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アルカディア学報

No.119

改革推進と経営体制―理事会「執行役員制」導入の試み

日本福祉大学常任理事 篠田 道夫

《経営政策の必要性》
 学部設置の自由化と株式会社参入、他方では第三者評価の法制化や改善勧告・変更命令制度の導入―私学政策は大幅な自由化と統制強化の同時進行という新たな局面に入った。定員割れの急速な進行の中で、着々と「淘汰促進」の仕組みが整えられているともいえる。150万台で推移していた18歳人口は、今年から7年で30万人近くが消える「第二急減期」に入る。ここ数年が、まさに私学経営の正念場だといわれる所以である。知恵と力のある所だけが勝ち残る「戦国」ともいえる状況の中、私学経営に求められるのは明確な経営政策(戦略)の確立だ。この旗印なしに改革への全学的取り組みの組織や力の集中は困難だ。社会的評価を上げ、目標に接近するには単発の事業では難しく総合的な政策と確実な実行が求められる。また、これなしに限られた財政の中で思い切った資源の集中、重点投下も不可能だ。今日の経営政策は「市場」「ニーズ」への対応が最も重視されなければならない。目前の学生や社会のニーズに応える実践的改革抜きに、市場での優位を確保することは不可能だ。まさに、現場レベルでの課題構築と現実問題を解決する実効性のある政策が求められている。
 本学では(1)「人間福祉複合系」大学の創造(基本目標)、(2)社会人教育を含む生涯学習型の学園建設、(3)特色ある研究を軸とした社会連携事業の推進、(4)実践的力量を持った学生人材の育成、(5)これらを支える人事・財政構造改革の推進、の5つの分野に重点を置き、学園長期計画(10年)、中期経営政策(5年)に基づく学園運営により、諸改革の推進に挑戦している。激変する情勢に対応する迅速な経営政策の決定と、それに基づく統治こそが理事会の最大の任務である。本来の意味での「経営」が今ほど求められている時はない。

《執行役員制の導入》
 こうした情勢は改めて経営組織の見直しと強化、学園・大学運営の改革を喫緊の課題としている。本学では今年度より新たな試みとして理事会の下に「執行役員制」を導入した。この制度の新設を決定した3月理事会の当日「トヨタ、スピード経営へ取締役半減し、執行役員制を新設」の報道(日本経済新聞3月29日付)がなされた。産業界では新商法の下、執行役員会の新設による執行管理体制の強化と取締役会の刷新という新たな企業統治が急速に広がり、主要企業では約半数が導入している(日本経済新聞調査)。
 日本型学校法人制度の特徴のひとつは監督機能と執行機能の混在にあるといわれるが、本学が執行役員制度を導入した狙いの第一はこの政策決定・管理機能と執行機能を相対的に区分し、両者の役割と責任範囲を明確化すること、すなわち、理事会決定に基づく学園・大学の全分野に渡る政策の執行に曖昧さを残さず責任を負いきる仕組みを整えると共に、理事会の政策決定機能の高度化・迅速化をめざすことにある。
 第二に多くの大学と同様に本学でも、学部増、通信制の設置、サテライトによる大学院や研修センター、マネジメントスクールの設置など急速に事業領域が拡大し、寄付行為に規定される限られた常勤(学内)理事の分担だけで全領域の事業執行管理を担うのは、困難になってきたという事情もある。逆にいえば、変化する現実課題の要請に、理事枠に縛られず柔軟に対応できる組織作りということになる。
 第三に政策を、誰が責任を持ちいつまでにやるのか明確化が不可欠だ。これまでの大学運営は、会議を開き、それを軸に全員の「責任」で運営するスタイルが中心だったが、執行役員の個人責任を重視した運営への転換により課題ごとに錯綜していた会議体を可能な限り縮小・統合し、複雑な学園機構を簡素化し改革のスピードアップを狙った。
 第四に今日の経営は、事業目標の達成とあわせて採算(収益)管理が強く求められている。事業単位ごとに財政指標を設定し投資と効果を見ていく財政構造改革なしに厳しい時代を乗り切る経営・財政運営は不可能だ。このためには適切な分野を設定して事業遂行・収益管理・事業評価までを一貫して担う仕組みなしには実行性を持たない。
 本学の執行役員会は、規定により「理事長を補佐しその業務の遂行に責を負う」と定めているように理事会の意思決定に基づく理事長業務遂行の補佐機関として、教員五名職員五名によって構成され、副理事長の統括により運営される。任期2年で、理事長任命となっており、その分野ごとの日常執行権限が委譲されている。学内の戦略重点業務を中期経営政策に盛られた主要課題を念頭に、4領域10分野、具体的には、〈 I 〉経営管理領域―(1)学生募集就職、(2)財政人事、(3)将来計画、〈II〉教学運営領域―(4)大学改革、(5)総合調整、(6)国際研究、〈III〉研究連携領域―(7)地域展開、(8)ネットワーク担当、〈IV〉学校経営領域―(9)専門学校、(10)高等学校に分けた。 I ~ IV の各領域に四人の総括理事を配置し、(1)~(10)の分野に執行役員を置いた。トヨタの改革が取締役と執行役員を兼務する専務を置いて、経営の監督機能と執行機能の乖離を防ぐ措置をとっているのと同様、本学も一定数の理事を兼ねた執行役員を置く人事配置でスタートしている。2年間の実践を経て、次期の理事改選時には理事定数の削減も含む経営執行体制の見直しと一層の改革を図る。この新体制により、経営(教学)政策の一層の貫徹、現場に立脚した政策提起による現実課題に即応する政策水準の確保、さらに全学の主要な管理機関に執行役員が入ることを通しての情報の統一、運営の実質的な統合、円滑な調整機能の強化などの効果を期待している。もとより試行的な側面も持つが、この新機関が教・職の合体・分担による大学行政管理の機能を担うという点で、日本の大学アドミニストレーター組織のあり方を探るひとつの試みとしても意味があると思われる。

《政策統合と改革型事務局》
 改革推進にシフトする学園・大学運営の前進にとってはさらに以下2点の取り組みが重要だと思われる。
 第一は、学園・大学の基本目標や政策が経営・教学・事務局の間で一致される政策統合機能が機構的に整備されている点だ。そのためには、経営・教学(事務)を繋ぐ常設の政策審議・決定機関の設置が必要だ。本学では総長の下に大学・学園の基本政策を審議・決定する「学園戦略本部」を置き、日常的には理事・執行役員や学部長も加わった「学園政策推進会議」を新設し政策検討とその一致を図っている。これは、理事会と教授会の中間に位置する政策機関だが、今後の大学の改革的運営にとってこの中間機関の位置付けが大きな意味を持ってくると思われる。
 第二にそれら政策の素案を準備し、その創造的な実行に責任を負う事務局建設も極めて重要だ。まず事務機構そのものが企画(政策)型に組織され、様々な業務の成果が最終的に政策提案として取りまとめられ発信される仕組みになっているか否かが大切だ。本学は、大学事務局、総務局のほかに企画事業局を設置し、事務局そのものを三局の構成にして、企画提案部門を主要な柱のひとつに据える編成にしている。さらに、専任職員の業務を、人事考課制度などを通じて学園課題を実現する政策提起とその事業マネジメントに極力集中させ、それ以外の業務の非専任化を推進している。経営政策の実現はそれらの課題を実務上担う一人ひとりの職員の業務として位置付けられてはじめて実行性を持つ。
 大学の活力、評価は究極の所、如何に障害を乗り越えて改革を持続できるかにある。そしてその要は経営組織の改革を軸にした組織・運営の刷新にある。