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アルカディア学報

No.14

私学高等教育への関心強いアメリカ大学人

主幹 喜多村和之

 10月なかばの紅葉の美しいアメリカを10日間ほど、1年ぶりに急ぎ足で縦断してきた。

 まずニューヨーク大学で全米教育アカデミー(NAE)の年次集会が開催され、セミナーを傍聴した。元来は初等・中等教育関係のテーマが多いのだが、今年は学問の府(アカデミア)に押し寄せる商業主義(コマーシャリズム)や営利機関(For Profit Organizations)の教育界への参入の問題に大学としてどう対応するかとか、学業についてこられない学生(students at risk)の教育をどう解決するかといったテーマが、全米の著名な学者や研究者によって熱い議論の対象になっていた。アカデミーという純学術団体の場でも、当面している現実の問題が取り上げられているのは、いかにもプラグマチズムの国らしい。この会合にはヨーロッパからも比較高等教育で著名な旧知のガイ・ニーブ教授(現在オランダのトゥウェンテ大学教授)も出席しており、日米欧の大学評価の問題についても意見を交換した。

 ボストンでは比較高等教育論のフィリップ・アルトバック教授(ボストン・カレッジ)と私学高等教育に関する国際共同研究の可能性について話し合った。教授はすでに国際的な研究のネットワークづくりに乗り出していて、日本やアジアの私学高等教育研究に、当研究所の協力を求めていた。また、ラテンアメリカの私学研究の権威であるニューヨーク州立大学のダニエル・レヴィ教授からも電話で私学問題の国際比較研究の分担について問い合わせがあった。加えて世界の私学高等教育の比較研究をすでに20年近く前から行っているロジャー・ガイガー教授(ペンシルベニア州立大学)はたまたまバークレイ滞在中で、彼とも今後の研究計画について話し合った。このようにアメリカでは私学高等教育に関心をもつ学者が少なくない。これは公立高等教育のプライバタイゼーションの進行や私学部門の発展の国際的動向とも無関係ではあるまい。
 ボストンでは、アクレディテーションの権威であるニューイングランド基準協会のクック高等教育部事務局長とも、私学の大学評価の在り方と具体的な方法について話し合った。土曜日にもかかわらずオフィスに案内してくれ、政府から独立した大学評価の意義を強調し、日本の私学独自の評価システムを構築することの重要性を指摘するとともに、今後の当研究所の活動を大いに激励し、協力を約束してくれた。

 ワシントンではアメリカで最も強力かつ権威のある全米大学連合(ACE)のグリーン副会長に会った。来年には調査団を結成して私学問題について討議したいとの申し出に対して、われわれも切実な関心をもって研究中のテーマなので、日米双方の研究者同士で議論し合う場をつくりましょうと積極的な意欲を示した。また全米私大協会(CIC)の所長は不在だったが、あとからメールで、「会えなくて残念だったが、次には是非日米の私学事情の意見交換の機会をもちたい」との連絡があった。アメリカの高等教育政策の形成には、こうした専門職団体の意見表明やロビー活動が大きな役割を演じている。

 大学評価についての科学的研究機関として高く評価されている全米科学協議会(NRC)では、大学院の教育・研究の質のランキングについての方法論の開発と長期的調査分析を担当しているヴォルトク博士と懇談した。1995年に全米の大学院の質を評価した膨大な成果を出したが、現在は10年後の2005年に発表される予定の分析に携わっているという。ちょうどその隣のビルが、ジャーナリズムの大学ランキングで名高いU.S.News & World Report 社だったので、予約もなしに面会を申し込んだが、大学院や専門職の評価の分析を担当しているギャレット女史が、長時間にわたって親切に説明してくれた。毎年の大学評価ランキングはデータ収集から発表までに半年という突貫作業で、影響力も大きいと同時に大学からの反発や苦情も多いという。10年もかけてじっくり評価できるNRCの仕事振りがうらやましいと、この数学者出身のアナリストは言っていた。大学ランキングの影響力は、インターネットの発展とともに大きくなり、大学団体のなかにはジャーナリズムに対抗して独自の評価法を構築しようとする動きも出ているようだ。アメリカではこのように一方でアカデミックな評価研究の蓄積があり、他方でその蓄積を活用するマーケット評価が存在しているのである。

 カリフォルニア大学では、1年ぶりに高等研究センターを訪問した。前所長のレイマン教授は昨年肺がんで亡くなっており、先年訪問した際に重病にもかかわらず、そのことをおくびにも出さず、夫人とともに夕食会を開いて歓待してくれた。そのことに謝意を表すために、未亡人にお会いした。夫人はその夜のことをよく覚えていて、私の弔意に大変よろこんでくれた。
 バークレイではクラーク・カー・カリフォルニア大学名誉総長と高等教育研究の第一人者のマーチン・トロウ教授とも会談することができた。カー博士は現在89才という高齢だが、血色もよく、頭脳あくまでも明晰で、いつもどおりの温顔かつ静かな口調ながら鋭い意見を表明された。現在カリフォルニア大学回想録という全2巻からなる浩瀚な書物を執筆中で、すでに第1巻は印刷中であるという。また1963年に初版が出た古典的名著『大学の効用』も第五版が出ることになっており、これに付される新しい章のコピーをわざわざ私に進呈してくれた。ダブルスペースで30ページにも及ぶ力作で、この年齢でこれだけのものをどうして書けるのか驚嘆するほかない。2時間にもわたるファカルティクラブでの昼食をはさんでの会合を終えて、カー博士と外に出ると、駐車場にカー夫人が車の中で待っておられたのにびっくりした。「長時間お待たせして申し訳ありません」と言うと、同じ89才の夫人は笑って「おかげで本をたっぷり読めたのでどうぞお気兼ねなく」と分厚い書物を示してみせた。秘書にあとから聞いたところでは、カー博士は足を痛めているので外出のときはいつも夫人が付き添っているのだという。客のために自分の貴重な時間まで割きながら、客には知らせず気をつかわせないようにしている夫妻の人間性にはつよく打たれたのである。

-------- 御 案 内 -------------------------------------------------------------------

【私学高等教育研究所主催・第3回公開研究会】
日  時=平成12年11月27日(月)・午後5時30分~8時
場  所=アルカディア市ヶ谷(5階、穂高)
テーマ =新時代を迎えるアメリカ高等教育最新現地報告 ―カリフォルニアの公・私大と大学評価競争
発表者=①羽田積男氏(当研究所研究員・日本大学教授)…新時代のカリフォルニア高等教育
      ②喜多村和之氏(当研究所主幹・早稲田大学客員教授)…インターネット時代の大学評価とランキング競争
内  容=空前の経済繁栄と若年人口の増加のなかで、アメリカの大学はますます厳しい競争と変革に迫られている。カリフォルニアに新しく設置された州立大学と私立大学との緊張関係と、ますます熾烈になる大学評価とランキング競争の影響を、この10月に訪米してきたアメリカ高等教育の専門家が、日本との比較において問題提起する。

 ふるってご参加ください(入場無料)。
 お申し込みは電話、ファックス、メールにて私学高等教育研究所(〒102-0074東京都千代田区九段南4-7-5パークノヴァ九段103号、電話03-5211-5090、ファックス03-5211-5224、e-mail:shikoken@poem.ocn.ne.jp)へ。