。1.機関の歴史的・制度的文脈、2.カリキュラムと教授、3.教員支援、4.学生支援、5.評価の5項目にわたるガイドラインには、eラーニングの場合、従来の方法では立ち行かなくなることをいかに認識し、それを考慮して質保証をするかが記述されている。
 例えば、教員支援に関しては、「教員の役割は分化し、再編成される。一人の教員は、授業科目の内容作成と学生への教授との双方の役割を遂行できない可能性がある。誰がそれぞれの役割を担おうとも、それらが統合されていることが重要である。」と述べられている。eラーニングでは、教育内容の決定、それのeラーニング・コースへの開発、学習の支援が、それぞれ異なる専門家によって担われるようになったことを指摘し、その状況におけるコース全体の統合の重要性を強調しているのである。
 その後、議論は、地域アクレディテーション団体のほか専門分野のアクレディテーションを行う団体なども含んだ全米高等教育アクレディテーション協議会のレベルに広がった。ただし、アクレディテーション団体によって、eラーニングに限定した基準を設けることに対するスタンスは、必ずしも同じではない。8つの地域アクレディテーション団体と、営利大学や学位を授与しない機関などのアクレディテーションを行う9つの団体は、認定校のうちeラーニングの提供機関は平均して35%(地域アクレディテーションの認定校では56%)であること、すでに発表した共通のガイドラインを7領域に拡大したガイドラインを機関のアクレディテーションに適用していることを明らかにした。それに基づき、eラーニングの共通ガイドラインの必要性を指摘している。
 それに対し、専門領域の審査を行う59団体は、認定プログラムにおいてeラーニングの実施率が18%と少ない上に、たとえeラーニングを用いるとしても、学習の到達度をアクレディテーションの基準に用いており、ほとんどの団体がeラーニングに限定した基準の必要性はないという結果を得た。学習の到達度が質の保証の機能を果たしているというのである。
 特定の教育プログラムそのものの審査にはeラーニング用の基準は必要なく、機関の審査にはeラーニング用の基準が必要だとするこの二つの立場は、実はeラーニングの質の保証の難しさを表しているといってよい。すなわち、教育の質の保証という場合、その内容の質が想定されるが、eラーニング・コースの内容の審査は実はできないに等しいのである。可能なのは、eラーニングを提供する環境、とくに学習者の支援に関わる環境である。「オンライン教育の質」においても、地域アクレディテーションの共通のガイドラインにおいても、7つの領域とはいずれも教授・学習過程を成立させるための要件であり、教育内容には触れていない。内容ということになれば専門領域別になり、専門領域別になれば、eラーニングか、対面教育かという区別は必要ないからである。
 とはいえ、eラーニングの質の保証の議論は、むしろ、教育という営為がどのような要素から構成されているかを教えてくれているものであるように思う。例えば、教員の役割が、教育内容の提供、コースの作成、学習の支援などから構成されているという指摘はは、eラーニングによってあらためて気づかされたのであり、これまでの対面教育ではそのことを自覚していなかった。教育に力をいれることや、学習者の立場にたった教育の重要性が言われる中、eラーニングの質保証の議論は、対面教育を振り返るツールとしても有効ではないだろうか。