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アルカディア学報

No.126

競争的研究資金制度の改革―改革案の概要と問題点

早稲田大学理工学部応用物理学科教授  竹内 淳

 今年4月下旬に総合科学技術会議から「競争的研究資金制度改革について」が発表された。現在の制度について多くの問題点を指し示し、その改善策がかなり的確に示されている。研究資金が合理的に配分されるかどうかで国の研究能力は大きく左右される。この提言のいくつかが実行されれば現行制度が改善されるであろうと期待できるが、一方で議論を要する問題点も多い。したがって、改革のための重要な歩みではあるが、なお衆知を集めた改訂を要するように思われる。以下ではまず改革案について述べ、次にその問題点に触れたい。

〈研究資金制度改革の概要〉
 平成17年度までの第二期科学技術基本計画期間中に競争的研究資金は300億円から6000億円への倍増を目指すとされている。この機をとらえて、制度を改革し競争的研究資金の効果を最大限に発揮させるのが狙いである。改革案は、高い研究能力を持つ米国の制度を詳細に調査したようにみうけられる。

▽競争的環境の形成
 まず、競争的研究資金の獲得を国立大学の給与・人事システムに反映させ、競争的な環境を形成すべきと主張している点に大きな特徴がある。また、競争的資金の獲得が研究者本人だけでなく、研究機関へのインセンティブとして働くよう直接経費に対し30%の間接経費を配分すると述べている。ここには個人と組織を競争的環境下におくことで大学改革を推進したいという強い意図が存在する。

▽プログラムオフィサー等の配置
 配分機関にプログラムオフィサーとプログラムディレクターを配置することも大きな特徴である。この配置によって、プロによる公正で透明性の高い評価システムの構築を目指している。プログラムオフィサーの役割としては、評価者の選任と採択課題候補の作成を挙げ、プログラムディレクターの役割としては、プログラムの方針決定等の全体的マネジメントを挙げている。プログラムディレクターはまた、総合科学技術会議のイニシアチブにより、各配分機関のディレクターで構成される会議に参画し、制度間の調整等、我が国の競争的研究資金全体の有機的な運用を強化することが期待されている。

▽若手への配分の重視
 現在の競争的研究資金制度は、研究者の経歴や業績を重視して審査するため、配分実績も50歳台を中心に分布し、一部の研究者に過度に集中する傾向がある。改革案では、過去のノーベル賞受賞者の研究が20歳から40歳代前半に集中していることから、科学研究費も若手重視に配分すべきと述べている。対策としては、研究実績よりも研究計画の内容を重視した審査へ転換すること、あわせて中間評価及び事後評価体制の整備を挙げている。

▽効率的・弾力的運用
 競争的研究資金の効率的・弾力的運用のための体制整備としては、年度間の繰越を可能にすることや、年複数回申請制の採用、研究費交付時期の一層の早期化を掲げている。また、各制度の電子システム化(申請書の受付、書面審査、評価結果の開示等)及び政府研究開発データベースとの連携を、平成17年を目途に実現することが挙げられている。

〈問題点〉
 改革案の中で、若手への配分の重視と効率的・弾力的運用については、ほぼ全面的に賛同できる。以前から繰り返し指摘されてきた内容が多いが、これらが改善されれば日本の制度は大きく前進することになる。改革案の中で議論を要するのは、競争的環境の形成とプログラムオフィサーの配置である。競争的研究資金の獲得額を国立大の給与や人事に反映させる点については既に大きな論議を呼んでいる。過当な競争によって教員や大学間に軋轢を生じるであろうことは容易に予測される。また地道な基礎研究が軽視される可能性は大きい。何よりこの改革案の大前提として審査制度が公正であることが要求されるが、現在の審査制度にはいくつかの問題がある。したがって、この改革案が実行に移されるのであれば、少なくとも審査制度の改善が急務である。
 公平な審査システムへの改善策の一つとして、利害関係者を排除する規定が提言された。これらは米国の全米科学財団の審査規定には明記されているが、日本の制度にはなかった。このため利害関係者が、申請者と審査委員になるケースはこれまで排除されてこなかった。したがって、この点の改革は一歩前進である。今後、議論を要するのは、審査の公正さを高めるために導入されるプログラムオフィサー制度である。なぜなら、そもそも公正なプログラムオフィサーをどのように選ぶのかが議論されていないからである。
 米国の制度にあって日本にないものとして多様性の概念が挙げられる。米国の制度では、客観的で多様な視点による評価を行うために、審査員の年齢や性別、所属機関も多様であるべきと明言されている。日本ではこの規定がないために科学技術振興事業団などのプログラムオフィサー制度では出身大学中心の審査員を選んでいるケースが少なくない。国内の他の制度も多様性を欠いており、現状の科研費の審査システムでも審査員の大半が国立大の教員であり、なおかつ50歳以上の男性に偏っている。多様性を確保しなければ、プログラムオフィサーを配置しても、公正さは向上しないことになる。
 今回の改革案で一番欠けているのは、日本全体を視野に入れた研究費配分の施策である。たとえば、改革案の中で、私立大の設備費に対する国の補助が国立大に比べてわずか5分の1であることが指摘されている。しかし、それに対する改善策は何も述べられていない。現在、四年制大学の学生の4人のうち3人は私大生である。すなわち国内の人的資源の大多数が私立大に属するのに対して、研究資金は主に国立大に配分されるために、人的資源が有効に利用されていない。最適の人材に適切な研究資金を配分することが国の研究能力向上のもっとも重要な要素である。実際、米国の主要な研究大学は私立大であり、公正な資金配分が行われれば日本の私立大も優れた研究能力を発揮すると期待できる。
 また、競争的資金の配分先が、主要国立大を中心とする上位10大学に集中しすぎている点も議論されていない。米国は研究費が巨額であることにもよるが、おおよそ100校の研究大学を擁している。競争的資金の受給額が100億円を超える大学も60校存在する。これに対して日本で100億円を超える大学は4校程度であり、順位を下げるにつれて研究費は急速に減少する。米国と同等の研究能力を持つためには、GDPが米国の約半分であることを考慮して、理想的には約50校近い大学を研究大学として維持する必要がある。すでに日本の一部の国立大は、世界の一線級の研究大学と同等の研究能力を持つことが各種のデータで示されている。したがって、少数のトップ校よりも、これに次ぐ大学の研究費を増額する方が、国費の効率的な運用になる。
 最後に、多様性を欠いた委員構成の一例として、この総合科学技術会議の競争的資金制度改革プロジェクトの委員構成を挙げたい。19名の委員のうちの大学関係者12名は、ほとんどが主要国立大で主な研究を行っている。私立大で主な研究を行った委員はわずか1~2名であり、地方国立大で主な研究を行った委員は皆無である。私立大の経済規模が国立大の2倍あり、かつ学生数が3倍ありながら、私立大に関わる課題が議論されていないのは、この委員構成に原因がある。また、大学関係者のうち、5名は米国で主な研究を行っている。人選の段階から米国を強く意識していることが分かる。企業の関係者は4名おり、研究費の配分対象に企業も含めるべきという案が出た理由の一端はここにある。このように委員構成の偏りに議論の結果も左右される。日本全体のシステムを合理的かつ公正に議論するためには、日本全体の多様な参画を必要とすることをまず認識すべきだろう。