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アルカディア学報

No.114

米国大学の基金運用―財務担当責任者の真価が問われる

桜美林大学新宿キャンパス長 船戸 高樹

 米国の大学で基金運用を担当するCFO(財務担当責任者)は、イラク戦争の行方を固唾をのんで見守っている。というのは、ここ2年景気後退の波を受けて基金運用がマイナスに転じており、戦争の影響で景気回復が遅れれば、基金運用政策そのものの見直しが避けられないからである。戦争が短期に終結したとしても、莫大な戦費と戦後復興のための出費で財政赤字が膨らみ、景気回復の足を引っ張りかねない。もし、長期化するようなことになれば、株式、ドル、債券の「トリプル安」という最悪のシナリオも予測され、大学の基金運用にも大打撃を与えることになる。景気後退で陰りの見えてきた基金運用だが、戦争が「運用バブル」崩壊の引き金になる可能性がある。

〈2年で200億ドルの損失〉
 クロニクル紙によると、2002年の556大学の基金運用実績は、平均でマイナス6%。前年もマイナス3.6%だったから、ここ2年で約1割減少した勘定だ。米国の大学基金の総額は、2年前に約2000億ドルあったから、2年間に約200億ドル、日本円にして2兆円超が吹っ飛んだことになる。
 基金額のトップ10を見ると、1位のハーバード大は、2年間で188億ドルから171億ドルと17億ドル、9%の減少。三位のテキサス大は、100億ドルから86億ドルへと14億ドル、14%減。5位のスタンフォード大は、86億ドルから67億ドルに10億ドル、12%の減少。また、6位のマサチューセッツ工科大(MIT)も64億ドルから53億ドルに11億ドル、17%減らしている。さらに、7位のエモリー大は、50億ドルから45億ドルに5億ドル、10%減。9位のカリフォルニア大は、56億ドルから41億ドルと15億ドル、36%と大幅減。一〇位のテキサスA&M大は、四二億ドルから三七億ドルに五億ドル、一二%減らしている。
 一方、2位のエール大(100億ドル)と4位のプリンストン大(83億ドル)、8位のコロンビア大(42億ドル)は、いずれも横ばいで基金の目減りを食い止めている。ほとんどの大学が減少させている中で、基金額の順位は74位と低いもののテネシー大のように4.4億ドルから5.8億ドルに31%も増加させて運用手腕を見せているところもあるが、増やしたのは全体の5%にも満たない27大学だけである。

〈学費無料が2校〉
 米国の大学は、篤志家や卒業生、民間企業から寄付を募るほか、中にはジョージア大のように学内の教職員にも寄付(教員一人あたり年間1500ドル、職員は1000ドル)を依頼しているところもある。したがって、教育・研究の質が高くて企業との結びつきが深く、また卒業生が社会で成功を収める率の高い、伝統のある有名校ほど寄付が集まりやすいのは言うまでもない。基金額トップ10に米国最古のハーバードやエール、プリンストン、スタンフォードといった名門校が名を連ねるのも当然である。各大学は、このようにして集めた基金を投資顧問会社を通じて運用し、その果実(運用益)を経常費に組み入れている。
 AGB(全米大学管理者協会)副会長のトーマス・ロンジン博士によると、基金運用益の大学収入に占める割合は、同協会加盟の私立大学1500校の平均で10~15%。ハーバードやライス、プリンストンのような大手の大学で30%前後。これが50%を超えるような大学は「超優良、超健全な大学といえる」とした上で、代表的な例として、加盟校のうち小規模でも基金が豊富なことから"学費を取っていない"リベラルアーツ系のべリア・カレッジ(ケンタッキー州、学生数1570人、基金額7億ドル)と理系のクーパー・ユニオン大学(ニューヨーク市、学生数883人、基金額1.3億ドル)の2校をあげた。このほか、学生数が2000人以下で、豊かな基金で健全な運営をしているリベラルアーツ系大学としてグリンネル・カレッジ(アイオワ州、学生数1340人、基金額10億ドル)、クレアモント大学群のひとつのポモナ・カレッジ(カリフォルニア州、学生数1565人、基金額10億ドル)、カールトン・カレッジ(ミネソタ州、学生数1872人、基金額4億ドル)を挙げた。
 これらの大学は、いずれも社会の評価が高い。つまり、質の高い教育を行うためには優秀な教員を高給で採用し、学生を支援するために奨学金制度を充実させるなど資金面での裏付けが不可欠であることを示している。つまり、運用実績を上げ、基金を増加させることは、大学のミッションを成就させ、存在意義を示すためにも欠かせないわけである。  その意味では、90年代はCFOにとって、バラ色の時代であった。好景気を背景に大学基金の運用益は、94年を除いて毎年2ケタの伸びを見せた。基金運用をしている全大学の年度ごとの平均運用実績は次のとおりである。
 92年  13.6%
 93年  13.7%
 94年   3.0%
 95年  15.9%
 96年  17.3%
 97年  20.7%
 98年  18.0%
 00年  13.0%
 01年 ▲ 3.6%
 02年 ▲ 6.0%
 例えば、デューク大学は92年に約6億ドルの基金だったものが、01年には30億ドルを超え、10年間で5倍に膨れ上がっている。
 また、2000年は全大学平均で13%の利回りだったが、基金額の上位120大学に限れば、25%の高い伸びを見せた。この年、MITはなんと51%という信じられないような運用益を出し、このほかスタンフォードが44%、エールが40%、ハーバードも32%の高収益を上げている。しかし、この年を最後に基金運用は減少に転じることになる。

〈経済構造に要因〉
 基金の投資先をみると、米国の株式に約50%、海外の株式に約10%、米国債に約25%のほか、高収益を求めてリスクの高いベンチャー・キャピタルやヘッジ・ファンドにも10%近くが投入されており、銀行預金はわずか4%にしか過ぎない。ハイリスク、ハイリターンの色合いが濃いことから、手痛い失敗をすることもある。98年、ノーベル賞学者2名が経営陣の仲間入りをしていたヘッジ・ファンドのLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)が破綻した際、ハーバード大は当時の基金額130億ドルの10%近い10億ドルの損失を出している。もっとも、このときの損失は単に投資先の選択ミスであり、他の運用益でカバーすることができた。しかし、今回の基金減少は米国経済の景気後退という構造的な理由に起因しているため、減少を食い止める手段が見つからないという深刻さが特徴である。最も多くの基金が投資され、確実に収益を上げてきた株式市場も、二〇〇二年は前年より株価(S&P五〇〇指数)が一八%も下落している。ましてやヘッジ・ファンドは、リスクが高すぎる。そして、景気停滞に追い討ちをかけるように起きたのが、イラク戦争である。ただ、基金運用がこれまで米国の大学経営を支え、質の高い教育を提供するとともに学生支援の面でも大きな役割を果たしてきたことは間違いない。暗いトンネルを抜けるまでじっと我慢して耐えるのか、あるいは新たな投資先を開拓するのか―CFOの真価が問われる時が来たといえよう。