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アルカディア学報

No.130

複数専攻・複数学位の概況―米国における大学の事例から (上)

鶴学園・広島工業大学 総長補佐・教授  坂本 孝徳

 我が国における高等教育システムが大きく変容しつつあるという状況下にあって、国際的にも高い評価を受けているアメリカ型の高等教育が関係者の間で強い関心を持たれ、また、それを参考にしつつ大学・大学院等の高等教育を活性化させる方策が考えられている。例えば、マス型教育に適合すると言われる複数専攻・複数学位、シラバス、授業評価、教員評価、FD、セメスター制などの検討や導入を挙げることができる。
 なかでも複数専攻・複数学位の検討と導入の背景には、高等教育の大衆化、国際化、科学技術の高度化、学際的・融合的研究領域の進展が見られるなかにあって、我が国の高等教育においてはただ単に専門的知識・技能を育成するのみではなく、入学者の多様な履修歴や卒業後の多様な進路を考慮して、学生に対し課題探求能力の育成を図るとともに高い付加価値を身に付けさせ、社会の変化に応じて柔軟かつ多面的に能力を発揮することができる人材育成の為の教育プログラムが求められているという現況がある。
 また、平成12年11月の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について(答申)」においても、「各大学において、特定の分野に偏らない広い視野を持った学際的人材を養成するため、(中略)米国の大学における主専攻・副専攻のように、複数の異なる分野の学部や学科の専門科目を同時に履修できるような教育課程上の工夫を行なうことも必要である」との認識のもとに、変化に伴う社会の多様な要求や学生の多様な学習ニーズに応えうる教育プログラムの開発を求めている。

〈複数専攻・複数学位制度の概要〉
 今回はメリーランド州立大学カレッジパーク校、そして次回はジョージワシントン大学、ジョージタウン大学の複数専攻・複数学位制度の概況について見てみたい。
 それら3校は学部、学科構成、生徒数、学校規模、入学要件、カリキュラムなどがそれぞれ異なっており、さらに各大学での複数専攻・複数学位への取り組みは様々である。それらの大学を通して米国における高等教育段階での複数専攻・複数学位制度を一般化することは困難である。つまり、全ての大学に共通の履修制度やカリキュラムが存在するわけではなく、大学、学部、学科段階において異なった制度を持っているために、ここではアメリカにおける事例を紹介する。
 また、各大学においても複数専攻・複数学位制度について制度や用語の統一がなされておらず、複数専攻・複数学位に関する大学の履修要項においても用語が混用されている。したがって、予め便宜的に次のような統一した用語を用い全体的な枠組みを見てみたい。
 まず、複数専攻(ダブルメジャー)とは、同時に複数の専攻を履修する形態で、最終的に取得できる学位は単一であり、取得した学位に係る専攻以外の専攻に関しては成績証明書に記載されるのみである。
 次に、複数学位(ダブルデグリー)とは、同時に複数の学位取得をめざして履修する形態であり、最終的に2種類の学位を取得することができ、通常、複数専攻よりも要求される履修単位数が多い。

〈メリーランド大学における概況〉
 メリーランド大学は1862年に創立された州立大学であり、ワシントンD. C. の北東約10kmに位置している。大学組織構成は13のカレッジ・スクールによって構成されており、102の学部専門課程と88の大学院専門課程を持つ大規模大学である。毎年発表される全米の各大学ランキングにも上位30位から30位前後を中心に多くの学部が高い評価を受けており、メリーランド州内の州立大学を代表する研究大学である。
 複数専攻を希望する学生は予め当該学部または当該専攻プログラムから履修許可を得るとともに大学から履修許可を得ることが必要となる。そのためには、卒業予定日より一年度以前に、学生は関係学部ないしは当該専攻プログラムの専攻を担当する学部長に対して、各学位のプログラムに示された学位取得条件に適合した計画、専攻領域、一般教育プログラム(一般教養科目)を記載した書類を提出しなければならない。また、特定された副専攻の履修を希望する学生は、速やかに決められた単位数とGPAの点数の申請が要求される場合がある。複数学位・複数専攻の承認を得るためには、主専攻と副専攻に求められる条件のすべてを満たさなければならない。主専攻で履修される科目の一部は他の学位(専攻)取得条件の一部にみなされる。
 複数学位を取得することを希望する学生は、最低150単位と両方の学部で規定された条件を満たさなければならない。第1学位の履修科目に含まれない、最低18単位の科目を第2学位のために履修する必要がある。複数専攻の場合と同様に、学生は関係学部か該当する学部の学部長に、各学位における専攻プログラムに規定された学位取得条件に適合した計画と専攻領域、一般教育プログラム(一般教養科目)などを記載した書類を提出しなければならない。また、二つの学部が複数学位プログラムに関係する場合、学生はどちらの学部に成績記録の管理を委ねるのか、一般教養科目の証明をどちらの学部に委ねるのかを予め指定することが求められる。なお、複数学位プログラムの最終的な承認は各当該学部から得なくてはならない。

〈メリーランド大学における現状〉
 ここでは、同大学の数学学部とコンピュータ科学学部を中心に、複数専攻・複数学位について見てみたい。
 まず、複数専攻・複数学位の組合わせ例であるが、数学学部の場合、経営学部との間で保険統計学専攻、社会学部との間で人口統計学専攻、経済学部との間で計量経済学専攻、心理学部との間で心理統計学専攻など約20の複数専攻プログラムが用意されている。
 米国の場合、高校2、3年で大学の単位の履修が可能なために、優秀な生徒は大学入学時に既に大学1、2年次の単位の1部は修得済みという状態となっており、そのような学生に様々な選択肢を与える方策の一つに複数専攻・複数学位があると言われ、結果的には、大学が優秀な学生を青田買いするとの批判も出ている。
 複数専攻・複数学位を履修する際に基本的にはGPAは問われないが、相対的にGPAの高い学生が複数専攻・複数学位を取得することが多く、プラクティカル分野を好む学生も多い。例えば、コンピュータ科学をソフトとハードの両面から学ぶためにコンピュータ科学と電気工学を複数専攻する学生やベンチャー志向があるためにコンピュータ科学と経営学を複数専攻する学生がいる。
 大学側のメリットとして、特に規模の小さい学部にとっては学生獲得の手段となる。例えば、規模の小さい数学学部はコンピュータ科学学部の第2専攻の学部となることを望むのである。その理由としては、コンピュータ科学は数学よりも就職が大変有利であるために、数学に第二専攻のコンピュータ科学を組み合わせれば有利になるのである。つまり、学術的な学位に加えて実学的な職業資格的な学位を取得することとにより、学生は自分の価値を高めることができ、就職に有利になるのである。そのために、コンピュータ科学を第二専攻として取るように勧めて学部への入学学生を増やすのである。ちなみに数学学部で複数専攻・複数学位を取得するものは約15%である。
 また、学部の予算配分基準の1つに学部学生数が位置付けられており、アカデミック・プログラムを充実させて、より多くの学生を確保するという状況が生じている。さらには、1、2年次のコースは履修者も多く、3、4年次になればコースの履修者に余裕が出てくるので、大学側も積極的に複数専攻・複数学位を取得するよう学生に勧めるという傾向が見られる。
(つづく)