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アルカディア学報

No.113

学費・奨学金の行方―多様化と個別化は進行するのか?

関西国際大学人間学部教授 濱名 篤

 学費や奨学金に対する社会的関心はここ数年急速に高まりつつある。消費税導入当時に学納金のうち同税の対象になる施設設備費等と対象にならない授業料との内訳や名称を巡って私学関係者の関心を集めて以来、いやそれ以上に大きな関心を集めている。その理由は、18歳人口の減少と長引く景気低迷によって、学生確保が難しくなったことである。それに加え、ここ1年世間をにぎわしている学費返還訴訟が一般国民の学費に対する関心を大きく高めたことは、各大学の学費政策の重要性をクローズアップさせることになった。学費収入に大きく依存してきた私大にとって、収入を大きく左右する収入単価の水準は、入学者数と並びきわめて重要な経営戦略の柱として注目を集めているといえよう。
 筆者と、米澤彰純(大学評価・学位授与機構助教授)、田中敬文(東京学芸大学学長補佐)の3名(2002年度より田中義郎玉川大学教授、吉田 文メディア教育開発センター教授が参加)は、私学高等教育研究所プロジェクト「18歳人口減少期の奨学金・報奨制度の多様化と学生満足度」について研究を続けてきた。本稿は、その成果の一部で、2001年秋に実施した機関調査の結果に基づいている。ご協力いただいた私立大学の皆様にこの場をお借りし、お礼申し上げたい。
 さて、まず気になるのは、学費・奨学金は学生募集にどの程度影響があると考えられているかである。学生募集への学費の影響が大きくなっていると考えている私大は82%に達している。さらに、「学費値下げを検討しなければならない」と考えている私大が一割あり、それ以外にも「どちらともいえない」と不透明感を感じている大学も45%あり、多くの私大が学費返還訴訟発生以前に、すでに学費政策の転換点に立っていると実感していたといえよう。
 次に、奨学金への関心をみると、学費への関心を上回るものがあり、保護者については94%の私大が、学生についても91%が、その高まりを実感している。これに比べ、高校教員の関心は57%と相対的に低いとみている。少なくとも一般家庭においては、奨学金は大きな関心事になっているといえよう。
 しかし、現実の奨学金はそれほど多くの学生に渡っているのだろうか。大学独自の奨学金制度に満足している私大は2割に過ぎない。さりとて奨学金制度拡充のための基金の積立は難しいと考えられている。また、地方公共団体や民間の奨学金は90年代後半から減少傾向にある。
 奨学金供給の中心的存在である(独立行政法人化直前の)日本育英会は、年間支給総額で85%、奨学生数では71%を占めており、この動向によって状況は大きく左右される。99年度からスタートした有利子の「きぼう21プラン奨学金」によって奨学生数は増加したが、内訳では有利子が無利子を上回るようになった。1.2種を合計した受給率は入学者数の18%に達するが、学校間格差が大きい。私大の4割が国立優遇であると不満をもっているが、中には入学生の5割の学生が受給している私大もある。こうした大学は2種である「きぼう21」の受給に成功しているため、かくも高率なのである。ある意味で奨学金を経営戦略の一環としてとらえ、対応を強化して受給率が上昇した例といえよう。
 経営戦略の違いが各私大の奨学金政策にあらわれ始めているといえるかもしれない。大学独自の奨学制度や学生への表彰・報奨制度の充実計画をもつ私大は半数前後に達するが、奨学金の基金積立では不十分と考えられており、今後の見通しは不透明である。むしろ育英会に対する期待がより大きくなっている。同会の無利子の増枠を希望の私大が九割以上、有利子についても七割に達し、国・私の学費負担格差とともに、国に対する私学助成も含めた財政負担不均衡に対する私大側の不満は根強い。
 今後の学費についての情勢は、これまでのように全員が一律均等に学費負担をしていくと考えている私大は少数派である。
 それでは今後の学費政策として、どのような方向性が考えられるのだろう。それには2つの新しい方向性が考えられる。
 第1に、「多様化(学費や奨学金の制度に様々なバリエーションを準備する)」という方向性である。多様化の代表例は単位制学費といえよう。単位制授業料の導入が学生募集にプラスと考えている大学も27%と4分の1に達する。
 第2には「個別化(学費負担を個人のニーズやメリットなどに応じて個別に設定する)」であろう。「個別化」とは同じ教育サービスを享受しながら、支払われる学費に個人差がある状態を指すが、奨学金や学費減免などの名目で行われる措置によって個人差が生じてくるのである。
 アメリカの高等教育では学生募集―入学先決定は交渉・取引(negotiation)であるといわれる。受験生はより有利な条件(安い学費で良質の教育が享受できる可能性のもっとも高い条件)で進学を実現しようとするし、大学側は優秀な学生をできるだけコスト(自前の奨学金や学費減免)を使わずに確保したい。1人3~5校といわれる受験校の中から、両者の水面下での駆け引きによって入学先が決定されるという。
 今回の調査結果からは、こうした方向性が現実化する可能性がいくつかの点で伺える。
 1番目に、「学生の学費負担について個人差はやむをえない」と考える私大は全体の3分の2に達し、否定的見解を表明した私大はわずか4%弱に過ぎないことである。個別化という方向性は私大の中で確実に支持されてきている。
 2番目に、「大学独自の奨学制度の充実計画がある」と考えている私大が44%あるが、これらの大学の多くが、大規模伝統校で、比較的に経営体力がある類型の大学であり、こうした大学では他の類型に比べ、奨学金を充実させれば学費の値上げも可能と考える比率が2倍以上に達する。いうならば業績主義的個別化といえよう。
 3番目に、単位制学費の導入のように、個人の受ける教育サービスの量に比例した学費を考える方向性である。いうならば従量的個別化である。
 これら一連の動きによって、確かにこれからの学費・奨学金は大きく変わる可能性を示している。現段階では大学ごとに大きく変化する予兆はあるが、同時に多様化・個別化の進行度について、学校ごとの分化はなお大きい。小規模で歴史の浅い大学の中にはバーゲン的な学費値下げをも視野に入れる学校が出つつある一方で、経営戦略の一環として学費政策を位置づけ、限られた資源をより有効に活用していこうとしている学校も出始めている。自前の奨学金を充実させ、学費全額といった大きい金額でなくとも、給付制の奨学金を充実させようという動きなどもそれに当たる。
 学費や奨学金政策においては、こうした戦略性や方向性の明確さに加え、学費の積算根拠や使い途について、情報公開によって各私大が自らの政策の透明性を高めることが重要になる。そうした手続き抜きでは、学費負担者や私学助成の原資を負担する納税者の理解や納得は得られない時代をすでに迎えているといえよう。
  ※詳しい結果については、同研究所ホームページの本プロジェクト中間報告書をご参照いただければ幸いである。